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「おーい、あさだー! お前の大真面目な弟君が用があるってよー!」 ある教室に向かって、先輩は叫ぶ。 教室にいた先輩達が、「あさだ、兄弟いたのか」「へぇ〜! 意外とイケメン!」と言う声が聞こえてきて、大事になっているなと怯みながら、こちらに面倒くさそうに来る人物を見た。 「べんとー食っている時に何か用かよ」 舌打ちしながらやってきた"あさだ"という人物は、朱音と似たようなくすんだ金髪の目つきの悪そうな先輩だった。 『しおんにぃ』の光に照らされると紫が混じっている黒髪とは大違いだった。 「というかさ、石田。俺に弟なんていないんだが」 「マジ? じゃあ、弟じゃない朝田君。人違いだったみたいだったわ」 「しおんにぃが、こんなヤツなわけがないし」 「·····何?」 心で思っていたことが無意識に発し、"あさだ"の低く唸るような声に、しまったという顔をしたが、時すでに遅し。 目の前にいる"あさだ"が、血管が浮き上がるぐらいに全面に怒りを見せる顔がそこにあった。 「·····てめぇ、今何て言ったんだ?」 「·····ぁ、·····えー、と·····」 ポキポキと手を鳴らす"あさだ"に視線をさ迷わせる朱音の間を、石田と呼ばれた、朱音を案内してくれた先輩が、「まあまあ」と窘めてくれようとしていた。 しかし、"あさだ"は怒りを収まることはなく、首を鳴らす。 「歯ァ、食いしばれ」 拳が朱音に向かって振り下ろされそうになる。 「逃げろッ!」 「すみませんッ!」 石田先輩が叫んだ同時に朱音も一緒に叫びながら、その場を逃げるように立ち去った。 「ハァ·····ハ·····っ、やばかっ、たぁ··········」 渡り廊下の壁に手をついて、早まる鼓動を落ち着かせようとしていた。 『しおんにぃ』のことになると、ついムキになってしまうし、しかも、結果的『しおんにぃ』ではなかったし、先輩二人に迷惑かけてしまったことが、後悔が押し寄せてくるものだから、心の中で全力で謝り続けていた、その時。 ヴァイオリンの音が、聞こえた。 無我夢中で走っていたら、特別教室が並ぶ校舎の方へ行っていたようだ。音楽室で吹奏楽部の人が練習をしているのだろう。 「·····ごくろうな、こった」 音が鳴り止んだ後、落ち着きかけた声で言った。 『しおんにぃ』もヴァイオリンを弾いていた。 優しい手つきで紡がれる旋律に、心を奪われたのを憶えている。 そう。ついさっき聞いたのは、よく聞いていたゆったりとした音ではなく、荒々しい音だった。 まるで、抱えきれない怒りをどこかにぶつけていないとやってられないというような。

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