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第6話
「新しい便の到着だよ、圭吾さん」
なんだその呼び方はと言いながら
「到着便はとりあえず関係ないだろう」
受付カウンターを取り囲むように外向きに置かれたソファベンチに腰掛けて、すでにだらけ切っているジョイスは、空港に動きがあればなんでもいいらしい。
「お?MBLの特別機だってよ」
「緊急の患者かなんかだろう、あまり物見遊山に…」
「見てこよ」
「おい!」
見物に行くな、と言おうとして立ち上がった時、見張っていた同僚たちもまた到着機の特別出口へと走ってゆくのが見えた。
それを見て、圭吾もジョイスを追って歩き出した。
「ジョイス」
特別出口が見える通路脇の植え込みに身を隠していたジョイスに声をかけ、ジョイスを柱の陰へ引っ張り込んだ。
「なんだよ、結局来たんじゃん。野次馬ぁ〜」
ツンツンと圭吾を指で刺すジョイスだったが、
「捜査官が全員こっちへ向かったんだ」
と、顎をしゃくり、特捜部の見知った顔が隠れながらも出口を張っているのが見てとれた。
「なに、あれ」
「俺が野次馬できたんじゃないことはわかったか?」
ジョイスの顔も少しだけ引き締まった。
MBLの特別機は、感染症の患者も多く運んだりするので、通路も出口も特別な場所となっている。
そこへ全員が集まっていると言うことは…
「バイオレットと何か関係があるのかな」
「ただの見物かもしれん」
未だそんなことを言っている圭吾も、それでも捜査官から目を離さない。
そんな中、出口から人が現れ出した。
「見ろよ圭吾。エア担架に乗ってる子、まだ若いぜ。金髪だし、顔が見たいよなぁ」
「金髪の顔なら俺が後で飽きるほど見せてやる。だから今はあいつらを見張れ。どう行動を起こすかわからないんだぞ」
「お前の顔なんかどうだっていいよ…。お!その後ろからは見事な赤毛の彼氏がやってくる〜っと」
「ジョイスいい加減に…」
嗜めようと柱の陰から半身を出した時、不意にその赤毛と目が合った。
「あ…れ?どこかで…」
赤い髪過ぎてわからない。
そう圭吾がつぶやいた瞬間だった。
その赤毛は圭吾の目を見つめたまま顔を綻ばせた、あの笑みは…
「圭吾!」
驚く間もなくその声で誰なのかを確信した。だからつい
「蒼真か!?」
と叫び返してしまった。
「馬鹿!圭吾!」
ジョイスに口を押さえられてももう後の祭りである。
「圭吾助けてくれ!誘拐される!この担架も相棒だ一緒に助けてくれ!」
「何を言い出すの?早く連れて行きなさい。強力な感染症よ!」
誘拐という言葉にざわついていた周囲が一瞬ザッと引いた。
「感染症の患者をこんな剥き出しのポッドで運ぶ訳がない!この嘘で俺の言ったこと信じてくれるだろ圭吾!助けてくれ」
蒼真は自由に歩けているから圭吾の元へ行くにはいけるのだが、翔を置いてゆくわけにはいかなかった。
どう動いていいかわからなそうな捜査官達をチラリと見ると、端末で何かを送っている。どうやら時間はないらしい。
「ジョイス行くぞ」
「行くぞっておい」
つられて走り出すものの、ジョイスはこの先の行動が全く見えない。それでもここまで派手に動いてしまったらもう体裁も何もあったものではなかった。相手の人数も結構いるが、警察官である以上は、2人も武道の心得がある。
圭吾は空手と柔道の有段者、剣道に関しては6段というもう名誉段まで後一歩のあたりにいる。一方のジョイスも、合気道と少林寺の上段有段者だ。
「何すればいい。なんか久しぶりにワクワクしてきた」
「担架の方を頼む。俺もすぐに行くが、できるだけ丁寧に扱ってくれ、そして絶対に渡すな」
丁寧にってのは保証できない。と言い捨ててジョイスは担架を囲む男達の中に突進していった。
「蒼真」
圭吾の元まで逃げてきた蒼真に近付き、車のナンバーキーを手渡す。固有番号キーで、個人の携帯端末で作動する。
「西口通路側の壁際だ。キーでの車特定はわかるな運転は」
「どっちも大丈夫!」
「よし、じゃあ車を出して西口のターミナル前まで来い。相棒は必ず連れてゆく」
「わかった!」
走り出す蒼真を追いかけようとする男の襟首を捕まえて引き倒す。
「追わせないから安心してゆけ」
その言葉に頷いて、蒼真は全力で走り出した。
「待ちなさい」
例の女が追おうとするが、圭吾は優しく抱き止めて
「女性に乱暴な真似はしたくない。そこで大人しくしていてくれ」
サングラスをかけていようが、圭吾の綺麗さは見て取れる。
そしてその声で女はその場にヘナヘナと座り込んでしまった
署内女子に定評のある声。耳元で囁かれたらたまんない!らしい声をとりあえずやってみたら、本当に効果があって、圭吾自身が驚いている。
「案外効くもんだ」
「性的極悪人」
ジョイスの加勢に行った矢先の言葉だ。
「放っておけ」
降りかかる手を逆手にとっては投げ飛ばし、なんか加勢は要らなそうだ。
「圭吾、ここは平気だ、担架の子を!」
「わかった」
大騒動が始まって以来、エア担架はプカプカと宙に浮いたまま放置されていたが、ある意味ラッキーではあった。
圭吾は担架に近づきベルトを外してやっていると、
「貴様!」
その圭吾に1人の男が殴りかかり、瞬時に防戦した圭吾がバランスを崩しベルトの外れた担架に体を当ててしまった。
「あー!丁寧に扱えって言ったのお前じゃないか!」
「そういう問題か!?」
はっきり抗議して、圭吾は飛びかかってきた男を蹴り上げる。そうして担架から落ちてしまった翔を抱きあげようと歩き出した瞬間に足を掴まれ、圭吾は倒れ込み、その拍子に担架に頭を強かぶつけてその場にうずくまった。
「圭吾!大丈夫か?」
向こうで楽しそうに喧嘩をしていたジョイスが、男の胸ぐらを掴みながら寄ってきた。
「大丈夫だ。それより連れて行かれた、追ってくれ。絶対に取り返してこい!西口のターミナル前だ!」
「わかった」
ジョイスは持っていた男を放り投げて、翔を連れて行った男を追った。
「待てるのは10分だぞ!」
「わかったって!それより圭吾、後ろから部長が走ってきてるぞ」
走りながらそう言って、ジョイスは走り去った。
「え」
と振り向くと、太ってはいないが年齢的に走らせるのは気の毒な部長が走ってきている。
「高梨!またんか高梨!」
「事情は後で本人に聞いてから話します!今は勘弁してください!」
走りながらそう言って、圭吾は走る速度を上げた。
特捜部でも若手だ。走る速度は誰も追いつけない。
「たかなしー!」
叩き上げのベテラン刑事もよる年波には勝てなく、その場で怒鳴って地団駄を踏む。
「部長」
後から部下達がやってきた。
「高梨は?」
「本人に聞いてから事情を話すと言っていた。ふざけたやつだ!」
部長は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「まあまあ」
主任と言った肩書きくらいついていそうな刑事が、苦笑しながら部長の肩を叩く。
「奴らがどういった知り合いかは知りませんが、高梨のところにいるのはわかっているんだし、話を聞いてくれるというなら、少し任せましょうよ」
「そうだが…」
「それより解らないのは、彼らがMBLの専用機に乗っていたことですね」
ポケットから端末を出し、何かを書き込む。ドイツの仲間から、本当に偶然ではあったのだが2人が特別機に乗り込むところが確認されていたのだ。当局は既に蒼真と翔を容疑者の一角として掴んでいた。
「それもおいおい高梨から聞き出すとしよう」
やれやれ、とため息をついて後は頼んだぞと去っていってしまった。
『後』というのは周囲 に散らばった人間の片付けと、みなさんが暴れ回って倒れた鉢植えや折れた電工掲示板やその他の……
主任さんは、若い部下に空港保安部へ連絡を入れるよう指示して、やはりため息をついて周囲を見回した。
「圭吾こっちだ」
車窓から手を振る蒼真を見つけて、圭吾はかけよった。
運転席へ座る蒼真をナビシートへ移動させ、圭吾はハンドルを握る。
「翔は?」
「ジョイス…俺の相棒が追っている。何がなんでも連れてこいと言ってあるからきっと大丈夫だ。あいつはやる時はやる」
「信用できるのか」
「90%はできる」
「あと10%は!」
蒼真の顔が一気に曇り出した。
「信用できない。やっぱり俺が行く」
蒼真はドアロックを解除する。
「何をする気だ、まだその辺に奴らがいたらどうする」
「翔を1人だけあそこに帰すなら俺も一緒に行く」
声は静かだが、何か切羽詰まった雰囲気が圭吾を圧倒した。
「ともかく待て。まだ状況は判らないんだ。暫く…っ」
外へ出ようとする蒼真を止めていた圭吾の腕に、赤い線が走る。蒼真の爪が当たったのだ。
「あ…ごめ…」
「平気だから少し落ち着け」
静かになった蒼真にホッとして、圭吾はシートに寄りかかる。
「全く判らない。俺たちには聞く権利があるとは思わないか」
「せめて、翔が目覚めてくれていたら…」
「おい…聞いてるか…?」
蒼真は上の空だった。翔とか言う少年はどう言う関係なのか、なぜこんなにも不安がるのか。本当になにもかもが謎だ。
圭吾は蒼真が少しだけ震えているのに気づき、大丈夫だからと言おうとした矢先
ガシャーーン!
と派手にガラスが割れる音と
「うわーーーーっ!ちょっうわっうわっなになになに!」
と言う叫び声が一緒に響いた。
瞬時にその方向へ顔を向けた2人は、同時に叫ぶ
「翔!」
「ジョイス!」
蒼真は嬉しそうに、圭吾は呆然と2人を見つめる。それも仕方のないことで、圭吾が目にしたのは30mはある高さのビルの位置から、落ちている真っ最中なのだから。
「馬鹿な!死ぬぞ!」
「大丈夫!死にやしないよ…」
間に合わないと知りつつその落下点に車から降りようとした圭吾をそんな蒼真の一言が止めた。
蒼真は翔を迎えるためにゆっくりと車を降りる。
スターンっと音がしそうなほど見事に降り立った翔は、降りている最中に見つけたのか、迷わずこちらへ駆けてきた。
身長が190はあるジョイスを、170ちょっとの翔が担いで走ってくる様子は一種異様な光景である。
「蒼真、無事だったか」
「そりゃこっちのセリフだぜ」
2人は右腕同士を合わせて微笑んだ。
翔の手から圭吾へ渡されたジョイスはあまりのことに気を失っている。
「蒼真…今のは一体」
ジョイスを渡されたものの、圭吾さえも何が何やらといった顔つきで呆然としていた。
蒼真は、MBLが俺たちを狙っていることの一つだと説明した。
翔の運動神経は120%解放されていて、常人の数倍の動きができるのだという。それを調べたくてMBLが翔を追っていると。
「いたぞこっちだ」
「しつこいな…」
車に乗り込みながら、圭吾が煩わしそうに呟いた。
「どこ行くの?」
助手席の蒼真が問う。
「どこって、俺の部屋に戻る。お前達には聞かなければならない事が有りすぎるからな。覚悟しておけ」
判らない事だらけで圭吾は少し苛立っていた。
なんにしろここではどうにもならないし、追っ手も迫ってきているからと車を発進させる。
ジョイスは後部座席で翔の太腿を枕に失神を継続中だった。
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