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第17話
「ジョイス…」
「ん?」
端末を切って、ベッドのジョイスに向き直る。
「明日の午前10時にナリタエアポートってどう思う?」
「なにそれ」
「ユージの端末のメッセージに入ってたんだ。多分だが、蒼真たちをナリタに連れて行く時間かなんかじゃないかと思うんだが…」
「やっぱ行ってたんだ、ユージんとこ。まあ、逃げるんじゃないのか?日本 から。って逃げる⁉︎」
「やっぱりそう思うか」
ーと言うことは、翔は無事だったんだなーと嬉しそうなジョイスに
「お前たった今逃げることに反応してたじゃないか!そうだ、逃げられるんだ。空港で捕まえないと、今度こそ最後だぞ。俺たち」
そうだった、浮かれている場合じゃあなかったんだ。自分たちの進退がかかっているのだ。
「空港か…ここんとこ縁があるな」
大抵が蒼真と翔 に関わっていることではあるけれど。
圭吾はレンジの音を聞いてキッチンへゆき、出来上がった粥と器とをトレイに乗せて持ってきた。
「蒼真たちにしてみれば…日本 から逃げ出したいだろうな…本拠地だし。その方がいいのかもしれないが…」
言葉を切った圭吾を、スプーンを咥えて上目遣いで見る。
「危険な考えだぞ圭吾…。バイオレットの捜査より蒼真が優先になってる」
そこは、ジョイスも弁えている。圭吾はーすまんーと小さく言って粥を注いだ器をジョイスへ渡した。
「まだ翔達がバイオレットを確定したわけじゃないけどさ、でも署で見せられた映像とか部長の話とか色々なこと考えると、圭吾だって確信持ってるんだろ…」
ジョイスは話の内容と全く合わない様子でお粥をハフハフ食べている。
そうなのだ。自分の気持ちをどう優先しても、彼らがバイオレットであることはもう確信している。
「だから俺としてはさ、証拠を早く掴んで警察 で保護でもすりゃあちょっとは安全かなって思ってたんだよ、奴らこのまま逃げてたっていつかは…さあ。なんでそこまで執拗に追いかけ回してるのか知らないけど」
意外とジョイスが考えていたことに驚く。
「それに、ほら…あれだよ」
「?」
「やっぱ惚れちゃってるんだろ?蒼真 にさ」
一変して人の悪い笑みを浮かべるジョイスを、圭吾はどう返していいか分からず取り敢えず粥を口に入れた。
「なんだよなんだよ、だんまりか?別段いいじゃんか、惚れてたってさ」
ジョイスに言わせると、今まで見たこともない圭吾だったらしい。
蒼真がいなきゃあ機嫌が悪いし、いればいたで翔を寝かしつけてまでコトに及んでしまうし、とにかく『あの圭吾が⁉︎』と言う行動が目立ったという。
「寝かしつけてと言うのは…言い過ぎだ…」
渋い顔をして圭吾は呟いた。人にはっきり言われるまで確信を持てなかった自分も悪いが、ガッツリ言われて気づいていない感情もあり多少のショックは隠せない。
「でもまあ俺だって、翔に対してはお前と一緒だからなにも言えないけどな」
と笑って、食べるのを忘れていた粥を1匙掬った。
「だから、お互いのため、仕事のため、翔達のため。どれをとっても明日中に2人を取り戻すのが1番いい結果だってことだ」
にっと笑ってジョイスはスプーンをふりまわす。
「俺たちのハニーちゃんを救うべく、明日は頑張ろう!」
そのあとに圭吾が「おう!」と言ったかは知らないが、とにかく士気が高まった。
ハニーちゃんはおいておくとしても、ジョイスのいうように警察で保護をした方が安全なのは事実である。
以前蒼真が『警察 は当てにならない。下手すりゃ売られる』とまで言っていたが、自分たちが関わる以上それはさせない。
どうか明日、2人を無事保護できるよう祈りたい気持ちだった。
とにかく明日だ。明日捕まえられなければ、何もかも…本当に何もかも失うことになる。
そして残るのが、蒼真達が一生逃亡者になっていることを心配して生きる自分だけなのだ『無職かもしれないし』
そんなのはごめんだ。
「ジョイス、明日は大丈夫だな」
「任せろ。お粥が効いたよ」
親指を立ててウインクをして返す。
「じゃあ明日だな」
圭吾もサムズアップで返した。
「さあて、そろそろ帰るかな」
夜。昔から馴染みの飲み屋で、ハラダグミの藤村はほろ酔い加減で帰宅をしようとしていた。
加賀屋の腹心の部下で、大きな仕事の時は何かと頼りにされている男だ。
「藤村さん平気っすか?明日早いんすよ?」
そんな藤村を慕って、いつもついて回っているキーツが肩を貸してやる。
キーツはまだ15.6歳だが、何度か藤村に助けられたことがあり、それ以来藤村の周りの世話などをやっている少年だった。
「そんなに酔っちゃいねえよ。仕事は仕事、ちゃんとやるさ」
キーツの肩から離れて、割としっかりした足取りで歩き始めた藤村は、目の前に立つ男達にぶつかりそうになって立ち止まった。
「あ、すいませんね」
そう言って避けようとした藤村に男達の1人が
「ハラダグミの藤村さんですね」
と尋ねてくる。
「なんだよお前ら!」
キーツが藤村の前に庇う様に立って威嚇する。
「そうだけど、なんだい?」
キーツを退けて、自ら前に出る。
「ご同行願いたいのですが」
「そう言って素直についてきたやつ、今までにいたか?俺にはそんな義理無いな。じゃ」
手を振って男達の間を抜けようとした瞬間だった。
1人の男が藤村の腕を掴み、その腕を払おうともう1人に背を向けた時、頸動脈の上にエアシリンダーが当てられる。
藤村はその場に崩れ落ち、倒れた。
「藤村さん!」
近寄ろうとしたキーツは、体格のいい男に捕まりどう暴れても動きが取れなくされている。
「はなせ!お前ら藤村さんに何をした!」
「安心しろ殺してはいないよ。ちょっと頼みがあるんで、ボクは眠らせないでいてやろう」
「何言ってんだよ!あんたらの言うこと聞く義理はないだろ!離せってば!」
「言うことを聞けば、この藤村さんは殺さずにいてやる」
男の言葉にキーツの動きがとまる。
「いい子だな」
男が振り向き手を上げると、それを合図に車が静かに止まった。
「蒼真、起きろ、時間だ」
枕を抱えて眠っている蒼真を、ユージが静かに揺さぶった。
「ん…わかった」
かなり寝ぼけているが、いつもの寝起きよりは返事をするだけ随分といい。やはり少し気が立っているのだろう。
「何時…」
「7時」
はっや…とベッドに座り込んで目を擦る。
「そろそろ起きないと、約束の時間までに空港行けないぞ。1時間はみないと」
こっちが遅れたんじゃシャレになんねえ、とユージは今日は普通のコーヒーマシンでコーヒーを落としながら、ハーフパンツのボタンを留めた。
「なんか食うか?」
「あるもんでいいけど…別に食わなくてもへーき」
ゆるゆると起き上がり、昨日履いてたカーゴパンツをのそのそと履き、ペタペタと歩いて近くにかかっていたユージのハーフジップのトップスを着込んで、蒼真はやっとリビングへたどり着いた。
リビングの床に座り込み、ソファに頭を預けてぐったりしている蒼真をみて、ユージは笑いながらーコーヒーでいいか?ーと尋ねると、んーというやる気のない返事。
実際はやる気がないのではなくナーバスになっていた。
空港から逃げ出すのは今回で実質上3回目だ。
ドイツに向かったのがまず一回、だがそれは連れ戻され、空港に着いてから空港自体を脱出したのが2回目…一体何回空港通れば逃げられるんだ、と思ってしまっても仕方がない。
3度目の今回は、『無事に』アメリカに到着できて、『無事に』カナダのイエローナイフ辺りまで逃げられるまで安心なんてできない。
考えれば考えるほど気が滅入る。
しかし取り敢えずは空港に行かなければ始まらないのだ。
豪華客船という手がないこともなかったが、悠長な船旅で追っ手につかれたら船内で何をされるかわかったものではない…色々考えて、やはり航空機が1番手っ取り早いのだ。
「準備はできたか」
翔の寝ている部屋にハラダが現れた。加賀屋は一礼をしてハラダに翔の様子を見せる。
「なんだ起きなかったのか」
「ええ、今機械外して一応ブドウ糖を少量入れたところです」
「起きなかったなら仕方ないな、このまま連れてくか」
加賀屋は頷いて翔を抱き上げた。
「お?」
車まで来てハラダが足を止める。
「藤村はどうした」
運転席には赤茶色の髪をツーブロックにした若い男が座っていた。
ハラダは運転席に近づいて窓を開けさせる。
「何者 だ」
「藤村さんに世話になってるもんです。藤村さんちょっと具合が悪くて出られないそうで。今日は大事な仕事だからどうしてもっていわれて俺が来ました」
「見たことねえツラだな」
「最近TOKYO へ来たんすよ。あ、俺、SAクラスのライセンス持ってるんで、だから俺に頼んだんだと思いますけど。なんか大事な物運ぶんでしょ?任せてくださいよ」
ハラダはどうにも腑に落ちない。後で翔を抱き抱えている加賀屋も聞いていないというし。
「キーツ」
その加賀屋が、後ろに立っていたキーツを呼び寄せた。
藤村のことは、キーツが1番把握していることは誰もが知っている。キーツは藤村のことに関しては嘘は言わないから…。
「この男は信用できるのか?」
「大丈夫っすよ。藤村さんが個人的に面倒見ているやつで、ウィルって言います」
キーツの話だと、親に仕送りする為にTOKYO区へ出てきたということだった。
「…だ、そうですが…」
フン…とハラダは鼻を鳴らしたが
「まあ…いいだろう」
と、翔を車に乗せる指示を出した。
「9時までにナリタエアポートだ。着いたらここへコールしろ。迎えが来る。それだけやってくれたら、親に送るのに不自由しないだけの報酬を出そう」
ウィルは満面の笑みを浮かべてメモを受け取り頭を下げた。
その拍子にハンドルに頭をぶつけた様子は、張り詰めた空気を少し柔らかくする。
「じゃあ頼んだぞ」
ウィンドウ越しにウィルの肩を叩いてハラダは送り出した。
その後ろでキーツが拳を握りしめていたことは、誰も気づかないことだった。
「居た」
圭吾の声に、ジョイスは思わず時計を見た。
「おいおい、時間よりずっと早いぞ」
ユージの留守番メッセージで10時と聞いていたため、1時間早く行っておく様にでてきた圭吾とジョイスは、それでも15分ほど待合室で待機していてその姿を確認した。時間は今9時23分。
2人はラウンジでもなんでもなく、一般客の大勢いるベンチに座っていた。
「翔がいないな」
周りを伺って圭吾が呟いた。
「しかもなんか、苛立ってないか?」
「ユージ…遅すぎる」
ベンチに座って両足を苛立たしそうに揺らしながら、手元の時計を確認する。
「そうだな…もう30分経とうとしてる…ハラダさんに限って時間間違えるなんてことないと思うし」
ユージも辺りを見ながら舌を鳴らす。
「着いたら俺の端末にコール入ることになってんだけど…なんかあったのかな」
「馬鹿言うなよ、なんだよ、なんかって」
「悪ぃ…」
翔に関しては酷くナーバスになる蒼真に、まずいことを言ったと謝った。
蒼真の頭はもう猜疑心でいっぱいで、ハラダまでが自分を裏切ったのではないかとさえ思い始めてしまっている。
「9時ってちゃんと言ったよな」
「ああ、ちゃんと聞いてたぜ。俺連絡してみるわ、ちゃんと出たかどうか」
ユージは端末を操作して、加賀屋へと連絡を入れてみた。
「待ち合わせかな
蒼真とユージ の様子を伺いながら、ジョイスはキャンディーを一個口に放り込んだ。それを見た圭吾は、なんだ?とは思ったが、その追求は後にしようと思い、自分も一個くれと要求した。
「昨日のメッセージの様子だとそう言う感じもするな。多分誰かが翔を連れてくることにでもなっているんだろうな」
「それにしても、早いよな時間」
ユージのメッセージでは確かに10時と言っていたと圭吾も確認している。
「大方ユージの部屋で俺のメッセージを聞いていたんだろう。それで変えたのかもしれないな。俺たちが早く来ていて正解だった」
見ていると、ユージがどこかへ連絡をとっている。
「相手が遅れているんだろうな…その連絡でもいれているのかもな」
ジョイスはその表情まで注意深くみつめて、キャンディーをカランと鳴らした。
「え?とっくに出た?もう着く頃?って、まったくですよ?本当に出たんですか?」
ユージの言葉が蒼真に届くと、蒼真は咄嗟に立ち上がって端末を取り上げた。
「いつ、いつでたんです?8時?…じゃあとっくについてる時間…」
取り上げてそれだけ聞くと、蒼真は端末を力無く落としてしまう。それをユージが拾い上げ
「わかりました…そちらでも追跡お願いします。こちらはなんとかしますんで」
蒼真は顔面蒼白でその場に立ち尽くし、ぼんやりと再びベンチへと座り込んだ。
「どうした」
端末を切った加賀屋の後ろで、様子が変な加賀屋に声をかけた。
「ユージからの連絡で、まだついていないようなんですよね。本当に時間通りでたのかって、岩沙さんまで出てこられて。変ですね、渋滞にでも巻き込まれたんでしょうか」
そんな話をしている時だった。
「加賀屋さん!すみませんちょっと来てください!キーツが!」
部下の1人が部屋へ飛び込んできて、キーツが大怪我で帰ってきたと伝えてきた。ハラダと加賀屋は同時に部屋を飛び出して行く。
「キーツ!大丈夫か!どうしたんだこれ」
裏庭に人だかりができていて、その中にキーツがボコボコの状態で横たわっていた。
「キーツ!どうした!」
到着までに走りながら救急車の手配をしてからやってきた加賀屋は、キーツの脇に片膝をつく。
「誰にやられた」
キーツの怪我を確認しながら声をかけるが、反応は薄い。しかし
「す…すみませんでした…」
と絞り出す様な声で、キーツはハラダを見て
「ボ…ス、すみません…」
小さな声なので、ハラダまで届かない。
「ボス、キーツが…」
ハラダは前に出て、加賀屋同様片膝をついた。
「さ…っきの…運転…しゅ……は、俺…も知らないやつでし…た」
「なに?」
「ほんと…にすみま…せん…藤村さ…んを盾に取られて…」
藤村を…?
「それでお前に、あの運転手を俺たちに紹介しろと言ってきたってことか?」
キーツはうなづいた。
「藤村ほどの男がそんな簡単に捕まったって言うのか?」
「薬…をエアシリンダー…で…多分睡眠薬だと…思います、が…」
加賀屋はハッと気づいて
「ボス、それじゃあ…」
部下も大事ではあるが、さっきのユージのコール…
「空港に行ってないわけだ…やられた…」
ハラダは加賀屋の端末を借りて、さっきのナンバーへコールバックした。その足元では加賀屋がキーツの話を聞いている。
「それで藤村はどうしたんだ」
キーツの顔が、傷の痛みではなさそうに歪み涙が溢れ出てきた。
「殺られ…ました…すみませんっ だから俺のりこんでいったら…この有様で」
悔し涙で、キーツの顔が歪んでいる。加賀屋も拳を握りしめていた。
「はい蒼真…ハラダさん!どうなったんですか!」
「蒼真か…すまん!俺のミスだ!連れ去られた…」
「え…」
「運転手が入れ替わられてな。こっちも1人殺られて1人重傷を負わされた。本当にすまなかったっ」
ハラダの声からは精一杯の謝罪は感じられたが、謝罪ではすまない事態だった。
「蒼真?どうした?」
蒼真が全く動かなくなり、ユージは端末を代わった。
「ユージです。ハラダさんですか、一体どういう…え…?……そうですか…わかりました…はい…」
ユージがハラダと話している間、蒼真はなにか思い詰める様子で立ちすくんでいた。
いつも先手を打たれる…自分が何かやろうとすると、必ず先にハワードがいた。 今まで順調に逃げてたのは、結局手のひらの上で走らされてた猿だったのか…。このままずっと逃げ続けたって、遊ばれるだけなんだ…
いろんな打開案が浮かぶが、きっとそれも先手を打たれて終わり…
他人 は頼りにならない。
自分で動いて自分でケリをつけなければ、ハワードからは逃げきれない。
電話を終えたユージが、目がすでにぼんやりしている蒼真の方を揺さぶった。
「大丈夫か…」
「あ、ユージ。俺、MBL に行ってくる」
普通に何か言ったと思ったが、その言葉にユージは驚いたなんて物ではない顔をして、
「何考えてんだ!馬鹿言うなよ!」
「どんな顔してんだよ、そんな驚くか?」
「当たり前だ!」
「なんか言い争ってるぜ」
相変わらず柱の影から覗いているジョイスが、その後で一服している圭吾に実況をする。
「真剣な顔してる。何かあったのかな」
「その言葉に、圭吾も柱の影から顔を出した。
「もう誰も頼まない…頼めないんだ。後は、俺が直接ハワードに会うしかない。会って、俺も翔も…ハワードも楽にしてやるしかないんだよ」
どこかタガのハズレた話し方で、蒼真は淡々と言葉を綴る。
「ユージ、これをハラダさんに渡してくれ」
ここへくる前に寄ってきた、気のいいマスターの店の2階から持ってきたバッグだ。
「蒼真、そりゃあいいけど、お前まさか…」
「昨夜、デキて良かった」
蒼真はそう言ってにっこり笑うとバッグをユージに押し付けて、ゆっくりと歩き出した。もう急ぐことはないのだ。
ユージは追おうとして踏み出した足を止める。
蒼真が走っていようと自分は追いつける自信はあるが、追いついてもきっと『行く』と言う蒼真を止められないのだ。
止められるのは…
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