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第8話

8.はじめて 「なーんか成瀬、今日、機嫌よくない?」 翌週の月曜の放課後、軽音部の部室で千早がベースの練習していると、後から入ってきてギターをいじり始めた真島が訝しげに顔を覗き込んできた。 「そぉか?そんなことないけど」 「いや、なんか変。いつも成瀬ってもっとアンニュイでクールな感じなのに、今日はオーラがピンク色に見える…」 「なんだよ、真島って俺が男を好きだってのも見抜いたし、能力者かよ?」 「おい、さては…ヤったな?」 「…想像に任せる」 そう千早が口元がニヤつくのを必死で抑えながら答えると、真島はギターを弾く手を止めて目を見開いた。 「おい、マジかよ?!よくあの人、その気になったな」 「まあ、俺って割と愛されてるし?」 「くっそぉ、成瀬の初めては俺が貰ってやろうと思ってたのに…!どうせあの人、土壇場で怖気付いて逃げ出すと思ってたのによー!」 「おあいにくさまだったな〜」 「なあ、一度も二度も一人も二人も変わんないだろ?俺ともシよ?成瀬はタチなんだからヤってもバレないって!」 そこそこ真剣な声音で言いながら真島が肩を組んでくる。 「イヤだね、真島はタイプじゃないって言ったじゃん」 「そう言わずにさあ〜」 どんどん顔を寄せてくる真島をブロックしつつ、 「ちょ、やめろって、そろそろ他のメンバー来るだろ…」 と揉みあっていると、ガチャリと扉が開いた。 「あ」と言って動きを止めた二人がそちらを見遣ると、そこには数生が立っていて千早は仰天した。 「…なにやってんの、二人で」 数生が能面のような表情で尋ねると、 「練習っス」 と真島がまだ千早の肩に腕を回したまま応える。 「へー…。千早の面倒見てくれてありがとな。けど…」 二人に近付いた数生は真島の腕を払いのけるようにすると、千早の腕を掴んで自分の方へ引いた。 「こいつ、俺のだから。…ちょっと借りるわ」 「…はーい。分かりましたぁ」 真島が答え、数生の言葉に驚いた千早は引っ張られるがまま部室の外へ出た。 「数兄…」 「お前さ、自分に気があるって言う奴に気安くベタベタ触らせんなよ。あいつに狙われてんだろ?」 「…ごめん、気をつける」 千早が素直に謝ると数生は「はぁ…」と目を瞑って溜め息を吐いた。 「…今日、母ちゃんが合格祝いにご馳走作るって張り切っててさ…。千早も呼べって言うから、部室にいるかなと思って声掛けに来たんだ」 「そうだったんだ。じゃ、あと1時間くらい練習したら帰って数兄んち行くよ」 「…おう。待ってるわ。じゃ、また後でな」 「うん。すぐ行く」 千早がそう言うと、数生は後ろ姿で手だけヒラヒラと振って去って行った。 部室に戻ってドアを閉じると、千早はその場にしゃがみ込んで両手で顔を覆った。 「ん?成瀬、どした?」 「あ〜〜〜〜〜!」 「なに、なんだよ?先輩になんか言われたのか?」 「萌える……!!」 「はあ?」 千早はすっくと立ち上がると、真島の手を取って言った。 「ありがとな、真島!」 「へ?」 「数兄が人前で俺のことを自分のもんだって言ってくれたのなんて初めてなんだ…!!怒ったとこもあんまり見ないから貴重だよ…。俺…めっちゃ萌えた…!!」 「…あっそ。そりゃ良かったな…」 「うん…!」 千早がなおも身悶えしていると、真島が呆れたように言った。 「あー、アホらし。バカっプルかよ…。早く帰ればぁ?」 「そうだな、やっぱ今日は帰るわ。ごめんな、真島」 「へえへえ。せいぜいお幸せにな〜〜」 千早が勢いよく部室の扉を開けると、ちょうど土岐たちメンバーが入ってくるところで「あれ、成瀬、練習は?」と言われたが「ごめん、また明日!」と、千早は走り出した。 ———急いで追いかければまだ数兄に追いつくかな。 学校の近くでそんなことしたら怒られるかもしれないけど、このままだと抱きついてしまうかもしれない。 『さっきの〈俺のだから〉ってやつ、もう一回言って』って言ったらきっとイヤな顔するんだろうな。 千早は頬が緩むのを抑えられなくて、何度も数生の言葉を胸の中で反芻しながら階段を駆け下りて行った。 おわり

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