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第1話 十七歳の夏祭り
夏らしい(?)お話が書きたくなったので書きました。
ほのぼのラブコメディです。
よろしければ〜!
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——『これはね、淫魔の胤で作った金平糖だよ。これを食べれば、想い人の淫らな妄想を覗き見ることができるんだ』
——『人間ってのは、自らの欲を虚空に描いて盛るもの。それがあればきっと、想い人の淫らな癖(へき)がわかりましょうや』
赤い着物を身に纏ったあやしいおばさんから渡された青色の小さな小瓶の中には、薄桃色の金平糖が入っていた。
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軽快な祭囃子を左から右へと聞き流しながら、俺——日置 千夏 は憂鬱な顔でりんご飴をかじっていた。
高二の夏、17歳の夏といえば、恋人と満喫するキラキラした夏が待っているもんだと思ってた。
だけど、俺のすぐそばを歩くのは、同じバレー部仲間の田沼と林田。
こいつらは、地元の祭りに行く相手のいない独り身の仲間たち。寂しさを紛らわせるためにこうして集まり、男だらけの夏祭りと決め込んでいる。虚しいにもほどがある。
「あ、あいつ隣のクラスの秀才くんじゃん。彼女いたんかよ……」
「マジか。なんか急激に負けた気分だな」
「いや、俺らに勝てる要素あったっけ?」
カップルを羨む声を耳にした俺は、のろのろと視線をそちらに向けた。
知的な銀縁ハーフリム眼鏡をかけた秀才くんが手を繋いで歩いているのは、大人びた容姿の浴衣美人だ。
一見おとなしそうで、学校では勉学以外これといって目立つところがないやつだが、ああして美人な彼女がいるというだけで、圧倒的な差を見せつけられてしまったように感じてしまう。
「いいないいなあ。祭のあととかどうすんのかな……」
「そりゃ……決まってんだろ」
「だよなぁ、いいなあ」
俺と同じく童貞の二人がどんな妄想をしているのかはわからないが、俺にとってはどうでもいいことだ。
——あーあ……俺も諒太郎 と手ぇ繋いで祭とか来てみたいなぁ。
俺はりんご飴が刺さっていた棒を咥えたまま、橙色の灯りに照らされた夜空を見上げた。
関 諒太郎は、俺の家の向かいに住む一つ年下の幼馴染みだ。
外観も間取りもほとんど同じ住宅が並ぶ新興住宅地に俺たち家族が引っ越したとき、諒太郎の家族——関一家はすでに向かいの家に住んでいた。
俺が13歳、諒太郎が12歳の頃のことだ。
諒太郎との年齢が近いことが分かるやいなや、社交的な母親同士はすぐに交流を始めたが、すでに思春期に足を突っ込んでいた俺は、そういう付き合いが心底めんどくさかった。
引っ越しのせいで転校しなくてはならない寂しさに苛立ちを感じていたのに、近所付き合いを押し付けられるなんて、あまりにも勝手すぎる。思い切り反抗期が始まっていたこともあって、俺はいつもいらいらしていた。
突然、大して可愛くもない小学六年生を紹介され、「仲良くしてあげてね」と言われても困る。可愛くもないし、仲良くする気もさらさらなかった。
だいたい、なんでこんな見ず知らずのガキと仲良くしなきゃいけないんだ。俺はもう中学生なんだぞ? 小学生なんてガキくさくて相手になるわけないじゃないか——……初めて顔を合わせる瞬間からふてくされていた俺は、中学生の威光を見せつけてやるべく、諒太郎を見下ろしてやろうとした。
が、年下のくせに、諒太郎はすでに俺と同じくらいの背丈だった。
いや、多分、ミリ単位で負けている。その上、俺以上にふれくされた面倒くさそうな顔で俺を見やり、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向くのだ。……こんな可愛くない奴と仲良くできるわけがない。
それに、諒太郎は服装だってダサかった。
着ていたのは普通のポロシャツと、どこも色褪せてない紺色のジーパン。全くもって洒落たところがないものばかりだ。
おしゃれに目覚めたばかりで、一生懸命自分をカッコよく見せようとしていた俺は、諒太郎のダサさを鼻で笑った。
ちょうどその頃、俺は買ってもらったばかりのスマホで、おしゃれ情報を血眼になって吸収しまくっていた。
髪を短く切り、ワックスで毛先を遊ばせ、スキンケアをして、安くてもカッコよく見える服を選び抜いてやっと、新しい中学でそこそこいけてるポジションに加わることができたのだ。
小学校から始めたバレーを続けるために男子バレー部に入部したし、きっとこれからぐんぐん背が伸びて、もっと女の子にモテモテになるはず……!!
そうして俺は陰ながら猛努力してきたというのに、諒太郎はダサい服を着ているくせに、なんだか妙にスタイリッシュに見えるから腹が立つ。
つーんとふてくされた顔をしているが、目鼻立ちはザ・正統派イケメンと呼べるくらいには整っているし。なんてことない黒髪のくせに、顔が良いせいなのかなんなのか、それは”ダサさ”というよりも”清潔感”というものを引き立てているように見えた。
小顔だし、手脚は長いし、年齢の割に落ち着いて見えるせいか、俺は到底持ち得ないであろう貫禄のようなものさえすでに備わっているような気がして、余計に腹が立ってむかついた。
だから絶対に、こいつのことなんか構うもんかと思っていたのだ。
だが、否応なしに諒太郎を構わねばならない時がやってきた。
家の前で顔を合わせても、互いに無視するという付き合いが一年ほど続いた頃。
中学二年生になった俺は、バレー部仲間と放課後の街をぶらついていた。
すると見慣れた黒髪の仏頂面が、ゲームセンターのすぐそばで、誰かと揉めていることにふと気づいたのだ。
立ち止まり、しげしげと不穏な集団を眺めてみれば、やはりその黒髪は諒太郎で。しかも彼を取り囲んでいるのは、どこからどう見てもタチの悪そうな不良。
諒太郎の背後には小柄な女の子がいて、どうやら諒太郎はその子を庇っている様子だった。
なるほどイケメンは正義感も強いのかと一瞬感心していたが……不良たちに胸ぐらを掴まれた諒太郎は、そのままゲーセンの裏に連れて行かれていってしまった。
泣いていた女の子の背中をぐいと押し出し、「早く帰れ!」と声高に言い残して……。
べしょべしょに泣いている女の子は、すぐさま近くのコンビニに駆け込んだ。きっと、大人に助けを求めるのだろう。
だが、それじゃ遅い。大人が駆けつけるまでに、諒太郎は不良たちにボコボコにされてしまう……!!
気づけば俺は、自慢の俊足でゲーセン裏に駆け込んでいた。
すると、不良たちに小突き回されていた諒太郎の瞳が、ハッとしたように見開かれた。
すぐに大人が来るだろうという安心感もあって、俺はいつになくでかい態度で「おらおらぁ!! 何やってんだお前らぁ!!」と不良たちを怒鳴りつけた。
すると不良たちはぎょっとしたように俺を振り返ったが、相手が細身のチビだと気づくやいなや、すぐにまた凶暴そうな目つきになり、ぎろりとこちらを睨みつけてきた。
ちょっとビビったけれど、「喧嘩!? どこだ!?」という大人の声が近づいてくることに気づいて気が大きくなった俺は、ギロリと目つきを鋭くした。
そして、「俺のツレに手ぇ出したら承知しねーぞ!!」と、ドスを効かせた声で普段言わないようなことをキッパリと言い放ってやった。
その後すぐに大人が駆けつけ、そのあたりを見回っていたらしい補導員がやってきたりと、あたりが騒がしくなりはじめた。
なにやら面倒なことになりそうだと察した俺は、諒太郎の手を取って、急いでその場から逃げた。
不良と一緒に補導されてしまえば、真面目そうな諒太郎の両親が心配するに違いない。うちの親よりもずっと厳しそうだから、ひょっとするとひどく怒られてしまうかもしれない……と、そう思ったから逃げたのだ。
諒太郎の手を引いて駅前まで走ってくると、俺もようやくホッとした。慣れないことをして、実は緊張していたのかもしれない。
「あんなところで何やってたんだよ。一緒にいた子は彼女か?」
肩を上下して息を整えている諒太郎に問うと、諒太郎はゆるゆると首を振り、「塾で一緒の子。どうしても一緒に来て欲しいって頼まれたからついていったけど、ただプリクラ撮りたかっただけみたい」と困惑顔で汗を拭った。
「プリクラぁ? ……まあ、お前背ぇ高いし顔かっこいいもんな。モテる男はつらいねぇ」
「……そんなことない。そのせいで、目があっただけでさっきみたいに生意気って絡まれるし、女子からもやたら声かけられるし、正直めんどくさい」
「ふーん……」
まだ中一だが、確かにこの一年で諒太郎はさらに背が伸びて、俺よりも頭ひとつ分くらいは大きくなっていた。
なまじ顔が整っているから大人びて見えるし、キリッとした目元は涼しげだが、見る者によっては見下されているように感じてしまうこともあるかもしれない。もし目が合えば、睨まれていると勘違いされてしまいそうだ。
「ま、これに懲りてよくわからん女にホイホイついていくのはやめとけよ」
「ほいほいついていったわけじゃない」
「イケメンも苦労するんだな〜」
「……別に、イケメンなんかじゃ」
ぼそぼそと声が小さくなっていく諒太郎は、よく見たら涙目だった。
それもそうだろう。見た目的に中三くらいには見えるかもしれないけど、諒太郎はついこの間まで小学生だったのだ。
不良に絡まれるというイベントに出くわすのは初めてだったのなら、怯えるのは仕方がない。
俺は手を伸ばし、ぽんぽんと諒太郎の頭を撫でてやった。驚くほどさらりとした髪の毛の感触はくすぐったく、ハッとしたように涙目でこっちを見た諒太郎の頼りなげな眼差しがやたらと可愛くて、俺はちょっとだけドキッとした。
「泣くなって。おばさんには黙っといてやるから」
「……うん。てか、泣いてないし」
「ま、そういうことにしといてやるよ。帰るぞ!」
「……うん」
諒太郎は素直に頷き、安堵したようにほんのり笑った。
それが、初めて見る諒太郎の笑顔だった。
——えっ……かわい……。
完膚なきまでの無表情しか見たことがなく、生意気なやつだと思い込んでいたせいか。
その無防備な笑顔を向けられた瞬間から、俺の意識の片隅に、常に諒太郎が居座るようになってしまった。
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