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ふたり占め#1 ①

親の転勤で、せっかく入った高校だったけれど一年の三学期に転校する事になった。 これが俺、浅羽(あさば)(かなた)の人生を変えた。 「矢橋(やはし)流風(るか)です。よろしく、浅羽くん」 校内を案内してくれる事になった、クラス委員の矢橋くんは柔らかく微笑んだ。 どの角度から見てもイケメンで、すっと長身。 身長170㎝の俺より、10㎝くらい背が高いかな。 艶のある黒髪に、吸い込まれそうな真っ黒い瞳。 矢橋くんがきちっと着ていると、制服がすごくかっこいい服に見える。 なんとなく、自分の緩んでもいないネクタイを直した。 そして笑顔が優しくて眩しい。 すれ違う女子生徒がみんな矢橋くんを振り返る。 すごい。 「わからない事があったらなんでも聞いて」 「ありがとう、矢橋くん」 性格もいいイケメン。 俺がお礼を言うと、矢橋くんはじっと俺の顔を見る。 「?」 「奏って呼んでもいい?」 「うん、いいけど?」 「ありがとう! 俺も流風って呼んで」 「うん。わかった」 校内を案内してくれてるんだけど、流風はものすごく俺を見てる。 この、どこにでも転がってる平々凡々な顔は珍しくもなんともないだろう。 それともイケメンにはこういうのが珍しく映るんだろうか…感性がわからん。 「ここが生徒会室。奏は近寄らなくていい場所だよ」 「? どういう事?」 「そのままの意味」 流風がにこやかに言って、『?』と思いながらもそのまま生徒会室の前を通り過ぎようとしたところで中から生徒が出て来た。 「!?」 流風がもうひとり!? 俺がびっくりしているのを見て、流風は俺の腕を引いてその男子生徒の前を素通りしようとした、けど。 「今までどこにいたの?」 男子生徒が俺を見て言う。 「…? あの」 「ずっと探していたんだよ」 そう言って流風そっくりな男子生徒は俺を胸に抱き寄せた! 「なにやってんの藍流(あいる)」 「…邪魔するな、流風」 「するに決まってる。奏は俺が先に唾つけたんだ」 藍流と呼ばれた男子生徒と流風のやり取りを、なにが起きたんだろうと思いながら見つめる。 唾つけたって…? 「えっと…流風?」 「…俺の双子の兄の藍流」 「矢橋藍流です」 「ああ! お兄さん…どうりで」 そっくりなわけだ、双子か。 でも着けてるネクタイが二年生の赤いネクタイ。 「??」 「藍流がぎりぎり4月1日生まれで、俺が生まれたのが日付またいで4月2日だから学年が違うんだ」 「へえ…そうなの」 俺の疑問に気付いた流風が答えてくれる。 ちなみに流風と俺は一年の紺色のネクタイを着けている。 「生徒会長サマはさっさと仕事に戻れよ」 「きみの名前は?」 「えっと、浅羽奏です」 「聞けよ、藍流」 「奏の可愛い声は聞こえてるから安心して」 優しい笑顔もそっくり。 でもあんまり仲は良くないのかな? ていうか可愛い声って…俺の声が? フツーの男子高校生の声だと思うし、可愛いとは程遠いと思うけど。 「今はなにしてるの?」 「俺、転校初日なので流風に校内を案内してもらってて…」 「俺が代わる。流風は教室に戻れ」 「やだよ。俺が奏を案内するんだ」 「えっと…?」 わけわからん。 ふたりとも、そんなに校内案内が好きなのか。 ふたりでぎゃんぎゃん揉め始める。 「矢橋先輩も流風も落ち着いて」 「藍流って呼んでよ、奏!」 「“矢橋先輩”でいいよ、奏」 俺の言葉に悲痛な顔をする矢橋先輩と、楽しげな流風。 どうするべきか。 「じゃあ、藍流先輩で…」 「藍流って呼ばないと離さない」 「え!?」 また先輩が俺を抱き締める! けどすぐに流風が引き剥がしてくれたのでほっとする。 「…流風」 恨めし気に流風を見る藍流先輩に対して、流風はなぜか勝ち誇った笑み。 「行こう、奏」 「え、あ…うん」 「ごきげんよう、“藍流先輩”」 そう残して俺の腕を引く流風と一緒に生徒会室の前を離れた。 「…びっくりした」 「ごめんね、まさか藍流が出てくるとは思わなくて。でも近寄らなくていいって言った理由がわかったでしょ?」 「…?」 それはわからないけど。 そのまま校内をぐるっと案内してもらって一年B組の教室に戻る。 「ありがとう、流風。とは言っても、まだ完全には覚えきれてないけど」 「大丈夫、わからなかったら俺に聞いて」 「うん、ほんとにありがとう」 それから、もうやる事ないからってふたりで帰る事にした。 流風はすごく話しやすくて、話していると心地好い相槌を打ってくれる。 「奏の家の最寄り駅はどこ?」 「〇×駅だけど」 「ほんと!? 俺も同じだよ! やっぱ運命だ…」 「運命?」 「うん、奏と出会う運命だったんだなって」 にこやかに言われても…男同士だし、冗談かな。 どう答えていいかわからず、はは…と濁す。 「俺は西口だけど、奏は?」 「東口」 「そっか残念。もっと一緒にいたかったな」 「…?」 藍流先輩といい流風といい、なんで男で可愛くもない俺にこういう事言うんだろう。 まあ流風は藍流先輩みたいに急に抱き締めてこないからまだいいか。 あんなイケメンに抱き締められたら、男同士でもどきどきが止まらなくなる。 「明日、学校一緒に行かない? 駅で待ち合わせて」 「うん、いいよ」 「やった! じゃあさ、じゃあさ、連絡先とか…交換したりしない?」 「いいけど…?」 「やった…!!」 なんでそんなに喜んでいるのかわからないけど、学校に一緒に行ったり連絡先を交換したりするくらい、全然構わない。 「じゃあ俺とも交換して、奏!」 「!?」 突然肩を抱かれてびっくりして見ると藍流先輩が。 「藍流先輩? なんで…」 「急いでやる事終わらせて追いかけて来たんだよ。奏、俺も連絡先、いいでしょ?」 「藍流はだめ」 「流風には聞いてない」 いつからそばにいたんだろう。 スマホを出して俺に詰め寄る藍流先輩を、流風は冷たく追い払おうとする。 「奏、お願い! 流風がいいなら俺もいいでしょ?」 「いいですけど…」 「敬語やめて!」 「敬語でいいよ、奏」 嘆く藍流先輩。 おかしそうに笑う流風。 俺はどうしたらいいかわからず、とりあえずふたりと連絡先を交換して、うしろを気にしながら帰宅した…なんとなく、藍流先輩も流風もついて来そうな感じがしたから。

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