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ふたり占め#2 ④
「なにがおかしいの?」
今にも流風に掴みかかりそうな空良。
「いや、空良さん…高校卒業って、あと二年あるんだよ? それまで奏の魅力に気付く人は現れないって思ってたって事? それって奏の魅力をわかってるって言わないんじゃない?」
「……」
あーもう…どうしよう。
藍流も流風も笑顔なのに怖い。
空良もなに言い出すかわからないから怖い。
落ち着いてって言ったって、また『落ち着いてる』って返されるだけだし。
黙って聞いてるしかないのか…。
「奏がまさか転校しちゃうなんて思わなかったんだ…。ずっと俺のそばにいるんだって思ってた。大学に進んだら、ルームシェアとか色々理由つけてふたりで暮らそうと計画してたのに…奏は俺相手なら絶対頷いてくれたのに…」
空良…なにその怖い計画。
当然初耳。
まさかそんな事を考えていたなんて。
確かに、藍流と流風に出会う前だったらなにも疑わずに頷いてルームシェアしてただろうな。
「残念だったね、奏は俺達のものだよ。誰にも絶対渡さない」
藍流が言う。
これで終わるかな…?
俯いていた空良が顔を上げる。
「……奏、」
「な、なに…?」
「俺を選んで」
「え?」
「藍流さんと流風さんより俺がいいって言って」
「それは…」
「奏だって俺が好きでしょ?」
空良、なんか怖い。
思わず藍流と流風の手を握ってしまう。
「藍流さんと流風さんから手離して俺の手取ってよ。ね、奏? 俺が好きでしょ?」
「俺は…」
「平凡な人間は平凡同士でくっつこうよ…そのほうがつり合うよ。俺は絶対奏を捨てないよ?」
どうしよう…なんか空良、様子がおかしい。
「そうだ。おじさんとおばさんに話して奏は俺の家に来ればいい。俺の親も奏を気に入ってるし、いいって言うよ。それで高校卒業したらふたりで暮らそう? また転校するのは大変かもしれないけど、俺と一緒にいられるからいいよね? 俺と一緒にいよう?」
「空良…」
「いいよね? そうしよう? 早速奏の家に行っておじさんとおばさんに話をしようね。今日いるでしょ?」
「空良!」
お腹に力を入れて大きめに声を出す。
空良の動きがぴたっと止まった。
「俺は空良を選ばない」
「なんで…?」
「俺は藍流と流風が好きだから」
空良が目を見開く。
怖い、けど、俺の事だからしっかりしないと。
「奏、俺の事好きでしょ…?」
「友達としては好きだよ」
「なんで? 付き合ってくれないの?」
「俺には藍流と流風しかいない。ふたりのそばにいるって決めたから」
「奏…なんで…」
「だから、ごめんなさい!」
頭を下げる。
わかってくれるかな。
いや、わかってくれなくてもいい。
俺には藍流と流風だけなのは変わらない。
空良がそれほど俺を想ってくれていたのに気付けなかった事に視界が滲んでくる。
「奏、泣かないで」
「藍流…」
俺が握った手を、藍流がぎゅっと握り返してくれる。
「奏は悪くないよ」
「……」
流風も慰めてくれるけど、俺は自分が悪い気がして心が痛い。
涙がぼろぼろ零れてきて、でも恥ずかしいから慌てて拭おうとしたら藍流と流風が指で優しく拭ってくれた。
「…奏は、藍流さんと流風さんの前だと、そんなに素直に泣くの…?」
「……うん」
「俺の前だと泣くの我慢するのに…」
空良が俯く。
「…俺を選んでくれる気は、ないんだ?」
「……………うん」
もうどうなってもいいや。
空良が友達やめるって言っても追いかけない。
俺には藍流と流風がいる、それだけでいい。
「わかった…」
空良がそう言って俯く。
「でも諦めない」
「え」
「奏が藍流さんと流風さんに捨てられた時のために、俺ずっとひとりでいる」
なんてとんでもない事を。
藍流も流風もちょっと笑ってる。
「空良さん、それじゃ一生ひとりだよ?」
「それでもいい」
流風の言葉にはっきり答えて空良は満足そう。
空良が満足してるなら、それでいいのか、な…?
「奏、適当にこの辺案内して」
「藍流と流風もいるよ」
「うん。おまけ付きでも我慢する」
「…おまけ」
藍流と流風を『おまけ』と言える空良に、本気ですごいと思ってしまった。
藍流と流風と俺の三人がいたら、どう見ても俺がおまけ。
それから四人で店から店へと回って、色々見て歩いた。
俺がなにか買おうとすると、なぜか俺以外の三人が財布を出すので固辞して自分で買った。
藍流と流風はいつもの事だけど、空良もだとは思わなかった…いや、今まで隠してたのかな。
なんとか和やか?に時間が過ぎて、気が付いたら夕方になっていた。
「じゃ、俺、このまま帰る」
「途中まで送って行こうか?」
空良に藍流が聞く。
「奏ひとりでなら来て」
「奏ひとりでなんて行かせるわけないでしょ」
「そのまま連れ去られそうだしね」
「……」
空良も藍流も流風も、もうこの感じは変わらないのかな。
まあ、仲良くしてって言うのも無理そうだし、いいか。
「奏」
「え?」
不意打ちで空良の顔が近付き、目の前に…!
「っ!?」
咄嗟に避けようにも間に合わない。
「むぐ」
俺の唇を藍流の手が覆う。
そして空良の唇を流風が手で覆った。
ほっと息を吐くと。
「…次にふたりきりで会った時にはするから」
「え!?」
「「ふたりきりでなんて会わせないよ」」
空良の宣言に俺がびっくりすると、藍流と流風の声が重なった。
優しい声色なのになんか怖い…。
「またね、奏」
「うん、気を付けて」
俺達と別の電車のホームに向かう空良の背中を見送って、藍流と流風と俺の最寄り駅に向かう電車に乗る。
なんとか終わった。
「藍流、流風…ごめんね」
「なにが?」
「嫌な思いしたでしょ?」
「全然」
藍流も流風もなんでもないよって顔をする。
でも絶対嫌な気持ちになったと思う。
「まさか空良が俺をそんな風に見てるなんて思わなくて…」
「いや、俺と藍流に会いたいって言ってきた時点で奏の事好きでしょ」
「そうなの?」
「奏は本当に自分の魅力に気付いてないから心配」
流風も藍流も大きな溜め息を吐く。
「でも、誰に好かれても俺には藍流と流風だけだから」
「そうだね」
「俺達にも奏だけだよ」
やっといつもの笑顔に戻ってくれた。
さっきまでも優しい微笑みだったんだけど、なんでかちょっと怖かった。
「奏、明日はお弁当いいから、ゆっくり寝て?」
「え?」
「しっかり寝て、学校帰りにうちに寄ろうね」
藍流と流風が突然言う。
それは…どういう意味?
……そういう意味…?
顔が熱くなってくる。
――いっぱい可愛がってあげる。
藍流と流風は俺の耳元でそう囁いた。
「帰ったらまた“色々”調べて勉強しようか、流風」
「そうだね」
なにされるんだろう…俺。
どきどきが止まらなくなって、俺はふたりからちょっと視線を逸らした。
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