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第10話
〜話は少し遡る〜
「おはよう蒼真」
「あ……おはよお…」
大欠伸をしながらリビングに現れた蒼真は、圭吾のなのであろうブカブカのシャツをダブダブと着て起きてきた。
翔はコーヒーをいっぱい入れて、リビングのテーブルに置いてやる。
「さんきゅう…」
ソファに座って、しばしボーッとしたあとコーヒーを一口啜った。
「なんか食うか?」
「いや、まだいい…圭吾たちは?」
「もうとっくに出かけたよ」
ジョイスが買ってきた色々からクロワッサンをお皿に乗せて、蒼真の元へもってくる。食べたくなったらたべなよーそう言って蒼真の前に座った。
「なあ、蒼真。本当にどうするんだ?これから」
蒼真は、コーヒーを啜りながら何かを考えていたようだ。
「多分な…」
カップを置く。
「今日圭吾たちが呼ばれたのは俺たちのことじゃないかと思うんだ」
「俺たちの事…って?」
「断言できないけど、俺日本の麻取の刑事1人顔知っててさ、昨日空港にいた刑事の中にそいつがいたんだよ。だからもしかしたら、あの張り込み対象は俺たちだったのかもしれない」
翔がーじゃあーと腰を浮かせる
「今日呼ばれたあの2人は…」
「多分…特捜部 の人間…だな」
翔は息を呑んだ。やばいことは口に出すまでもない。
「どうする蒼真。逃げるか?」
「いや、バイオレとのことはまだ確実に正体を知られているわけじゃない。今逃げたら俺たちがそうですって言ってる様なもんだ。ここはしらを切り通してここにい続けるしかないな…」
蒼真は再びカップを取り上げて
「今日ユージんとこ行ってくる。取り敢えずまだここにいることを知らせないとかないとな」
「大丈夫か?圭吾達いない間に勝手なことして」
「シブヤに知り合いがいることは言ってあるよ。それにお前が留守番してるんだから大丈夫だろ」
「MBL は平気か?」
「そこは、気をつけて行ってくる。出たらすぐにタクシー使うさ」
そう言って蒼真は立ち上がり、シャワー浴びてからね、とシャワー室へ向かっていった。
ロックが開いているのは、同居人が居るのであまり気にならないが、ドアが空いてるのは仕事柄気味が悪い。
ユージは薄く開かれた自分の部屋の中を覗いてみた。大体からしてスライド式のカードロックドアが開けっぱなしになること自体が異様なのだ。
「誰かいんのか?イッペイか?」
同居人を呼んでみるが返事はない。
「いいかげんにしろよ、誰かいんのは判ってんだ。出てこいよ」
ドアの隙間に半身を入れて銃を構える。
『大したことに首突っ込んでないはずなんだけどな…』
こんなことをされる覚えもないから、尚更気味が悪い。
半身から慎重に部屋へと足を踏み入れた瞬間、背中に硬質なものが当たって、反射的に両手を上げた。
誰何する前に
「仲間が世話になったな…」
と後ろの人物は言うが、ユージはその声で誰だか察してしまった。
「はいはい、いつもお世話してますよ。ヨーロッパ行ったはずのやつがなんでここでくだらないイタズラしてるのもお世話しますよ」
「バレたか」
蒼真は背中に押しつけていた瓶ビールを開けて一口飲み下す。
「何してんだおまえ。ヨーロッパどうした」
向き直って壁に寄りかかっていた蒼真の頭の脇に両手をついた。
「ちょっと、話があってさ…」
瓶の淵に舌を這わせて、上目遣いでユージを見る蒼真に
「あ、そう言う話は寝室で聞こうかな?」
「あーユージうそうそ!降ろせって〜」
抱え上げられて、蒼真は爆笑しながらユージの肩を叩く。
「全く、昼間っからそんな顔をするんじゃないっての。で?何でここにいんだ?」
蒼真を床に下ろして、上着を脱ぎリビングへと移動する。
「色々あってさ〜参ったよ…実際」
「なんかあったのか?」
「あったなんてもんじゃない」
リビングに行ったはいいが、テーブルの上は4本もビール瓶が転がっているし、スナック菓子の袋が2つも空になっていて、取り敢えずソファに座ったユージは話を聞きながら瓶を立てたりしてみた。
そんな光景を見ながら、蒼真はユージに今回ヨーロッパ便に乗ってからトンボ返りでナリタでの出来事までをかいつまんで話して聞かせる。
「危機一髪っ言葉の見本みたいな出来事だな」
流石のユージも映画の様な展開に驚かざるを得ない。
「翔も無事なのか?」
「うん、さっき話した圭吾ンとこで留守番してる」
「サーカス団に囲まれて、お前も度胸あるな」
スナック菓子の袋を丸めて手元にあった袋に詰め、やっと片付いたと満足そうに呟いた。
「話ってのはそれなんだけど、」
片付けを意にも介さない蒼真が話をつなぐ。
「ユージさ、圭吾とジョイスのサーカス団での所属を調べてくれないか?」
「何で今更。どこの部署だろうと何だかもう関係ない気がするぞ?」
麻薬特捜部 でもない限りな、と付け加え、それに自分でまさかなーと突っ込んだところで蒼真の顔を見て動きを止めた。
「え?まさ…か…?」
寄りかかっていたソファーから身を起こしてしまう気持ちもわかる。
「ほんの90%の確率だけどね」
そう言いながらビールをまた一口。5本目なのに全くのシラフで、本当に酒に強いな…と思うがそんなこと考えてる場合ではない。
「特捜部 と同居する売人がどこの世界にいるんだよ…」
何だか頭がぐらぐらしてくる。
「スリルがあっていいだろ?確たる証拠でもなければ人1人逮捕なんてできないしな」
平然とそう言って楽しそうに笑っている蒼真に、ユージもお手上げ状態。
「ま…そんな訳解らないとこが気に入ってんだけどさ…」
勘弁してくれ、とずれ込んでた身体を元に戻して、ユージは蒼真のビールを取り上げ口にする。
「と言うことで、俺あんまゆっくりしてらんないんだよ。それでなくてもお前待ってて時間食ってるし」
その間にビール4本も飲み尽くしてますけどね貴方。
「送ってく。サーカス団はともかく、MBLの方が心配だ。あまり派手に動き回るなよ」
蒼真の髪を混ぜながら、子供のように言い聞かせる。
「解ってるよ。あ、あの2人の調査頼んだからな」
「あいよ」
さっき脱いだ上着を持って、ユージは入り口へ向かう。そして開け放たれたドアを見て思い出す。
「お前これどうやって開けた?」
カードキーも効かず、手動でしか動かないドアを見て蒼真の顔を見る。
「え?これ?これね」
外へ出て、カードを当てるパネルの上の縁に何故か持っていたどこぞのカードキーを差し込み、引っ張っるとパネルが開いた。その開いたところの中にあるボタンを押すとドアは自動で閉まりちゃんとロックがかかった。
「業者用のあれなんだけどさ、知る人ぞ知るだろ?」
パネルをパタンと閉めて歩いてゆく蒼真の後ろ姿と、パネルを交互にみて、ユージはこんなところに秘密があったとは…と感慨深く、後を追った。
「あ、そのパネル簡単に開かないから心配すんな」…
「何でお前は開けられんの?」
「企業秘密」
まあ、察しはつくけどな…はぁ、とユージは軽く息を吐いた。
「翔ちゃんたっだいまー」
勢いよく部屋へ入ったジョイスは、あまりの静けさに首を傾げる。
「どうした?」
後から入った圭吾も、ジョイスの様子に部屋を覗き込んだ」
「いないのか?」
小さな声で囁く。まさか逃げたとか、どっかへいっちゃったとか…そんなことを考えている間に右奥のドアからシャワーの流れる音に気づいた。
2人はホッと胸を撫で下ろす。
指令を受けたばかりの任務が、容疑者行方不明で頓挫したかと激しく焦ったものだ。
帰ったらいませんでした、なんて報告は許されるはずもない。
「あ!おかえりなさい」
腰にタオルを巻き、髪を拭きながら翔がシャワーから上がってきた。
中で乾かしてから出てきても…と言いかけて、圭吾は蒼真がいないことに気づく。
「蒼真がいないな」
そう言えば、とジョイスも部屋を眺めた。
「もしかしてまだ寝てんの?」
「ううん、圭吾には言ってあるからって言って、シブヤの知り合いのところに行ったけど…」
「そう言えばそんな話も聞いてたな。知り合いがいるとか…」
「全く。そう言う大事なことは忘れないでくれよ。びっくりするじゃん」
リビングへ行って、ソファに座り足を組んでふんぞりかえるジョイスを圭吾は意味ありげに見つめて
「しっかり覚えてるぞ。この話を聞いたのは、空港の帰りにジョイス が翔を襲っていた真っ最中だったな、確か…」
その言葉に翔までもが俯いてしまう。
「ばっか、おまえ!襲ったとか人聞き悪い」
「嘘は言ってないぞ」
「やめてくださいいい」
そのネタが自分も絡んでることだけに、翔は間に入ってもオロオロするばかり。
そんなくだらない漫才が始まろうとしていた矢先、エレベーターの到着音がして、スピーカーから
「圭吾〜開けてくれ」
と蒼真の声がした。圭吾はエントランスのパネルを操作しドアを開けた。
「ただいまー。遅くなっちゃって悪かったな翔。こいつが帰るの遅くってさ」
こいつと呼ばれたユージは、小さな声でおじゃましますぅと入ってきて、傍の圭吾に頭を下げ、リビングのジョイスにも軽く挨拶をした。
「ユージ連れてきたの?」
翔がユージの持ってる荷物を見て
「俺、荷物持ち」
苦笑して、ユージがこれは翔のだ、と二つ袋を渡した。
「一寸待て、どう言う状態なんだこれは」
圭吾の部屋は、エレベーター直通で入れる部屋だ。階数に止まったら住人だけに知らされるナンバーでドアを開け入室できる。
入り口を入ると広いダイニングになっていて、少し進んで右手にシンクや棚などがまとめて設置されており、その向こうが浴室、並んでレストルームとなっていた。
ただ入居時に騙されて、使いもしないダイニングテーブルなどを買わされてしまったため、今、そのダイニンテーブルとシンクへ続く壁の間に 4人がひしめく状態となっているのである。
圭吾はそこにいた全員を追い立ててリビングに移動させた。
そこで改めて、蒼真から紹介してもらうことになる。
まず隣に立つユージを指して
「こいつはユージ。ユージ・テラダ。 日本 にいる時は何かと世話になってる頼りになるやつだよ」
「改めてよろしくっす」
ユージは軽く頭を下げた。
「ユージ、この金髪がさっき話した圭吾…なんだっけ」
「高梨圭吾だ。よろしく」
言って握手をする。ユージの目が少しだけ挑戦的に圭吾を見て、それに気づいた圭吾は改めて見返すがもうその気配は消えていた。ーなんだ?ー
「で、あっちの栗色の髪したやつがジョイス」
『やつ』呼ばわりに多少ムッとしたが、大人の余裕で流してやる。
「ジョイス・カーランクルだ」
と、圭吾同様右手を出した。
「これで面通しできたな」
ー少し安心したーと蒼真はカサカサと袋を鳴らして翔を呼んだ。
「こいつ圭吾達がお巡 りさんだって言ったらビビっちゃってさ、無理矢理連れてきたんだよ」
翔が袋の中身を見て蒼真に首を傾げる
「おい、そんな言い方したら俺が悪いやつみたいじゃないか」
流石にユージが反論する。
「翔の服とか身の回り品だよ、適当に買ったから確認して」
まるで聞いていない。
「俺らがお巡 りさんだと都合悪い何かやってるわけ?」
ジョイスが笑いながらだが珍しいツッコミ。
「いや、仕事は皆さんとも関係がないわけじゃないやつっすよ」
圭吾とジョイスは顔を見合わせた。なんとなく察しがつく。
「えーこんなの俺着ないぞ」
「じゃあ俺が着るから、こっちに気に入ったのあったら選んでいいよ」
こっちで大人の探り合いをしているさなか、床の上では蒼真と翔が買ってきた服や備品で騒いでいた。
「一体なんだ?」
圭吾がしゃがんで床に散乱したものを手に取る。
「これからここに世話になるからさ、服とか身の回りに必要なの買い込んできたんだよ」
そう言った後
「いいだろ?圭吾」
つまり事後承諾な訳だが、こちらにとってはあまりに好都合な…と思わずにいられない。
まあ自分たちから言おうと思ってたことを言ってもらえて幾分か気が楽だ。
「やっと決めたのか」
「うん、最初はユージのところに行こうと思ってたんだけど、こいつ同棲してんだよ。お邪魔できないからねえ」
だからここにねー と袋の中をまだまだ出しながら、蒼真は真っ赤なカップを翔に渡す。
「これ誰の?って言うか、誰?ユージの同棲相手って。俺の知ってるやつ?」
「そのカップは翔のやつ。うん、知ってるやつ。」
蒼真は笑って、さあ、誰でしょう的に翔に問う。
「わかんないよ、ユージだれさ」
矛先が自分に来て、気恥ずかしくなったユージはー勝手に想像してくれーと少しさがった。
「イッペイだよ」
照れたユージが面白くて、蒼真はすぐに暴露する。
「あー、イッペイかぁ〜」
懐かしそうに思い出して、翔は昔話したイッペイとの会話を思い出した。イッペイはずっとユージを思っていて、それを翔に相談していた。
しかしその頃のユージは蒼真といい仲だと噂されており、イッペイは蒼真に遠慮して告白ができないでいたのだ。
「ユージ、イッペイに俺がよかったね って言ってたって言っておいて」
翔が顔をあげてユージに言う。
「何だそれ、主語はどこなん?」
「言えばわかるから」
にっこーと笑って、再び袋の開封にいそしむ。ユージはわかった…としか言えなかった。
「で、ユージの仕事とは?」
話が少し落ちついた所で、ジョイスが改めて問う。
「まあ、色々なところから話集めて必要な人に配って飯食ってるよ」
いわゆる情報屋だ。
「そうだろうなあとは思ってた。ここで顔繋いだのも何かの縁だ。これからよろしく頼むよ」
ジョイスはもう一度手を出して握手をする。
「この2人に関すること以外は有料でいいなら」
じゃあ全部こいつら絡めるわ、と冗談で笑った。
「そう言うわけで…取り敢えずはあんた達に任せるよ。何かあったら連絡をくれ。できる限りのことはさせてもらう。こいつらに関することならね」
言ってにっと笑う。何でも絡めるけどね、と言うのは今度ばかりはジョイスは言わないでおいた。
「ありがとう、心強い」
話を纏めるように、圭吾が場を収める。
「それじゃ帰るわ」
蒼真が立ち上がってユージを送るためにエレベーターエントランスまで着いてゆく。圭吾とジョイスも続き、
「ありがとな、ユージまたな」
と挨拶するのを何気なく見ていたが
「またな、色々あるから気をつけろよ」
と蒼真の腕を叩いてユージはエレベーターに乗って行った。
『気をつけろよ』の下りでまた視線を送られ、圭吾は本当に意味がわからなくて首を傾げていた。
先にリビングへ戻った蒼真の後ろで
「気をつけろってさ、なんにだろうね?」
そう言うところには極めて敏感なジョイスがいやらしげに笑って圭吾に擦り寄ってくる。
「MBL にだろう」
すり寄るジョイスをいなして、圭吾もリビングへ向かった。
ーそう言うことだとしたって、ユージ にそこまで敵意を向けられる筋合いはー
と考えながら歩いていると、再びジョイスが
「絶対あの目は普通じゃなかったぜ。あ、もしかしたら蒼真の元カr…いてっ」
「そう言う下世話なこと言ってないで、仕事しろ」
石頭をこづいた手がジンジンする。元カレか…と考えるが、だとしたら自分たちの関係は知られてると言うわけか…どこまでも荷が重い仕事になって、圭吾はリビングとキッチンの境目で膝をついてしまった。
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