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第14話

 端末のパネルを叩く音が響き渡る。 「まだわかんないのか、ユージ」  ユージは自分の後ろでイライラしている蒼真に肩をすくめる。  明け方に圭吾と別れた蒼真は、その足でユージの部屋に駆け込んだ。  早朝で、勿論熟睡中だったユージを叩き起こして『翔を探せ』と喚き散らしたのだ。  その興奮している蒼真を落ち着かせるのは結構大変だった。 「本当に組織の動向を当たるんでいいんだな」  画面から目を離さずに確認を取る。 「ああ、それは間違いない。…で、判ったのか?」  ユージの真後ろに立って、腕を組んだ蒼真は偉そうにユージを見下ろしていた。 「ちょっと待てって。少しは落ち着け。今街中の仲間に声をかけ終わったところだ。明け方それっぽい車や人間をみなかったかってな。少し時間かかると思う。お前の気持ちも解るけど、ここでお前が焦ってもどうしようもないだろう」  椅子を回転させて後ろの蒼真を見上げる。  少し咎めるような口調は蒼真のためだ。蒼真は少し口を引き締めてリビングへと歩いて行った。 「翔がMBL(ホットスタッフ)に連れて行かれる前に助け出したいのは俺も同じだ。だけどな、攫われてからまだ2時間だから…」  蒼真の後を追ってリビングへやってきたユージは、ソファに沈む蒼真の肩にほぐすように手を当てる。 「すぐに探し出してやるから、落ち着け…な?」  ユージにしてみれば、こんなに動揺している蒼真を見るのは初めてだった。だからこそそのコトの重大さも判るし、蒼真がどんなに焦っているかもよく解っている。  一緒に動揺してはダメなのだ。  ユージは蒼真の方に当てた手を揉みほぐすように動かすと、その手に蒼真の手が重なった。 「ごめん…」  一言蒼真が呟く。 「取り敢えず…大丈夫か?」 蒼真が頷くのを確認して、ユージは蒼真から離れた。 「後は待つしかないんだ。もう少し辛抱してくれ」  ユージは言いながらキッチンへ向かい、何やらやっていたが数分後にはとても上質なコーヒーの香りが蒼真の鼻腔をくすぐった。 「なに…すごいい香り」 「俺ちょっとコーヒーに凝っててな、いい豆を仕入れてきてたんだ。特別に淹れてやろうと思ってさ」  マシンに適当に豆を突っ込んで、と言うのとは違いサイフォンまで買い込んでじっくりコーヒーが落ちるのを待つ。 「これが飲める頃には、きっと何か連絡があるさ」  カップまで温め始めたユージにー楽しそうでなによりだよーと小さく言ってソファで両足を抱える。 「そういやさ、最近MBL(ホットスタッフ)に関しての面白い情報を仕入れたんだぜ」  コーヒーが落ちるのを見つめながら、ユージは話を続けた。 「前からそんな噂は聞こえてきてたんだけどさ、なんか人体実験?みたいなのをやってるらしいんだよ。お前等がいた時はどうだったか知らねえけどさ。今度警察(サーカス団)も動くとか動かないとか言ってるし、大変みたいだな、あっちはあっちで」  ユージの言葉に少しだけ反応を示した蒼真だが、すぐに意識を戻す。 「真っ当なことをしてるとは思ってなかったけどな…お、できたできた。そうでもなきゃ、あんな実績ってのは無理だよなぁ」  カップにコーヒーを淹れて、ー美味いぞ〜ーと持ってきてテーブルに置き、自らも床に座り込んだ。  一口啜って、ーこれこれーと納得する。 「まあ、話きいてると、翔も似たようなもんだったらしいけど、よかったな、変な実験に付き合わされなくて」  ユージの言葉に蒼真は曖昧に笑うしか無かった。香りに負けて口にしたコーヒーは、苦味もすっきりしていて飲みやすく本当に美味しいコーヒーだ。 「あ…悪い、こんな時にMBLの話は違ったか」  急に思い立ったように、ユージは両手を合わせるユージに蒼真は首を振る。  とにかく翔だ。翔がMBLに戻るのは絶対に阻止しなければいけない。でないとユージが言っていた以上の事に利用されてしまう。それだけは…  胃のあたりがギュッとした。 『翔、返事してくれ、どこにいるんだ…』  もう以心伝心でもテレパシーでも信じたくなってくる。  そのとき、ユージの携帯端末が鳴った。  ユージはポケットから端末を引き出す。 「イッペイか、なにかわかったか」  蒼真も身を乗り出して声に聞き入った。 「おい…こりゃあ」  ハラダグミの親分さんであるハラダは、目の前のソファで眠る少年を見て眉を顰めた。 「はあ、わたしもまさかとは思ったんですが…やっぱりボスにもそう見えますか」  と、間抜けなことを言っているのは、ハラダの右腕と言われる加賀屋である。 「確かヨーロッパの方へ行ったはずでしたけど…」 「んーっ」  顎に手を当てて考え込んだハラダは 「翔くんを連れてきた連中を呼んでくれないか」  と加賀屋に告げた。  加賀屋は一礼をして部屋を出る。  そう、今ハラダの前で静かに眠っているのは翔だった。  ハラダは翔の眠っているソファの前に手近な1人がけを引き寄せ、そこに座って首を傾げた。どうも腑に落ちない。  MBLの行う結構綺麗ではない仕事は大抵引き受けてきた。それこそ大きな件からほんの些細な事までだ。  しかし、今回は一体なんなのだろうか。  人を攫ってきてくれ、という事自体初めての仕事だったが、それが翔だったから納得できない。  大体からしてMBLは蒼真たちがヨーロッパへ行ってはいないことを知っていたのだ。 「どういうわけだ…」  翔の顔を見つめ思わずそう呟いた時 「ボス」  ドアが開いて、加賀屋が数人の男たちを連れて入ってきた。 「ご苦労だったな」  立ち上がって男たちの前へ立つ。総数は5名。 「早速だが、攫ってくると言われたのはこの子で間違い無いんだな」  男達は戸惑うように顔を見合わせた。 「いや、疑っている訳じゃあないんだ。気を悪くしないでくれ。ただ気になる事があるんで話を聞かせてもらいたいと思って呼んだんだ」 「間違えたと言うことはないと思いますが…」  リーダー役だったらしい男が声を上げた。 「MBL(あっち)が1人出して来たんで、俺らはそいつについて行っただけなんです。部屋の前に立って、『ここから若い方の男を連れ出してほしい』って言われて」  今回のMBLの仕事は、ハラダは別件があって一切ノータッチだったのだ。この程度なら部下達だけでも立派にやれることだ。責任上結果だけ把握しておこうと最後に顔を覗かせた結果が翔だった訳だ。 「それにしても随分簡単にコトが運んだようだな」  翔を見る限り、傷やアザなどは一切見受けられない。  ドアを蹴破るとか、銃やナイフを使ったとしたら、少なくとも攫われる方も無抵抗なはずがないのだ。 「はあ、それが俺たちもわかんないんすけど、向こうからきたって言うのが結構ガキだったんすよ。とは言っても17、8くらいの。そいつがドアの前に立ってインターフォン鳴らすんですよね。俺たちも何を馬鹿な…ってマジで思いましたよ。そしたら中のやつも何を思ったのか素直にドアを開けてくれましてね……俺たちは出てきた男をボコボコにしただけで、後はそのガキが奥にいた対象者に何か注射?みたいなのをしてぐったりしたところを、俺たちが運んだだけ…なんです。が」  1人の男が説明するのを、他の仲間達もうんうんと頷いていた。 「それでそのガキは、お前らにこの子を預けて帰って行ったんだな」 「はい」 「部屋から出て来た男ってのは?」 「22、3の、デカい男でした」 「22、3…」 ー蒼真ではなさそうだなー 「よし解った。朝からご苦労だったな。加賀屋」 「はい」 「小遣い渡してやれ」 「はい」  加賀屋に促されて5人は部屋を出て行った。  ハラダは閉めていたシャツの胸元をくつろがせて、元いたソファへ戻る。まだ腑に落ちないことが2、3  あれだけ翔を手に入れたいと言った自分に対して自らを犠牲にしながらも決して人の手に委ねようとしなかった蒼真が、何故翔のそばにいなかったのかがまず一つ。  そしてもっと解らないのが、MBLから仮にも1人の人間が出て来ていたにも関わらず、なぜ翔を置いて行ったのか。 「MBLとあの2人…どう言う関係が…」 「ボス、終わりました」  加賀屋が座っているハラダの前に立つ。 「MBL(ホットスタッフ)のその、出てきたガキが言うには、明日の夕方引き取りに来るそうですが…妙ですよね」  加賀屋も今回のMBLの動きは疑問をもったらしい。 「何かを待っているんでしょうか…」  翔を攫って待つものと言ったら 「あいつ…か」 「そうですねえ…そばにいないと言うのも変ですし」 「加賀屋」  呼ばれて加賀屋は微笑んだ 「判ってます、岩沙蒼真の行方ですね。もう初動はかけてます」  これくらいの察しの良さがなければ、ハラダ組組長の側近は務まらない。 「仕事が早くて助かる。頼んだぞ」 「ボスのお気に入りですからね。任せてください」  クスクス含み笑いをしながら去ってゆく背中を、ハラダは嫌な顔をして見送った。 「よけーなことを言いやがる。最近どうも一言多いなあいつは」  組まれた足先だけがふらふらと揺れている。  床に寝転んでいる圭吾の足は緩慢な貧乏揺すりをずっと繰り返していた。 「流石に腹減んないな…」  意外と元気そうな声で元気そうではないことを言ったのはジョイスである。  今朝方早くに蒼真に腹の急所を決められ、ヨロヨロとやっとの思いでジョイスの横たわるベッドの下までたどり着い圭吾は 「お互い腹を強か殴られたからな…」  と、腹を撫でながらこちらはあまり元気そうな声ではない。  その元気のなさは、殴られたことも原因ではあるが、蒼真と翔の2人を一度に手放してしまったことの方がずっと(こた)えていたからだった。  バイオレットの監視ということで泳がせていた容疑者を逃してしまったのだ。 部長に合わせる顔のことを考えたら、食事が喉を通ること自体がかなりの無神経である。 「俺たち疫病神でも取り憑いてんのかな。いいことありゃしない」  ジョイスも声は元気だが、いつもの調子は取り戻してないようだ。 「お祓いにでも行ってみるか…?」  珍しい圭吾の軽口に 「俺いいとこ知ってるんだよ」  とジョイス。 「1人で行ってこい」  ぶらぶらと揺らしていた足を止めて、圭吾は漸く体を起こす。 「さっきから気になっていたんだけどな、『蒼真』が来たと言うのは…なんのことだ?」  圭吾の言葉にジョイスは、思い出すように天井を見た。 「確かに蒼真だったんだ。どこから見てもさ。髪の毛は青かったんだけど、あいついつも髪の色変えてるから、また何やってんだとしか思わなくて」  ジョイスのベッドに腕を乗せそこに顎を置いて圭吾は聞いている。 「こんな朝早いのも、どうせお前と飲んだくれて朝帰りついでに翔の顔でも見にウチに来たのかと思ってドアを開けたんだよ」  職業柄…というか、このご時世に見知らぬ他人に黙ってドアを開けるなんてことは絶対にあり得ない。  その話を聞いて、圭吾は 「蒼真が妙なことを言ってたんだ。やたら時間がないと喚いた挙句、『アレ』を使われた。『アレ』がきたからにはグズグズしてられない とかなんとか。結局『アレ』がなんなのかは聞けなかったんだけどな」  と肋骨のあたりを撫でて顔を歪めた。 「『アレ』が『偽蒼真』(そ れ)ってこと?」 「判らん」 ジョイスはとりあえず天井から目を離し、横でベッドにのめっている圭吾の頭を混ぜ返す。 「まあ、探すのが先決だな。探し出さないと俺たちとんでもないよ?」 「そうだな…」  そう言った後、落ち込みで少し沈黙。 「どれくらいで動けそうだ?」  やっとの思いで立ち上がった圭吾は、上からジョイスを覗き込んだ。 「今日1日は…無理かもな」  ベッドのメディカルチェックでは、内臓に損傷は見当たらなかったが全身打撲という結構恐ろしい言葉が綴られた。大抵ビルから落ちた人とかでよく聞く… 「殴る蹴るの暴行で全身打撲とか!あいつら手加減てものを知らねえのかな!」  痛みより怒りで、メラメラしたが、メラメラしても痛みは引かないので、今日は安静にすることにした。

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