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第20話

 達彦のヒートは一緒に暮らして3カ月間、音沙汰が無かった。学校以外はあまり外出する習慣が元々無かったため、いつ来ても問題は無いのだが、少しばかり気が急いてくる。  学校は入口での学生証と職員証の提示が厳しくなり、勝手に入り込むマスコミは居なかった。達彦の顔と名前はあまり一般の学生にも浸透していない。幼い頃からろくな写真さえない。同じゼミの者は口外を厳しく禁止されたが、それなりに学校の周りには小川と糸輪について質問をしてくる不審者が増えたと聞かされた。  そんな事をしている間に家庭裁判所から、糸輪公彦の実子として移す裁判の通知が来て、不服申立てする必要もなかったのでそのまま実子となった。  因習に囚われたα家庭として、既に他界している親の意向で無理矢理引き離された、という事が認められた形となっている。一応達彦を一度連れ帰った時のやり取りとして、事実ではあるらしい。 「僕は結婚したら東雲になる気でいたんですけどねぇ、話が変わりました」  あまりのゴタゴタっぷりに保留にしている。 「小川でさえなければ良いし、結婚しても糸輪を使えば良いんじゃないかな。それに、これで堂々と公彦さんを結婚式に呼べるね」 「やだ……パパってばまさかそのために急に……? 怖い……」 「たまたま機が熟しただけだろうけど、相当に悔やんでいたのは確かだろうね……」  その上、β男性とその他の性の男性との結婚を認める法案が山岸議員が所属する政党から提出された。旧態然とした性の役割に準ずるα主体の派閥が猛反発し、議論は大荒れとなっている。しかし、β男性だけ女性としか結婚出来ないのは不自然な事だろうと多くの人が感じている。また、他の政党からはこの法案では不十分でありβ女性同士とβ女性とΩも認める改定案の準備があるという宣言まで出ている。 「もしかしたら、公彦さんはいつか本気で暁先生と結婚する気なのかもね。この国で」 「生きてる内に出来ると良いけどねぇ……国をも動かそうとする強烈な執念は、αらしいですね……」 「公彦さんはαとしては憧れるなあ」 「Ωにとってはちょっと力強すぎて怖いですけど……でも、賛同は出来るかな……」  達彦は苦笑いになる。    向かい合って珈琲牛乳を啜って近況を話して過す、そんな休日を、達彦は何よりも気に入っている。  当に新時代に突入しようとする社会の中で、この穏やかさを経験出来る人間が増えて欲しいと、達彦も輝基も思っている。  ヒートが今よりも更にコントロール出来れば、世界が変わるのだ。好きな仕事をして、好きな相手と冷静に時間をかけて話せる。自分で生き方を選べるのだ。  そして、糸輪製薬が番関係を解除させる薬の開発計画を発表した。事故や強姦事件の被害者救済として注目される一方で、不誠実なαの増加を助長すると懸念されている。その意見が出てくる事そのものが、社会はαの手を離れつつある証の様であった。そしてその対処として、α用抑制剤の普及が急務として捉えられている。  世界各国でα抑制剤承認や反対様々なデモや議論が起きた。βでさえも多くの人が考えを主張していた。  αの責任感が問われる時代が着実に訪れようとしていた。   「んん……」 「どうした?」 「あ、なんか来たかも……」  頭がカァっと熱くなっていき、下半身がチリチリと刺激され、充血していく。そして、溢れ出る分泌液の流れる感じにぶるりと震える。 「ベッド行こうか」 「ん……」  手を伸ばせば、当たり前に抱きかかえられ、柔らかで暖かい場所へ運ばれる。 「ヤバい……久しぶり過ぎて、もうヤバい、鼻血でそう……」 「興奮して鼻血は医学的には迷信なのでは……」 「言葉の綾というやつだよ……達彦は余裕だねえ……」 「ふぅ……も、余裕じゃない、良いからしてください……」  Ωフェロモンが爆発する様に溢れ、輝基はぼんやりとした。  なけなしの理性で性器のぬめりと柔らかさを確認して、それだけが思考と呼べる物の最後であった。  愛撫など無く、ただただ押し込んでいた。二人のうめき声は重なり、どちらの物だかわからない。  乱暴な抜き差しは、ただ自分の子孫を残す行為であり、愛情ではなく、強すぎる執着心だ、その執着心は何処か飢えた感覚で、とにかく孤独で寂しい渇望の気持ちが暴走する。  何としてでもこのΩを手に入れ、離さない、というヒリヒリとした心の痛覚だ。  涙を流して悲鳴を上げるΩが、少しでも身を引こうとすれば凄まじい力で背中を抑えつけ、首に獣の様に噛み付き、逃げられない様に全身で抑えつけてしまう。  Ωの血が口の端から流れる。より強く噛み付くと同時に掴んだ腹にも爪が食込む。  痛みすら快楽に変換するΩの性器は、αを絞り上げる様に締めつける、Ωこそコイツを離さないという性質でもって、咥え込み、吸い込み、引き摺り込み、飲み込もうとする。そして溺れさせる。 「あっ……あぁ……」  長い射精の間に、輝基は人間に戻ってくる。掠れる達彦の声がする。 「ごめん……続けて良い……? 少し落ち着いたから……優しくするから……」 「ん……もっと……乱暴でもいい……もっと……」  普段から何度も性行為を繰り返しているそこは、いつも以上に柔らかく輝基を受入れている。  精液を出し続けている性器をそのまま擦りつける。ゴプゴプと溢れ出る感覚と、常に絶頂し続ける感覚を二人は共有していた。  示し合わせずとも、二人とも同時に何度も繰り返される快楽に、達彦は度々気絶しながら、正気になるまで行為を繰り返していた。    雄というのは、性行為の後に目が冴える事がある。種を残した相手を守る為だと言われている。その感覚は特にラットに陥ったαには顕著だ。  ぐったりと死んだように眠る達彦に、正気になった輝基はかなりの焦りを覚えた。  脈を測ったり体温を測ったり血圧を測ったり、ホットタオルで拭ったり、傷の手当をしたり、生理食塩水の点滴が必要なのでは無いかと病院に取りに行こうとして辞めたりと、バカになったとしか言いようのない焦り方をした。後日、冷静になってから誰にも見られたくないと思った。

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