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第19話

 「千鳥さんと初めてエッチしたんですよぉ……」 「おめでとう。どうだった?」  プライベートを敢えて話してくるということは、聴いて欲しい事があるのでは無いかと考えた達彦は訊き返す。 「最高でした。ところが、なかなか厄介なんです。僕の生殖器官の弁って癒着してて塞がってるっぽいです」  正解だったとひとまずはホッとする。 「確かに、男性型αだとありえるかもね……」  山岸改め、暁悠介と達彦はデータ整理の手を止めて、向き合う。 「切開するの?」 「します。千鳥さんの赤ちゃん産みたいですから! 義母さんにお願いしたら、流石に専門外で手に余るからきちんとした学会に参加してる病院でやって頂戴といわれて。千鳥さんには突き破るのは絶対に嫌だって言われちゃいました。αらしくて荒々しくてかっこいいのに」 「まあ……想像するに、無理矢理突き破ったらその後の事が心配だよね……お義母さんにも叱られそうだしね……千鳥さんが」 「それにもっとイチャイチャしてαのフェロモンを浴びないと、生殖機能が発達しないんだそうです。首の跡も全然残らなかった」  ツルツルの首は、αの獣じみた回復力を伺わせる。達彦の首はまだ薄っすらと痕が残っているからだ。 「まあ、だいたい想像つくね……」 「この辺は暁先生が詳しいので、助かりますね。暁先生にも病院でやれって言われちゃいました」  そりゃ経験者だからとドキドキとしつつも、抑制剤の研究=ホルモンと生殖の研究と言えるので、頭を切り替える。  αというのは、自由が多い。αを無理矢理Ω化するという傷害事件もあるが、それはα同士の本能的行為と認められており、被害者もプライドから訴えでない上に殆どで番として囲われている為に世間の認識が甘く、バース変更は身体機能上当たり前の事として認められている。時代が変わればその内に禁止される可能性も高い人権上問題のある行為だ。  流石に悠介の様に外科的処置を必要とする場合は、変更するαの意思を確認する第三者のカウンセリングを独自に設けている医療機関が多い。法的拘束力の無いガイドラインではあるが、恐らくこのガイドラインに従うと、仲人が運営し親族の暁も所属する黒曜大学は対応不可であり、東雲病院はグレーな所だろう。 「まあ、このご時世だし、今の内って感じもするし。二人で納得して、進めるならいい事じゃあないですかね」 「ふふ、先輩もですよ。お式には呼んでくださいね。これあげます」  悠介は達彦の指輪を見つめてから、デスクの引き出しからプリザーブドフラワーで出来たブーケを取り出す。 「和式だったんで、人前では持たなかったですけど、写真撮影の時に使ったんです。母達が作ってくれて、せっかくだから尊敬する先輩に」  母達というのは、生みのΩの母と父の正妻の事だ。ブーケはマルチカラーの花々を白い花で囲った強くロマンティックな仕上がりだ。 「ありがとう……凄いかっこよくて綺麗……」  なんて可愛い事をする後輩だろうかと思う。   「達彦! 達彦!! くん!!! ちょっと!!!!」  悠介と呑気に会話をしていると、暁が血相を変えて飛び込んできた。 「はいはい、なんでしょうか」  ここの所ヤレヤレと思いつつ、妙に嬉しい顔をしてしまうのだ。  しかしそんな呑気な気持ちは一瞬の事で、応接室に入ると、スーツ姿の二人組が居て、刑事だと名乗った。 「小川達彦さんですね」 「はい……」 「ご両親の事で少しお聞きしたいことがあります」  はぁ、と、達彦は盛大なため息を吐く。実の両親では無く、書類上の両親であり一度も会っていない。一番頼りにしている実の親をチラリと見ると、険しい顔をしている。 「暁先生も同席をお願いします……僕はΩの全寮制に居たので、公の話は上手く出来ませんから」 「そうでしたか、そちらが構わないのでしたら……」  何故大学の教授を? といった顔をしている。 「ありがとうございます」  席につけば、刑事は咳払いを一つしてから、話し始めた。昨日家に帰らなかったため大学に来たと言う。 「まず、ご両親が逮捕されました」  話を聞くと、達彦は実子として認知されてはいるが、達彦の連絡先すら小川の人間は誰も知らなかった。そして達彦以外にもΩの子供を養子にしていたらしい。それが人身売買に触れていた。たった20年前、αにも禁止が適応された法律である、それまで適応されていなかったことは国際的な人権問題となっていた。達彦が産まれてからの禁止であるが、それを禁じられて以降も続けていたという事である。  そればかりか、隠し部屋から何人か子供を産んだ形跡のある気の触れたΩが保護されたらしい。ゾワゾワと嫌悪感が湧いてくる。 「私は、幼い頃は乳母の家で育ち、その後は全寮制の学校に入れられ、小川の人間は一人も顔も声すらも知らないのです。ですから、無関係です。学校の出入りの記録をお調べください。小川は一度たりとも関わってきていません。その後の事は暁先生に頼っておりましたし、親子とは言え全くの無関係です」 「そうですか、金銭の援助だけという事ですか?」 「恐らく……」 「いえ、彼の金銭の管理は、本家の糸輪が小川の名義で行っているはずです。それは糸輪に確認すればわかります! 金銭的にも彼は無関係です」  暁が遮る様に口を挟んだ。 「先生、お詳しいですね」 「……はい。糸輪公彦は私の学生時代の友人です、その彼から、私が講師を務めるに当たり彼の様子を見て欲しいと頼まれておりましたので」 「どうして糸輪さんは達彦さんだけにその様な事を?」 「あの……深刻な事情ですのでお話するのですが、彼はΩだというだけで前当主に認めて貰え無かった、糸輪公彦の隠し子だからだと……」 「そうですか……」  達彦は、目を見張って絶句した、そんな事言って良いのかという絶句であったが、警察からは真実を知らされたショックの様に見えたであろう。同情的な眼差しがくすぐったく、かえって申し訳がない。 「わかりました、糸輪さんにも話を伺います。ただ、かなりショッキングな事件ですから……内々の通報で報道規制もされますが、それでも暫く学校もお休みして家から出ない事をオススメします。この手の事件はΩの方が二次三次の被害に遭いやすいので、一人にならず、くれぐれも気を付けてください。何かあればすぐに警察へ」   「どういう事ですか」 「ついさっき、公彦の連れが学生のフリして来て、こう言えって言ってったんだ。君に話す間も無くて……」 「なるほど、それにしてもよくもまあ今時人身売買なんて……」 「まあ、糸輪からの再三に渡る警告を無視して隠してやっててね、暁の嫁に来た小川の子に頼んで通報させたのが、公彦らしいから……公彦も姉さんも私に隠してたんだ……」 「えぇ……なんかもう、あの人はヤバい橋渡りすぎですよ……」 「暁は田舎だからちょっと違うけど、古いαの家には付き物なんだって。東雲だってそうだし、黒岩もそうなんだよ。違法になった事業を順番に整理して今があるのさ。糸輪は大き過ぎて時間がかかってるだけ。それは刑事さんもわかってるだろうね」 「色々あるんですね……」 「まあ、負債はおっさん達に任せて、君達は楽しくやんなよ」 「そのつもりです」    この日、輝基は迎えに来てくれた。自宅に居るわけにもいかず、という感じだ。 「僕、家事、あまり出来ません。掃除だけは学校でもやっていたので出来るんですけどね……あと、全自動の洗濯機なら使えます」 「気にしなくて良いさ。俺も忙しい時は家政婦さん頼むし。料理は好きな方なんだよね。どっかのバカαが物凄い量の野菜送ってくるから……」 「贅沢な悩みですねぇ〜」  達彦は、世間の事には我関せずと極め込んで、輝基に寄生する事にしたのだ。 「このまま一緒に住んでしまおうか……」 「それも合理的ですよね……」 「ね。達彦の親には感謝だな〜」 「ははは…………」  

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