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第21話

「どうして、姉さんが居るんですか……?」 「弟が息子、の、ように、愛している子は、私の、甥、のようなものだろ?」 「そうですね……」 「結婚式に来るのは当然の事ではないか」 「そうでしょうか……」 「ごめんなさいね……巽さんに黙っていて、糸輪さんと東雲さんの方から、是非来てくださいって連絡を頂いたのよ」 「彼は、隣村に嫁いだ又従姉妹の所のΩの娘に似てるなぁ、珍しい事があったもんだなあ」 「さすがに覚えていませんよ、公彦に似てると思いますけどね。当たり前ですけど」 「まあ、なんだ、私は心から祝福しているよ。親族が何を抱えていても、それが何かを知らなくても、私はお前の姉で、暁の当主なのだから。彼がお前の息子同然と言うなら、どんな出自であっても守るべき暁の子だと思うよ」  結婚式の証人として選ばれている暁巽の控室には、千穂とその妻である夏海が顔をだしている。  千穂の言葉に、巽は俯き、涙を堪えるのに必死だった。  巽は公彦と違って親としては居られない。その代わりに達彦と輝基が用意した役割だ。   「……最後に。二人は長い人生でお互いを尊敬し合うことを誓えますか?」  白いタキシードを揃いで着ている二人は寄り添い、笑みを浮かべながら見つめ合い、そして暁巽に向き直って、明瞭に誓いの言葉を返す。 「誓います」 「誓います」 「二人ともう一人の未来に幸の多い事を心から願います」  巽は、全ての誓いを二人一緒の物として問い続け、対等である事を強調し続けた。  そして、達彦のお腹にも向けて、最後の言葉を締めくくった。  そのまま披露宴に突入するが、かなり内々の宴会の様な物だ。 「今、我が東雲医院は骨肉の戦いを繰り広げて居るからね。誰が取り上げるかで」 「初孫! 初孫!」  東雲家の両親は真剣に拳を衝き上げる。 「流石に父親に譲ろうよ二人とも」 「初孫!!」 「娘を取り上げたいが為に、大事故を起こしかけたのをお忘れとは言わせませんよ」 「忘れちゃあいないが、結果オーライじゃないか」 「元々の主治医は僕だからね? 二人とも。それに、輝基より経験豊富で、院長みたいに耄碌しかかっていない」 「誰がロートルだ」 『ドクター東雲、少しお時間を頂けないだろうか。理由があって姿は見せられませんが、アンです』  公彦が、通話中の端末を向けているが、画面は無だ。  東雲院長は幾ばくかの驚きの後に、ムスッとした顔になる。 『私は貴方には懺悔と感謝を伝えたかった。幼い私はあまりに愚かで、かけがえのない人を痛め付けた。彼等を救ってくれてありがとう』 「お前のしたことを私は絶対に許すつもりはない」 「父さん、忘れちゃあいないが、結果オーライじゃないか、でしたっけ?」  輝基が、口元を微笑ませ、眼光は鋭く父親を見つめる。同じ医師としての矜持は充分に理解できるし、ゾッとしたのも事実だ。受け容れろ等という気もないが、しかし、彼女の蛮行あっての達彦であることは変えようのない事実である。そこは、何とも言い難い。 『許され様などと思ったことは一度たりとも無い。ただ感謝を伝えたかっただけなんだ。ドクター東雲、時間をとらせて申し訳ない。公彦機会をくれてありがとう。達彦、輝基、おめでとう。気分を悪くしてすまなかったな。私はもう充分だから、また会える日を楽しみにしているよ』  「ああ! 待って待って! 僕自身は正直そんな事どうでも良くてですね、それよりもなんですけど、αからΩの性別変更で、ホルモンバランスの変化による鬱状態への対処はどう考えてるのか訊きたくて!!!」 達彦は端末に飛び付いてアンに向かって捲し立てた。 『理論上は馴染むまで抑制剤と避妊は絶対、一人にするな、太陽を浴びろ、運動しろ、良く寝ろ、栄養バランス、Ωと仲良く、無理無い範囲でセックスしろ、パートナーは絶対浮気するな』 「どうしても上手く行かない時はSSRIで補助すればいい……αの肉体は元々セロトニンの影響が強いからな、妙に自信満々でポジティブなのはそういう理由もあるだろう。鬱状態はそれが失われる事による物が大きいだろう。その逆にΩはセロトニン不足になりやすい」   東雲院長はぶっきらぼうとはこのことかという言い方をした。 『その通りだと私も思う』 「なるほどね、だからあの人達はあんなに元気なんだね……」  日に焼けて、ゆっくりと着実にΩ化しつつある癖にどういうわけだが腕と脚が逞しくなっている農夫を眺めた。      時は流れ、達彦はアンの研究所で数年前に開発者に加わった薬のさらなる改良をしていた。Ωの番変更薬で、治験を開始した。そして、治療中に使用し、徐々に投与を減らしていく疑似αホルモンの減少率の安定性を調整している。しかし行き詰まり、アンに助けを求めた。幼い見た目のまま、中味はかなり熟成されている。  因みに、番の仕組みは必ずしも絶対的ではなく、体内に取り込んだαホルモンの影響は条件次第で補充しない限りは減少していくという論文は輝基が仕上げていた。減少したところでたかが知れてはいるが、それを根拠にして達彦のチームは薬を完成させたのだ。 「タチュヒコ、そろそろエンジェル達にアプリの時間じゃない?」  名前が上手く発音出来ていない国籍不明、人種不明、性別不明の潜りの遺伝子研究者は、熱中する達彦に声をかける。外が暗くなっている事に気がついた達彦は慌てて端末を引き寄せた。 「僕の天使たち! おはよう!」  眠たそうにぼんやりしつつも、笑顔を向けてくる二人の子供に、達彦はそれだけでも健康的な生活をしているかのような勘違いをしてしまいそうになる。 「パパ、また仕事着のままだ。もう寝る時間のはずでしょう?」  小学生も中頃の娘は、欠伸をしながらジトッとした視線を送ってくる。その横の幼稚園児の息子も真似してムスッとしているが、良くわかってはいなさそうだ。 「もう終えるよ……光は今日ジジの所で勉強するんでしょ? 無理しないで頑張ってね」 「パパもね……」  気遣いつつも、反抗期の様な物言いだ。長女光は公彦に懐いており、既にIT分野で起業しているβだ。IT分野に関しては、α社会の形成よりも後に出来た産業として性別に垣根が少なく、在宅勤務を交えて活躍するΩも増えている。 「パパも気を付けるね。夢も幼稚園だね」 「うん、ユメはね、外遊びでユマくん達と鬼ごっこする」  夢はαの男の子であるが、非常におっとりとしており、本人は鬼ごっこをしているつもりで隠れんぼをしている。周りの子達が非常に優しい環境にいるためそんなに心配はしていない。 「いーーーっぱい楽しんでね」 「パパもいーーーっぱい楽しいことしてね」 「うん、いーーーっぱい楽しむね」  子供達へのおやすみコールまで、楽しく寝るだけである。 「ヒカルーユメー朝ごはん食べてーーお父さんがパパと話す時間無くなっちゃうー」  エーとかヤダーとかブツブツ言いつつも、子供達は手を振って画面から消えていく。この瞬間は毎日チクチクするほどに寂しくなる。 「何して楽しむつもり?」  輝基がひょっこりとやってくる。 「寝る。真剣に寝る」 「今日は当直明けで休みなんだよねーお産も続いたし。一緒に楽しめるかもしれない」 「残念ながらもう声だけではヒートにならないので、寝顔をお楽しみくださいませ」 「寧ろ寝顔で良いから見ていたい」  達彦は今、アン特製のヒートを完全に抑える薬を使って、研究を続けている。 「早く会いたいよ、キスしたいよ、抱き締めたいし、嗅ぎたいし、舐めたいし、噛みたい」 「僕だって……もう一人位産みたいな」 「恵まれると良いけどね。ちょっとだけ待ってて。二人を見送るからさ」 「うん、このまま繋げて、シャワー浴びてくる」 「わかった」     輝基が戻る頃には、画面いっぱいに達彦の寝顔が広がっていた。  スクリーンショットを撮影して、そのまま眺めながら、輝基も仮眠をとった。  夢で抱き合えたら良いと思いながら。  

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