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寒さが残る、三月上旬。
まだ眠りについたままの桜の木の下、この日の主役である三年生達が、それぞれの新たな道に、期待と不安を抱きながらも、ある者は親しき友人との当たり前だった青春に懐かしんだり、またある者は別れを惜しんで号泣したりと、思い思いにこの特別な日を過ごしていた。
「中学の三年間はあっという間だったけど、まあ、高校もあるから、さほど何とも思わなかったんだけどさ、高校はなんかしんみりするよなぁ」
「⋯⋯そうだなぁ」
「就活の時は死に物狂いだったが、今振り返ると、それもいい思い出になるよなぁ」
「だなぁ⋯⋯」
「⋯⋯しおんにぃ」
「エッ! しおんにぃっ!?」
携帯端末に付けていたストラップから顔を上げ、慌ただしく周りを見やるが、急に声を上げたものだから、皆して一斉に朱音のことを見ていた。
途端に、火が出るほどに顔が熱くなった。
「⋯⋯さーせん」と縮こまりながら小さく謝ると、隣で笑いを堪えている友人に怒鳴った。
「オイッ! なあに、人の耳でしおんにぃを呼んでんだ! てか、お前がしおんにぃって気安く呼ぶんじゃねぇ!」
「お前が、もっとも親しくしてやったお友達の思い出を、しおんにぃばっか考えて上の空なのが悪いんだろうよ!」
「はぁ?! 俺はいついかなる時も、しおんにぃのことばっか考えているし、しおんにぃが健やかに過ごしていることを気にかけてんだよ! もっとも親しくしてやったお友達なら、そのぐらい分かるんじゃねぇのっ!?」
「──僕が、どうしたって?」
あ"ぁ"んっ!? と半ばふさげのメンチ切っていると、場にそぐわない、優しく包み込むような声が突如として聞こえてきた。
この声は。
「しおんにぃ!」
嬉しさと驚きが混ざった声を上げると、しおんにぃと呼ばれた彼は優しく微笑みかけた。
久しく見ていなかった、昔から変わらぬその笑顔に、ぼんやりと見惚れてしまいそうになった。
「てか! しおんにぃ、来るって言ってたっけ? 仕事で来れないんじゃ⋯⋯」
朱音が一年の頃に、俳優デビューをしていた彼は、卒業後、まずは憧れであった戦隊モノに出演していた。
朱音は、彼が出ているのもあって、いつもならば昼頃まで寝ているのを、朝の始まる一時間前に、テレビ前で正座をして待っているほどだ。
懐かしくも、一番好きな人が戦っている姿に惚れ惚れとしていた。
そんな彼は、それがきっかけで顔の良さも相まって、バラエティーにクイズ番組、深夜ドラマ、果ては写真集まで出すほどまでにじわじわ知名度が上がっており、それは同時に忙しいということを意味する。
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