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第2話

店の混みかたは先ほどの店とは変わらないが、やかましい音がない分だけこちらの方が気持ちも落ち着くと言うものだ。 「よく来るのか?」  案の定こう言った落ち着いた雰囲気の酒場には足を踏み入れたこともないのであろう蒼真が、キョロキョロしながら圭吾に問う。 「さっきの様な店こそ、仕事以外では行かないな」  馴染みの店なのか、案内のボーイは圭吾と二言三言話をした後、迷いもせずにいつもの場所と称する席へ連れていってくれた。そのボーイに圭吾はスコッチのロックを頼み、そして蒼真を見る。 「俺は…と、あ、ワインズクラブがある!おれこれこれ」  蒼真はあまりみかけないんだよと言って、これお願いします、とボーイに告げた。かしこまりました、とボーイは下がっていくが、中々いい男っぷりに、蒼真はちょっと目線を送った。 「はいこっち見る」  圭吾の声に振り向いた蒼真はテヘッと笑ってまあいいじゃん、と向き直った。 「さて、話に入ろうか」  タバコに火をつけながら、圭吾は話を切り出す。 「さっき、君…ん〜言いづらいな」 「蒼真でいいよ」  君とか言われるのは、蒼真もごめんだった。 「じゃあ、蒼真を追いかけていた男たちは一体何者なんだ?」 「話すと長いけど、まあ簡単に言うと、MBLから派遣されてるヤクザ?って言う感じ」 「MBLが?お前追われてるのか」  そんな間にドリンクが運ばれてくる。 「うっわ久しぶり、まじこれ美味しいし好きなんだよな〜」  目の前に置かれる間も無く、カクテルグラスを手に取って一口口にする。やっぱうまい〜と軽く身悶え。 「赤ワインの方もいいんだけど、俺は断然皮なし派だな。で?なんだっけ?」  あまりの喜びようになかなか口を挟めないでいたが、MBLとの関係性を聞こうとしたとき 「でもやっぱさ、こう言う時ってそんな硬い話やめようぜ。それこそ野暮ってもんじゃないの?」  はぐらかしているのかそうではないのか、微妙なラインで攻めてくる。確かにそうだが、気にはなる。 「俺何の違反もしてないし、警官に全て話す義務ないよね?」  ぐうの音も出ない。 「だったら、どう言う話なら満足だ?」 「そうだな〜付き合ってるやついんのか?とか?」  チビチビとグラスを舐めるようにワインズクラブを口にして、蒼真は面白がっているふうにも見える。 「じゃあいるのか?」 「いないよ」  と言ってケラケラと笑う。 「何だそれは、話にならないじゃないか」  遊ばれてるのが面白くなく、圭吾はグラスを半分ほど煽る。 「ごめんごめん。でもほんといないんだ。追われてる身としては、特定の相手作る暇もないし」 「相手に不自由はしてなさそうだが」 「不自由はしてないんだけど、特定の人はいないって感じ」  モテ自慢か?とちょっぴりイラッとした。  この時代は、全世界的に同性愛はもちろん同性婚も認められているので、相手が異性と決めつけて話すことはあまりない世の中。 「そんなお巡りさんはどうなのさ」 「圭吾だ」  そう言えば、自分の名前を名乗っていないことに今更ながらに気づく。 「圭吾っていうんだ、今初めて知った。圭吾…何?」 「高梨圭吾だ」  よろしくねー と蒼真は右手を出しそれを右手で受けて握手。何の儀式だと笑い合って、話を戻す。 「圭吾はいないのか?特定の人」 「今はいないな。少し前に別れたからな」 「え?そうなの?なんでなんで?」  さっき話す義務ないって言ったのはお前だろうに、とも思ったがあまりに目がキラキラしているので諦める。職質でもないしな。 「どんな感じ?やっぱ辛い?泣いた?」  そういう経験がないみたいな口ぶりはやめろ、と思うのは自由だろう。 「多少は辛かったが泣きはしなかったな。理由が理由だったから、吹っ切るのは早かった」 「どんな理由?」  詳しい部分は言わなくていいか、とかいつまんで話すことにする。 「彼女は、俺の仕事の地位というか、待遇を好いていたらしい。失敗して降格された途端に、違うやつのところへ行ってしまった」 「え?じゃあ圭吾補導員じゃないのか?」 「まあ、そういうことになるな」  圭吾は苦い顔をした。蒼真は流石に悪いと思ったのか不意に話を変えてくる。 「じゃあ男は?彼氏は今までに?」 「男は…持ったことないな」 「ずっと?」  段々圭吾の顔が気まずくなってきた。 「男とはその…付き合ったことはないし、ことに及んだこともないな」  蒼真の目が一瞬見開かれ、その後テーブルにのめる様に這って圭吾の顔を覗き込む。 「今どきぃ〜〜?うっそだろ?」 「何だその反応は…」  グラスを置いてがっくりと頭を下げる圭吾を、体勢を整えた蒼真はどこか信じられないといった様な顔でチラッと見るが、次の瞬間悪戯そうな笑みを浮かべた。 「してみる…?」  両肘をテーブルに付き、両手で持ったカクテルグラスを口に当てながら蒼真は言った。 「なに?」 「してみるかい?って言ったの」  グラスを置いて腰を浮かせると、圭吾の唇数ミリまで近づける。 「お前とか?」  ワインズクラブのいい香りが圭吾の鼻腔を掠め、唇は一瞬ついてすぐに離れた。 「俺以外にここにいないでしょ。結構固いよね、圭吾」  含み笑いをされると、ますます濃厚にワインと相まった葡萄の香りが香り、蒼真は先ほどとは打って変わって深く唇を合わせてくる。  圭吾は唇を受け止めながら、この席が店の最奥で助かったと胸を撫で下ろしていた。実際この店は仲間(警官)も結構集まる場所なのだ。  2度ほど顔の角度を変え、お互いの舌を堪能してからため息と共に相馬は唇を離した。 「いいキスだね、圭吾」  テーブルの上に伸び上がっていた身体をシートに戻し、深く身を沈めると、潤んだ瞳で残りのワインズクラブを少しずつ喉へ流し込む。  こうなってしまった蒼真は『してみるか』というより『しようぜ』という目付きだ。  ほんとのところ、蒼真は男としたことない圭吾に興味津々なのだ。教えるとかそう言う気持ちもなくはないが、女しか抱いたことのない男が自分をどう操るのか、興味がある。  圭吾としても、別にこれから蒼真と肌を合わせることに抵抗は無い。 「断ると強姦されそうだな」 「なああんだよそれ」  グラスの結露を指で弾いて、圭吾へ跳ねさせる。 「男と妙な雰囲気になったことはなかったから判らなかったが、なるほど蒼真(おまえ)を見ていたら解る気がする。 「何難しいこと言ってんの。するんならじゃあ…」  いきなり立って圭吾の腕を掴むと 「ホテルだ!」  と言いながらグイグイひっぱりだした。 「お、おいっおちつけ」  無理やりシートに戻されて、蒼真は不満そうな顔をする。圭吾にしてみたら、ここで大きな声で『ホテルだ!』は立場上まずい。 「そんな不満な顔は止めて、男の手解きを教えてくれる先生には、ワタクシの部屋へご案内しますがいかがですか?」  ちょっとふざけて囁くように言ってやる。  圭吾のふざけた台詞に蒼真も吹き出して 「よし、君の部屋へ行こう」  2人は爆笑して、その場を後にした。  ベッドが軋む音に、蒼真の声が重なる。『男同士を教える』なんて考えとは裏腹に、先ほどから言葉にならない声を発せられ、それどころか極まる感覚に声も次第に激しくなってゆく。 「はあ…はぁ…あっああぅ」 『男同士ってのはさ、一方的なわけじゃないんだよ』  敬語の部屋に着くまでの自分は、随分大した気になっていたなと翻弄されるさなかに漠然と思う。  圭吾は圭吾で、女性とは違う身体の扱いに戸惑いながらも取り敢えず優しく傷つけないようにと、女性を扱うかのように舌を這わせ、指を蠢かせた。 『リバーシブルってやつだな。どっちかが気持ち良くなったら、今度は相手に返してやらないと』  蒼真の言葉を思い起こし、圭吾はそれだけは無理だなと蒼真自身を撫で上げながら思う。  圭吾が男に走らなかったのも、そこがネックだったからだ。自分はどうあっても受け手には向かない。 「んっ、それ…あぁ…あ…いい」  裏筋を爪を立てて撫であげて、引っ掛かりと共に擦り上げる。それがいたく気に入ったようだ。 「これがいいのか…覚えておこう」  余裕ある声で言って、擦り上げながら唇を重ねる。蒼真の腕が絡んできて、髪の中に指を差し入れられながら舌を合わせた。  蒼真の息遣いはもう限界を訴える。 「来て…圭吾…もうおれ…」  頭を抱えて耳元で求められたら、どんな男だって堪らない。  圭吾は手の中のものを一旦離し、蒼真の上に体重をかけないように乗り掛かり、膝を肩に抱えてゆっくりと蒼真の中へ侵入していった。 「はぁぁぁ…」  ため息のような声がもれ、蒼真は目を瞑って自分の中の圭吾を確かめる。 「っつ…」  締め上げられて、圭吾から声が漏れると蒼真は少し余裕ができたのか 「声…ださせてやったぜ」  と、うっとりした目で微笑んだ。 「じゃあここからは、蒼真の声を聞くことにするか」  ニヤリと笑い返して、圭吾は腰を揺らし始める。ゆっくりと、ゆっくりと抽送を繰り返し、その度に変わる蒼真の声と表情を楽しんだ。 「いい顔するな…」  なかなかの締まる感覚に、圭吾の息も上がり出し腰の動きも次第に早まってくる。  さっきよりも激しい揺れに、騙されたと蒼真は思った。  自分が遊んできたことは、自他ともに認めるところだがその自分が、こんなにも翻弄されている。これはもう騙されてると思うしかない。 「あっあっああっ 圭吾…おまえ…ああっ」  揺らされる度に上がる声が、圭吾をも高めてゆく。 「だめだ、一度いかない…と」  圭吾が激しく腰を打ちつけてくると、蒼真の声も一層激しくなりそしてまたその声で圭吾が高まってを繰り返し 「あっあっああああっんんっあっああ」  蒼真の体が跳ね上がり、ビクビクっと痙攣をしながら先に達した。  圭吾もその後すぐに打ちつけた腰が止まり、 「うっ…く…」  蒼真の中へと自分を解き放っていった。  「圭吾…おまえ…」 「なんだ…」  蒼真の横に寝そべり、荒い息を吐きながら圭吾は肩肘をついて蒼真にキスをする。 「ほんとに男としたことないのかよ…疑っちゃうよ」  掠れた声で、言う蒼真に 「良い方に解釈するぞ。そんなによかったのか?」   ベッドサイドのティッシュを数枚取って、圭吾は蒼真の腹から喉元迄を拭ってやりながら、そう言って拭った場所に舌を這わせ始めた。 「何してんのさ、くすぐったい」  身を捩って笑い出す蒼真を抑えながら、腹から喉もと、よく見れば口元まで飛ばされていた蒼真の液体を舐めあげている。 「なるほど、これが蒼真の味なんだな」  首筋に舌を這わせられ、身をすくませる蒼真の耳元で定評のある声で囁いた。 「ずるい、俺も圭吾の味知りたい…」 ーそれじゃあもう一回…だなー と再び耳元で言われ、再び乗り掛かってきた圭吾を抱きしめるように引き寄せる。  そしてこんどは圭吾の耳元で何かをいうと、一瞬圭吾は驚いた顔をして蒼真を見たが、ーわかったーと微笑んで、先ほどの舌の動きを逆に辿って行った。  辿った先に蒼真自身が既に起立しており、それを持って舐め上げる。すっぽり口に入れずに舐められるだけの行為に、蒼真は少し焦れたのか 「変態…みたいだぞ…」  と悪態をつくが、それは 「変態とした事があるのは流石だな」  と嫌味で返されて、黙るしかなかった。  相変わらず舌を這わせられるだけで決定打がないが、その行為はジワジワと蒼真の脳に空白を刻んでゆく。  頭が真っ白になって行く予感に、多少怖さも感じながら圭吾の髪を混ぜ合わせ首を左右に振る。  焦らしまくった圭吾は、十分に舐め尽くしたのかそこから口を離し蒼真の腰を持ってー回ってーと指示ー 「え…やめちゃう…の…てか、後ろでやんの…かよ」  そう言いながらも素直に従い、舐められただけで放置された蒼真自身は雫をもらしてヒクヒクしていた。  そして圭吾は後ろ向きになった蒼真の腰をあげ、一気に侵入していく。 「んんっ…あああぁ…これ…弱い…」  枕に頬を預けた蒼真は、眉間に皺を寄せて最後まで受け入れた。その皺は嫌だと言うことではなく、良すぎるからなのは圭吾にもみてとれた。  最初はゆっくりを心がけながら、圭吾は右手で蒼真自信を握り、擦り上げ始め、蒼真は前後の快感に言葉もなく枕に顔を埋める。 「んっんっんんぅ…あ……や…だ、それや…」  こんな行為の時の嫌だ、は本当に嫌なわけじゃないことは誰もが知っている。  圭吾は腰の動きは緩やかに、手の動きに集中して蒼真を高みへと導いてゆき、左手で胸の飾りを少し強めに摘んでやった。 「やっそれだっ…ああっ」  その一回だけで、蒼真は圭吾の手の中で果ててしまう。 「ここが弱点だったか」  指についた蒼真の液を舌で舐め取りながら、今度は腰の揺らぎを強めて行く。 「ああ、もう…だ…だめ…圭吾…あっああっ」   イったばかりなのに抽送を強められ、蒼真の意識はもう朦朧としている、しかし一言 「さっきのやくそ…く」  揺らされながらそれだけ言うと、 「大丈夫だ、2回目だし」  だいぶ余裕な言葉を返されて、蒼真はもうなんか言うのを放棄した。  蒼真の腰を掴み、圭吾は苛んで行く。痙攣なのか、蒼真のそこは圭吾を無意識に緩急をつけて締め付け、程よい快楽を提供してくれる。 「あっああっ はぁ…ああっぁ…んっ」  言葉にならない声で喘ぎ続けるその声は、男の情欲を誘うのにテキメンな声音だ。女でもそうそうないかもしれない、と圭吾は思いながら腰を進め、次第に高まってきた自分を解き放つため動きを早めた。 「あっあっああああっ あああっああんっ」  高まった蒼真の声が圭吾を煽る 「イ…くぞ…」  圭吾は自信を解放する直前で蒼真から抜き、それを自ら仰向けになった蒼真の口元へもってゆく。  先の部分を口に含んだのを確認してから…というか蒼真の舌が誘うように先の穴を刺激してきて、圭吾は堪らず解き放った。  蒼真は口の中に放たれた圭吾の液体を、味わいながらも飲み干してしまい、出切った頃に強く吸い上げた 「うぁっっく」  圭吾は思わず声が出るほどの快感が背筋を駆け上るのを感じ、身震いして、蒼真の頭を思わず掴んでしまった。  荒い息遣いが静かな部屋に響き渡っていた。  お互い味わったことのない快感で声すら出ない。  そんな時間が数分続き、 「圭吾の味…味わえた」  と気だるそうに蒼真は薄く笑った。そして起き上がると、 「男と初めてってほんっとーに嘘だろ…」  ベッドの上に胡座をかいて、ぼんやり天井を見ている圭吾に早速悪態。まだ疑いは晴れていないらしい。 「嘘なんかついていないが…」  頭の芯がジワっと痺れていて、何も考えずに返答する。体は見事に言うことを聞かなかった。 「シャワー借りても?」  やっとの思いで動き出した蒼真がそう言うのに、場所を教えたのまでは覚えていたが、それ以降が記憶に残らなかった。  ふと目を覚ますと時計は12時半を示しており、30分ほど寝入ってしまっていたらしい。気づくと部屋に蒼真はいなかった。  不覚…と自身を呪い、ゆるゆると起き上がってキッチンへ行くと適当なグラスにディスペンサーの水を注ぎ一気に飲み干した。気づけば使ったことはあまりない調理台の上に何やらメモようなものが置いてある。 「楽しかったよ。あんたの初の男になれてよかった。俺たち結構相性良さそうだね。いつかまた会えたらまたやろうな。取り敢えずバイバイってことで。じゃ」 「忙しないやつだな」  と髪をかき上げながら取り敢えずシャワーでも浴びようと歩き出した時、足元で何かを踏んだ気がした。 「何だ?」  拾ってみると、それは蒼真のMBLのIDカードだった。 「忙しない上にそそっかしいやつだ」  笑いながらカードも調理台に置き、今度こそシャワー室へと入っていった。  いつか会えたらなどと言って、案外すぐにでも会えそうだな…とカードを想起する。 「どうなることやら」  圭吾は肩をすくめてシャワーを全開にした。

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