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ふたり占め#13 ①
「奏 先輩…」
「…桜弥 くん…」
俺がクラスメイトと離れた一瞬の隙をつかれて引きずり込まれたのは、奇しくも彼が俺を呼び出して欲しいとクラスのみんなに頼んでいた資料室だった。
逃げようにも桜弥くんがドアの前に立って塞いでいるので逃げられない。
「俺、わかったんです」
「なにが…?」
なんか怖い…。
「藍流 先輩と流風 先輩は奏先輩を絶対離さない」
「そうだね」
「だから、奏先輩が自分から離れるようにすればいいんだって」
「!?」
伸びてきた手が俺の腕を掴み、首に顔が近付いてくる。
咄嗟に避けようとしたけど桜弥くんの動きのほうが早かった。
首に唇が触れ、舌が這う。
「や…っ!」
「どうして? 藍流先輩と流風先輩じゃないから?」
「そうだよ」
まっすぐ桜弥くんを見ると、桜弥くんの表情が歪む。
今にも泣き出しそうに瞳が揺れている。
そのまま項垂れるので手を振り解いてドアに向かおうとしたらもう一度腕を掴まれ、縺れるように床に倒れ込んだ。
腰を打ってしまい痛い。
「俺だって奏先輩が好きなんです」
シャツの裾から手が入ってきて、肌に直接、慣れない体温が触れてぞわっとする。
俺が自分から離れるようにするって、そういう事…?
抵抗しようにも桜弥くんの力が強くて叶わない。
スラックス越しに自身に触れられて揉まれる。
また背筋がぞわっとして逃げ出したいのに力が入らない。
このまま桜弥くんになにかされるくらいなら死にたい。
本気でそう思った。
「奏先輩だって気持ちよくなれるなら藍流先輩と流風先輩じゃなくてもいいでしょう…?」
「そんな事ない」
「好きです、先輩…先輩だけ好きです…」
「やだ…っ!」
…あれ、待って。
俺、桜弥くんの気持ちわからないってどこかで思ってたけど、わかるかも。
だって桜弥くんが俺だけ好きって言うの、俺が藍流と流風だけ好きって言うのと同じじゃない?
俺は運よく藍流と流風の心が手に入ったけど、もし手に入らなかったら桜弥くんと同じような事してなかった?
さすがに押し倒すまではしなくても、それでも、自分を見てもらいたいって強く願わなかった?
そう考えたら急に力が抜けて、抵抗する気にならなくなった。
抵抗しなくちゃいけないのに。
「……ごめん」
「奏先輩…?」
「俺、桜弥くんの気持ち、わかるかも…」
「…?」
不可解なものを見る目で桜弥くんが俺を見る。
「桜弥くんが俺だけ好きなように、俺も藍流と流風だけ好きなんだ…ごめん」
「……」
「…ごめん…」
涙がどんどん溢れてくる。
同情じゃないとは言い切れない。
桜弥くんの気持ちに自分の心を重ねている。
だからって桜弥くんがやっている事は許したくないけど、でも責めたくもない。
だってあまりにも辛い。
好きな人に振り向いてもらえないってすごく辛い。
「……奏先輩ってばかですね」
「うん…ばかかも」
「大ばかです」
桜弥くんもぼろぼろ泣き出す。
ふたりで泣き続けていたらドアが開いて息を切らせた藍流と流風が入ってきた。
「!?」
押し倒された状態で泣く俺と、押し倒した状態で泣く桜弥くんを見て固まるふたり。
「ちが…これは」
違うと説明しようにもネクタイは緩められているしシャツは乱れている。
どう違うんだと言われたらなんとも答えられない。
「御園 くん、離れて」
「…はい」
「奏、こっちおいで」
「うん…」
藍流と流風の指示通りに桜弥くんは俺から離れて、俺は藍流と流風のもとに行く。
「無事?」
「うん」
ちょっとまだぐずぐずしたまま答えると、ふたりが涙を拭ってくれた。
「ならいい」
「え」
「教室戻ろう。みんな心配してる」
藍流も流風も特になにも聞かずに俺の肩を抱いて資料室を出る。
振り返ると桜弥くんは頭を下げていた。
それが謝罪を意味するのかなんなのか、俺にはわからなかった。
「浅羽 くん!」
「よかった!」
教室に戻るとクラスのみんながわっと集まってきた。
本当に心配をかけてしまったようだ。
心配をかけた事を謝ると、無事ならそれでいいと笑ってくれた。
嬉しい。
藍流も流風も頭をぽんぽんと撫でてくれて、それが一番嬉しかった。
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