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第10話
カオルとの仙台旅行から数日経ったある日。
仕事へ行こうとした竹崎は自宅マンションを出た。
「竹崎龍一さんですよね?」
「……?」
「週刊ベールです。」
週刊誌の記者が、竹崎を待ち伏せしていた。
「…先日、藤野カオルさんと仙台へ?」
「……それが?」
「いやぁ、たまたま!!仙台に居るうちの部下が、撮っちゃいましてね。」
記者が取り出したのは、竹崎とカオルがラブホテルに入っていく瞬間の写真。
「……」
「藤野カオルさんとホテルに行かれたんですよね?しかし何故、わざわざラブホテルに行かれたんですか?」
竹崎が恐れていたことが起こってしまった。まさか、週刊誌が仙台まで追っかけてくるだなんて。いや、本当にたまたまだったのか?分からないことが多すぎる。
「…」
竹崎はこの一瞬に、死ぬほど頭を働かせた。
変に否定したら疑われるか?認めて開き直ったらいいのか?
カオルの事務所は?
「……」
竹崎は逃げようと早歩きしたが、記者はしつこかった。
「仙台になら、ホテルなんていくらでもありますよね?」
「…」
「竹崎さんとカオルさんは、そういったご関係があったんですか??」
「……」
「黙ってるということは、認められるんですか?」
「……」
「分かりましたよ、カオルさんに何故、熱愛が出ないのか」
「…」
「カオルさんは、ゲイなんですね!」
「知らねぇよ」
「竹崎さん、カオルさんとお付き合いされているんじゃないですか?それか、一晩だけの関係ですか?」
「……は」
「そうでないと仰るなら、ラブホテルに行ったことについては、どう理由をつけられるんですかね」
「………」
竹崎はそう言って記者から逃げるようにして、愛車に乗り込んだ。
「まずい、まずい…。…どうしたらいいんだ」
出るか出ないかは別として、慌ててカオルに電話を掛けた。
「カオル…出てくれ……!」
カオルは電話に出た。
「…竹崎さん。」
「今、どこにいる?」
「事務所です。」
「…もしかして、お前のとこにも来たのか?」
「……はい。」
「そうか……」
どうやら、カオルの元にも週刊誌の話が来たらしい。
「ごめんなさい、竹崎さん。」
「俺はどうだっていい。事務所は何て答えたんだ?」
「……プライベートのことは、本人に任せてるってだけです。」
「……まぁ…そうだよな…」
明らかに声に元気が無かったカオル。
「竹崎さん。」
「…ん?」
「…まさか、全部自分のせいにしようだなんて考えてないですよね?」
「はっ……?」
「…竹崎さん、自分がホテルに僕を連れ込んだ定にして、僕を庇おうなんて考えてませんよね?」
「…お、俺がそんなことすると思うか?」
「…考えていたんですね」
「か、考えてねぇよ」
「そんなこと、絶対させませんから。」
「お、おい、カオル!カオル!」
カオルは電話を切った。
「まずい……どうしたらいいんだ…」
竹崎は頭を抱えた。それから、週刊誌の記者が何度も訪ねてきたが、全て無言を貫くことしか出来なかった。
そうして数日後、カオルと竹崎の記事は載せられてしまった。
【国民的俳優 藤野カオル、男性カメラマンと深夜のラブホ直行!?友情以上の新疑惑とは ____】
【モデル・俳優として若年層を中心に圧倒的人気を誇る藤野カオル(26)。その整った顔立ちと高学歴の持ち主など完璧すぎる彼のステータスから、“付き合いたい・抱かれたい俳優No.1”と称されてきた彼に、まさかの疑惑が浮上している。
発端は、今月某日の夜21時過ぎ。
藤野の地元、仙台市内のラブホテル街にて、本誌記者が藤野の姿を目撃した。黒いキャップを目深にかぶり、マスクで顔を隠していたが、その特徴的な目元とスタイルは隠しきれなかった。そして、その隣にいたのは──写真家の竹崎龍一氏(39)。
竹崎氏といえば、藤野のSNSやインタビューでも頻繁に名前が挙がる存在。唯一の“親友”としても知られ、仕事を超えた信頼関係で知られていた。しかし、その夜、二人が向かった先は、ラブホテル。
翌日の朝、二人はホテルを出て、タクシーへ乗車。共に東京へと帰った____。
藤野の所属事務所に問い合わせたところ、「プライベートに関することは、本人に任せております」との回答。一方の竹崎氏も、本誌の直撃に無言で足早に立ち去った。
二人は本当に“親友”のままなのか。それとも“その一線”を越えてしまったのか。芸能界に波紋を広げる“深夜の密会”は、今後も注目を集めそうだ。 】
それは情報番組やワイドショー、ネットニュースなど多くのメディアで取り上げられ、カオルのゲイ疑惑について語られていた。
『彼は本当にゲイなんでしょうかね』
『今は多様性の世の中ですから、応援したい気持ちもありますね』
『ファンの方々の反応はどうなんでしょう』
『女性ファンも多いですからね。ショックを受けた方も多いんじゃないですか?』
『活動休止しておいてこれですか…』
『少しショックですよね』
『カオルさんのこういったスクープは初めてですね…』
「どうすりゃいいんだよ」
自宅のテレビの前で頭を抱えた。
自分のせいでカオルの仕事が減ったんじゃないか、せっかくここまで上がったのに。
竹崎が考えるのはそんなことばかりだった。
「…仕方ねぇ…行くか…。」
竹崎はテレビを消して、また仕事へ出掛けた。
「竹崎龍一さん、」
「はぁ」
マンションを出て、駐車場に向かおうとしたとき、週刊誌の記者がまた待ち伏せしていた。
「カオル君との関係、否定しないんですね?」
「は?」
「ゲイカップルということで、間違いないってことですよね?!」
「……」
竹崎は無言を貫いて、車に乗り込みテレビ局へ向かった。
「…何が多様性だ、ふざけんな」
ハンドルを強く握った。
テレビ局へ着いて、番組の収録現場に行くと、あいつがいた。
「竹崎さん」
「山田。」
ニヤニヤしながら、ちょっかい出してくる山田。
「まじっすか」
「…」
「いいっすね、カオル君となんて」
「黙れボケ」
「ひぇ、脅しだぁ」
「……」
「…口封じするなら今っすよ」
「あ?」
「飲みに行きましょう、奢ってくださいよ」
「…行くわけねぇだろ」
「はははっ!!」
いつものノリで来る山田に、少しだけ安心した。もう少し、面倒くさくなると想像していたが、山田は思ったより大人なのかもしれない。
「竹崎さん、今日は麻里ちゃんゲストっすよ」
「あぁ、お前好きなんだっけ」
「当たり前じゃないっすか!」
「……良かったな」
山田がファンだという女優の眞田麻里。
34歳である彼女の美貌は、大人の色気を醸し出し、今、ドラマに引っ張りだこである。
医療ドラマや不倫もの、恋愛ものならヒロインのライバル役など、見るもの全てに出ているような。
「あれ…独身っすよ、どう見ても人妻っすよ」
「あぁ、そう」
竹崎と山田がカメラを回すのは、夜に放送されるトーク番組で、ゲストに麻里を呼ぶ回。
山田はそれに少し興奮気味。
「麻里ちゃん、楽しみだなぁ」
「…仕事はちゃんとやれよ」
「やりますよ!!」
「……」
山田はいつものように、明るく接してくれた。
しかし、他のスタッフからは異様な目線で見られていたことに、竹崎は気付いていた。
『…あのカメラマンだよ、』
『へぇー…、普通のおじさんだよ?』
『カオル君、大丈夫なのかな』
『枕営業的な?』
『今のご時世、それだったらヤバいっしょ。』
『セクハラじゃない?』
『やめなって!』
女性スタッフからの白い目で見られる感じ。
『カオル君とラブホ?まじかよ』
『どんな感じなんでしょうね?』
そして、男性スタッフからは笑われるような感じ。
「……」
竹崎はそんなことに気付いていながらも、何も言わずに仕事をした。
「オッケーでーす!お疲れ様でしたー!」
「……はぁ」
「竹崎さん!」
「…なんだよ」
「麻里ちゃん可愛かったっすね!」
「騒いでんのお前だけだよ」
山田は収録が終わったあとも騒いでいた。
「飲みに行きましょう!」
「は?」
「……口封じっす!」
「自分で言うな馬鹿。」
「それじゃ、また声掛けますんで!」
「は?おい、山田!」
またそれぞれの仕事に戻った。
「……」
ポケットからスマホを取り出して、ネットニュースを開くと、カオルのゲイ疑惑が急上昇ランキング上位になっていた。
罪を犯した訳でも、不倫した訳でもないのに。
「ん、」
そのとき、電話の着信音が鳴り響いた。
「……はい。」
『鈴木です。』
「…あぁ…。どうも。」
『もう、ご存知だとは思いますが…』
「はい。ご迷惑おかけしてすみません。」
『いえ。カオル君からも話を聞きまして。』
「…カオルは、何と?」
『ただ、泊まれるのがそこしか無かったと。』
「…そうですか。」
『…竹崎さん、僕はあなたを信じています』
「……」
『これからも週刊誌につけられるかもしれませんから、気を付けてくださいね。カオル君のことは、僕らが居ますので安心してください。』
「分かってますよ。」
『…すみません、ただそれだけを伝えたくて。週刊誌につかれると、本当に精神的にくるんですよ。だからその…カオルくんは勿論ですが、私たちは竹崎さんのこともフォローしますからね』
「ありがとうございます。本当に、すみません。」
『いえ。カオル君のこと、支えてあげてください。』
「……はい。それじゃ、失礼します。」
鈴木が自分らのことを察してくれていると、彼の声色から感じた。この人がカオルのマネージャーで良かったと心底思った瞬間だった。
それから仕事を終えた夜。
駐車場に向かおうとしたとき、山田が竹崎を追いかけて来た。
「竹崎さぁん」
「なんだよ、気持ち悪ぃ。普通に来いよ」
「一杯奢ってくださいよ」
「…」
「?」
「…生憎、週刊誌に追われてる身でな」
「…あらあら」
竹崎の目線の先には、週刊誌の記者と思われる人々が3、4人ほど待ち伏せしていた。
すると、山田が突然腕を組んできた。
「…次は俺と噂立てちゃいます???」
「気持ち悪ぃ!!!離れろバカ!!!」
「にゃはははは!!」
山田の甲高い笑い声で、記者たちがこちらに気付いた。
「「…竹崎さんですよね?!」」
「…山田、お前のせいだぞ」
「俺悪くないっす。さ、行きましょう!宅飲みでも良いっすよ」
「お、おい!」
竹崎の腕を掴んで、山田は記者の前を堂々と通ろうとした。
「すみません!竹崎さん、俺で忙しいんすよ☆」
山田は記者に向かってウィンクした。
「……ぇっ」
流石に記者は引いてしまっている隙に、山田が竹崎を連れ出してくれた。
「山田!?お前!!お前のせいで何か勘違いされたらどうすんだよ!!!」
「別に良いじゃないっすか。一般人のスクープなんて興味ないっしょ」
「……」
「さ、一緒に帰りましょ☆」
「お前なぁ」
山田に救われた。
結局、山田の家まで行って宅飲みさせられた。
しかし彼は、カオルの話題を一切出さなかった。いつも通り、しょーもない会話して、テレビ見てゲラゲラと笑って終わった。
「…山田、」
「んぁ?」
「ありがとうな」
「はい?」
「……何でもない」
「えーーっ!!」
酔っ払う山田は笑い上戸で、楽しそうだ。
「…竹崎さん、早く飲んでください!!!」
「車持ってきてんだよ。ノンアルでいい。」
「ちぇーーーっ!!俺だけかよ!!」
「いい加減もうやめろって。アル中なっても知らねーからな!」
「竹崎さぁん…」
「え、お前寝たの?」
山田は気絶するように一瞬で寝落ちした。
「はぁ、お前がここまで優しいとは知らなかった。」
「…」
「にしても酒弱すぎんだろ。」
あんなにうるさかった部屋が、突然テレビの音しか聞こえなくなった。周りが静かになると、大きな不安の波が押し寄せてくる。
スマホを取り出して、カオルのSNSアカウントの画面を開いた。
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藤野カオル
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ブルームエンターテインメント所属
藤野カオルの公式アカウントです。
本人とマネージャーで更新しております。
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◤ 絶賛公開中!
映画「プラネットフライト」◢
世界を飛び回るキャビンアテンダントの人生✈️
出演した僕自身も、力を貰ったお話でした!
皆さんが一歩前に進められる力になればと思っています!是非ご覧ください✨
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カオルが活動休止する直前に、公開された映画の告知。最新の投稿はそこで止まっていた。
この投稿だけは1000を超えるコメント数がついていた。
《この人、本当にゲイなの?》
《事務所も濁らせたっぽいね。なんかありそう》
《カオルくんからのコメントが欲しい🥲》
《活動休止中に男とラブホは無い、普通にキモイ》
《デビュー当時からのファンです!ゲイとか関係ない!ずっと大好きです!待ってるよ😭😭》
《あーあ、ついに撮られちゃったね。いい加減、カミングアウトするしかないんじゃないの?》
「…カオルがお前らに迷惑かけたのかよ?」
竹崎は呟くように言った。
カオルに寄せられる様々なコメント。
カオルのファンだと言う人たちは、〝話してくれるまで待つ、ゲイでも応援する、戻ってきて欲しい〟と温かいコメントばかりだった。
しかし、ファンではない人々からは痛いところを突かれるような辛辣なコメントもあった。
確かに、タイミングが悪かった。
カオルが活動休止していたタイミングなのが、一番いけなかったのだろう。
竹崎自身も確かにそうだと思っていた。
しかし心のどこかで、"別にいいだろ、放っておいてあげろよ" という気持ちが根強くあった。
芸能人には付き物だと知っていたけれど。
分かってはいたけれど。
カオルがこの温かいコメントだけを見てくれれば。酷いコメントなんて何も見ないで欲しい。
すると、1件の通知が来た。
『今、事務所を出ました。もう家にいますか?』
カオルからだった。
「……カオル…!」
思わず慌てて立ち上がった。
「すまん!!山田、俺先帰る!!」
「…ん、んぇ?」
「散らかしてすまん!!本当にすまん!!」
「え?ぇ?またね…?!」
山田は半分しか開いていない目で竹崎を見送った。
「カオル…!」
今まで以上にカオルに会いたくなった。
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