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第7話

(まもる)ケーキ買いに行くぞ!」 一週間振りに現れた岩間は髪はボサボサで無精髭を生やし、コートもシャツもヨレヨレでどう見ても徹夜明けだった。 「家帰って寝た方がいいんじゃない?」 「バカ。今日はクリスマスだろうが」 折角だからとクリスマスマーケットが開催されている公園に行こうと言われ、それが何なのか分からない俺は曖昧に頷いた。 電車を乗り継いで辿り着いたそこは公園全体にイルミネーションが施され、数え切れない程の屋台が並んでいた。 「欲しいものあったら言えよ。買ってやるから」 肉親でもないのに何故そんな事を言うのか不思議だった。何か裏があるのかと探るように見詰めるが、岩間から陰湿なものは感じない。 ただの気紛れだろうと納得し、屋台を物色する。 キャンドルやオーナメント。ワインやソーセージなどの飲食店。生まれて初めて見る光景に圧倒され、何も要求しない俺に痺れを切らした岩間は勝手にソーセージを買って俺に手渡した。 岩間はホットワイン。俺はホットココアを飲みながらソーセージにかぶりつく。 人にぶつからないようにと歩きながら途中目に付いた物を岩間が買い、歩き続ける。 両手が一杯になった頃、シンボルのクリスマスピラミッドに辿り着いた。 「悪い。ちょっと便所行って来るわ」 そう断り、岩間は急ぎ足で通りを戻って行った。 去年まで養護施設で配給されたケーキを食べるだけだった俺がこんな所でクリスマスを過ごすとは想像もしていなかった。 不思議な気持ちで目の前の塔を見上げていると――。 「」 それが俺に向けられた言葉だと腕を掴まれて初めて気付いた。 振り向くと記憶の底に沈めていた忌々しい顔がこちらを見ていた。 「今日と言う日に君に出会えるなんて運命を感じるね」 耳障りな喋り方に一気にあの日に引き戻される。 「相手が決まっていないようなら、どうかな?」 掴まれた腕を振りほどきたいのに身体が言う事を利かない。 何で今日、こいつに出会ってしまったのか。 何故、今一番傍にいて欲しい人が居ないのだろうか。 嫌な考えに全身がざわつく。 岩間は本当にトイレに行ったのか。 もしかしたら、こいつに引き合わせる為にここに連れて来たのではないか。 バカな考えが後から後から溢れて止まらず、心が崩れそうになる。 「さぁ、行こう」 腕を引かれ、傾く身体を逞しい腕が支えた。 「こいつを何処に連れて行く気だ」 「君が今の仲介人かい?」 「仲介人だぁ? 話しが良く分からねぇから、署までご同行願おうか」 懐から警察手帳を見せる岩間に男は顔を青くし、慌てて逃げ出した。 バレてしまったと、後ずさる俺を逃がすまいと腕を掴み人気のない暗がりへ連行する。 「警察だったんだ」 俺の質問には答えずに詰問する。 「売りをやっていたのか?」 嘘は許さないと言う厳しい眼差しに声もなく頷く。 「金が欲しかったのか?」 「……わ、分からない」 「分からない、だと?」 「親父に……売られたから」 惨めな過去を血を吐く思いで告白すると、腕を掴む手に力が込められた。 「おい。そのクソ親父は今何処だ。住所教えろ! 今直ぐ半殺しにしてきてやる!」 もの凄い剣幕に俺は慌てて岩間の腕を掴んだ。 「いいよそんな事しなくて。もう、死んでるから」 怒りを滲ませた瞳に震える声で説明する。 「岩間さんと出会ってから、忘れてた。親父の事。俺の中でもう死んだ人間なんだ。そんな人間の為に岩間さんが手を汚す事ないから……」 「それでいいのか?」 「岩間さんが頭撫でてくれたら、俺、頑張れるから。だから、犬の代わりでいいから撫で……」 言葉の途中で岩間の胸に引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。 「犬の代わりなんてバカ言うな」 優しく大きな手に頭を撫でられ、涙が溢れた。 クリスマスを境に俺達の関係は少しだけ変わった。 相変わらず晩御飯を一緒に食べるだけだが、何も言わなくても見詰めるだけで岩間が頭を撫でてくれるようになった。 たったそれだけ。 でも、俺にとっては何より嬉しい変化だった。

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