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第19話
「ジョイスだな」
舌を鳴らして圭吾は走り出した。
運よく入り込めはしたが、警報がなってしまったら立場は不利だ。
「なにか蒼真に繋がる手がかりでもあれば…」
通路は交差がいっぱいあって、警報のせいでその各々から次第に声が増えてゆく。
「取り敢えず何処かの部屋へでも入り込んで、何かを探れたら…」
そう思っていると、正面から1人研究員が走ってきた。
ギクっとはしたが、その男が
「侵入者だそうだ、早く捕まえないとこのエリアはやばいだろ、お前も走れ」
と言って来たので、どうしたらこの格好をした男がここの人間だと思い込めるのかは少々不思議になったが、渡りに船とはこのことで、圭吾はその男に
「侵入者ですか、そいつって白衣着てないんじゃないですかね。わかりやすくて助かりますね」
と声をかけると、男はそうなんだよな…と足を止めて、圭吾が白衣を着ていないのをみて
「あーっ…んぐ」
大声を出しそうになったが、その口を押さえて頸動脈をトンっと叩いた。
一瞬で男は倒れ、その男のIDカードをぬきとると
「すぐに起きられますから、すいませんね」
と走り出した。
やり口がジョイスとそっくりだ。
圭吾は手に入れたIDカードで、1番近くにあった部屋へと入り込んだ。
そこは入った正面いっぱいにモニターが広がり、今は真っ黒だが何かの折に映し出しているのだろうことは判った。
その周りは綺麗に片付けられ、画面の下のコンソールだけがチカチカとカラフルな色を発している。
「さて、これからどうするか…」
と呟いた瞬間、隣のドアが開き、
「だれ?」
と言いながら男が入ってきた。圭吾は身構え、かかって来るようだったら声を出させずに一撃で…と思っていたら
「あれ、さっきの人じゃないですか。貴方もここの配属だったんですね。優秀なんだ」
と 先ほど立ち入り禁止の区域に入れてくれた男が立っていた。
なんと言う偶然。
「あ、ああ先ほどはどうも」
圭吾も一応礼を言って、ついでに
「この部屋は?」
と聞いてみた。そんなことはどうでも良かったのだが、少しでも手掛かりが欲しいから、一応尋ねてみる。
「この部屋に配属されたのなら、全部見る権利が君にはあるよ。着いて来て」
男は圭吾の前を通り、奥にあるドアへ向かっていった。
ドアを開けると、今いた部屋と違い色々大きなものが林立し、男はその間を構わず歩き、一つのあおい光を放つ水槽のようなものの前に圭吾を案内する。
「どこまで聞いているかわからないけど、今実験中の検体だよ。29号までいる」
圭吾はその水槽のようなものの前に立たされた瞬間から身動きが取れなくなっていた。
背筋を冷たいものが走り、自らが硬直しているのが判る。
水槽様の物のなかにポッドに入った数体の人間。
紛れもなく『蒼真』だった。
「これはね、上手く行ってる検体で、ここにいるのは25号から29号。最新のものだね」
男は意気揚々と話始めるが、圭吾はとてもじゃないが見ていられなかった。
体が震え、吐き気まで催してくる。
自分で腕を掴み震えを止めようと目を逸らした時、左側にベッドが見えた。
何気なくそこに『何かが寝ている』と確認した瞬間に、今度こそ圭吾は腰を抜かすかと思い、ふらつく足を後ろのコンソールに手をついて支える。
「驚くよね、ごめんね。ソーマ起きてたんだね、元気かい?」
男は慣れ親しんだ友達のように、寝ているソーマと呼んだ人物に声をかけた。
「やだな、元気なわけないよ。もう腕もあげられない」
弱々しい声だが、確かに蒼真の声だ。
しかし、蒼真を追ってMBL へ来たのはそんなに時間差はないはずだ。この蒼真は…
「そんなこと言わないで、もっと頑張ってよ」
「あの…」
圭吾は不気味になって声をかけた。
「ああ、驚かせといてごめんなさい。彼は『蒼真』と言って、ここにいる彼らのオリジナルなんですよ。君もここに来たのなら知っても構わないと思うから話しますけど、今我々はクローン再生の最終段階に入っています。むろん、オリジナルと同じ形態、性格に作るのが王道ですが、我々としてもそれじゃあ科学者の名が廃ります。そこで、オリジナルよりも優れたクローンを作る。それが目標です」
エトウは、『蒼真』のチューブを確かめながら、話を続ける。
「実はこの実験は一応完結しているんですよ。10年前にIQ380という驚異的な知能を持った完全クローン体を完成させているんだそうです。設定年齢10歳でDNAから1人の人間を作り上げた天才をね。でも彼は、その人造の人間を連れて5年前に行方をくらましたそうなんですよ。もったいないことですよねえ」
きっと、それが圭吾の知る蒼真であるのだろう。…が、連れて逃げた人造人間というのは…翔…なのか。翔が蒼真が造った人間だということなのか…。
あまりの事に、圭吾は思考がついていかなかった。
ただの実験材料と聞いていたから、人体実験に使われていた者だと漠然と…思い込んでいた。
「なんて…」
圭吾はそう呟いたきり言葉を失った。
蒼真が隠しに隠して来た真実。それがこれだったのか…
本当に吐き気がした。目の前の『蒼真』を見ることができず、顔をそむけたさきに透明の瓶が数個おかれていて、その中の物を目にした時込み上げる何かを必死に耐えるしかなかった。
瓶の中には、発達した神経細胞や、電極が瓶に繋がれ脈打つ心臓。少し大きめな瓶には脳まで入っているのだ
圭吾が刑事という仕事ではなかったら、既に吐いていたかもしれない。
「あ、それね、15号以降…あ、さっきお話しした逃げたクローン体は15号だったんですけどね、16号以降の優秀な『蒼真』から摘出した“部品”です。優秀な器官を使ったら、優秀なクローン体できるかなという実験です。しかし、15号ほどのクローン体はまだまだできないですね」
半ばうっとりして話す、若きマッドサイエンティストの後ろで、圭吾は無意識のうちに銃を手にしていた。
「中々好評だよ。従順ないい子達だとね」
嫌な笑い方をするハワードに、蒼真は一歩後退る。
今まで失敗したクローン体は、未知の病原体のワクチン製造や、病原体自体の組織の研究のために培養地として使われたりしていた。
ハワードが開発したHIVのワクチンも、蒼真と翔の不完全クローン体を元に作られた物だったのである。
しかもハワードはそれに飽き足らず、容姿の完璧なクローンを世界の好事家に売りに出したというのだ。
「世界中回って来たけど、あんたほどのゲスにはお目にかかれなかったよ、ハワード」
「世界中回ってきて汚い言葉も覚えて来た様だな、蒼真」
ハワードは立ち上がり、蒼真のそばまで足早に来ると、蒼真の顎をぐいっとあげさせる。
「今まではお前たちしか造っていなかったけどね、みなさんお好みがうるさくて、今度新しい『人形』を作ろうと考えているんだ。誰だか判るか?」
蒼真は顎の手を振り払い、相変わらずの強い目で睨みつけている。
「ゲスの考えなんて、俺には思いつかない」
その言葉にハワードは大きな声をあげて笑い、自分の机に戻ってパネルをいくつか押した。
「まあそれは、売りに出す専門の方だから、綺麗に越したことはないんだ。…お前も知っている人物だよ。お前が知っていて、とても綺麗な男…」
蒼真は眉を寄せた。自分が知っていて、凄く…綺麗な…
「圭吾…」
「ほほう、よく判ったね。蒼真 がそういうくらいなら、彼は本当の美形なんだな」
満足そうに頷いて、ハワードはずっと机にあった冷え切った紅茶を一口口にした。
「余り驚かないんだな」
腕を組むハワードに、蒼真は一癖ありそうな笑みを浮かべて、パンツのベルトに入れていた銃を取り出す。
「別にね、だって…あんたそれできないから」
銃をハワードへと真っ直ぐに向けた。
「私が撃てるのか?」
全く焦りも見せずに、ハワードは余裕で銃口を見ている、
「もう、逃げるのはやめるよ。疲れたし。撃てるのかって聞くの?そりゃあ撃てるよ。あんた殺して俺も死んで、この研究所もろともこんな実験は抹殺するんだ」
と、言った瞬間に爆発音が響いて、床が揺れた。
「何だ⁉︎」
倒れかけた身体を立ち直らせて、ハワードはコンソールに飛びつき爆破の起こった箇所を調べ始める。
蒼真もバランスを戻し、背中を向けているハワードに銃口を向けた。引金を引こうとしたその瞬間
「圭吾っ⁉︎」
ハワードが映し出した爆破箇所に映った人物を見て、蒼真は思わず声をあげてしまった。
「これは…とんでもないことをしてくれたな!」
その部屋も蒼真には判っている。自分のオリジナルがいる部屋。研究の中心になっている部屋だ。
その部屋が圭吾によって爆破されている。…と言うことは、圭吾はアレをみた…のか?
呆けている蒼真に、ハワードが銃を取り上げようと飛びかかかった。
パーンッ!旧式な音を立てて銃が打たれた。
「この銃は!」
「そうだよ。このシステムは全部レーザー弾くでしょ?だから、旧式の弾の出るやつ用意したんだ。この研究をぶち壊すのに1番必要なやつだったよ」
言い様、ハワードがさっきまで立っていたコンソールから画面から、構築されているすべての機体に銃を乱射した。
物理的に破壊された箇所がバリバリと音を立てて火花を散らし、火花を散らしあった箇所が、ニューロンから発生する軸索の様につながってより大きな火花へとなってゆく。
「やめろ!止めてくれ」
蒼真は初めてハワードが慌てる姿を見て、可笑しいと共に哀れになった。
弾が埋め込まれた箇所が全てつながり、まるで目の前に雷が落ちる直前のような光が迸る。
ー哀れなハワード…せめて一緒に地獄へいってあげるー
光が大きくなり今度こそ落雷のような音で爆破が起こり、蒼真は壁に叩きつけられ気を失った。
「今度はなんだ」
爆音に気付き、圭吾はその音がした方へ向かった。何故だかそこに蒼真がいる様な気がする。
吐き気はまだ治らない。『蒼真』の最後の手の感触も手に残っている。『この部屋を破壊してほしい』それが『蒼真』の願いだった。しかし…と迷っていたところにあの科学者の話だ。知らずのうちに銃を撃っていた。
あのマッド野郎は流石に殺しはしなかったが、あの装置を壊したと言うことは殺人になるのか…。『蒼真』の生きる装置を断ったと言う事なのだから…。
警報が鳴り響く中を圭吾は走った。
さっきの爆音は一体どこなんだ。蒼真がそこにいると思うのはただのカンだが、もう、そのカンを信じていないとやっていられなかった。
一刻も早く蒼真に会いたかった。圭吾にとっての蒼真に会いたい。その想い一心だった。
「待て!」
後ろからようやく辿り着いたセキュリティが追って来る。
研究の性質と、地下4階と言う場所柄、彼らが大きな火器を使ってくる可能性はゼロに近い。
捕まるわけにはいかなかった。
「くそっどこだ!」
さっきの爆音の出どころを辿って走る。圭吾は本当にカンだけを頼りに走り続けていた。
気付いたのは蒼真の方が早かった。
打った頭のせいで意識はちょっとだけ朦朧としているが、自分より少し離れたところにハワードが倒れているのが確認できるほどには回復している。
蒼真は銃をあげて再びシステム全体に弾を撃ち込んだ。
「何をしているんだ!やめろ」
ハワードも気づいたのか、這う様にして蒼真の方へ向かってくる。
「安心していいぜ。最後から2発目であんたもシステムと一緒に殺してやるから」
最後の一発で自分も死ぬとは言わなかったが。
「しつこいな」
走り回る圭吾をセキュリティは的確に追ってくる。中にはロボットもいるから、位置もきっとバレバレなんだろうなと思うがそう思うと気が削がれるので、とりあえず走った。
しかしこのままでは、逃げることが精一杯で蒼真を探すことなんかできやしない。
「前からもか…」
前方に十字路があり、足音の感覚だと右手の方からやってくるようだ。
どうする…一気に抜けるか…それとも…
考えが纏まらないまま十字路へ来てしまい、その時は叩きのめそう!と決めて十字路へ入る、
「うわっ!」
その途端腕を掴まれ、左路地に引き込まれた。
捕まったと思い、圭吾は掴まれた腕を反対方向に振り切り、その肘で相手に一撃を喰らわそうとして肘を思い切り横に引いた瞬間、相手が両腕をクロスして防御して来た。一瞬のうちに、使えるやつに会っちまったな真剣にやらないと、と思い至り反対の手で拳を作りクロスした手の下から顎を打ちに行こうとしたときに
「俺だよおれ!圭吾!打つな!!」
ブロックした手のうち一本は、即座に腹のあたりでちゃんと手のひらを下向きに第二波を抑える動きまでしていて、ジョイスはー勘弁してくれよ〜ーと、動きの止まった圭吾の拳を握った。
「しかもそれどころじゃないんだよね」
手を離してすぐにしゃがみこみ壁を盾にして、やってくる追っ手の足に的確にレーザーを打ち込む作業中だった。
忙しいんだな…と加勢をしながら、圭吾は傍に座っている翔にやっと気づく。
「翔!無事だったのか!よかった!」
ハグをしている暇はなかったが、心底嬉しかった。
「はい。助けてもらいました」
追手は大方通路に転がって動けなくなった。
「少し一息入れられるぜ…」
ジョイスはポケットからキャンディーを出して翔に一つ渡し、圭吾にも要る?と聞いてきた。
「いや、いい。しかしさっきから気になっていたんだが、何故急にそんなのを舐め始めた?」
「もう成就したからいうけど、翔を助けるまでたばこ断ちしてた」
乙女でしょ?と笑っているが、ジョイスの表情は達成感で満ちていた。もらった飴を口に入れ、美味しいと笑う翔も表情が今までと全く違う。
圭吾は、蒼真も早くこんな顔して笑って欲しいもんだ…と考える。
「それにしても圭吾 さっきの肘鉄本気だっただろ」
飴をカラコロ言わせて銃のカートリッジを替えながらジョイスが言う。
「そりゃあ…捕まったと思ったからな。一撃でのしておかないと、後々面倒だし。お前こそあれをよく止めたな。それに第二波の防御まで見事だった」
2人は顔を見合わせ、ーっち、まだ互角かーと言った顔をして、その話は終わったらしかった。
「それで蒼真なんだけど」
不意にジョイスが話を戻してくる。
「翔が言うにはコントロールルームにいるんじゃないかって」
ジョイスの言葉を引き取って翔が続ける。
「俺を追って来たのなら、絶対にそこにいるはず…。多分蒼真は生きてここを出ようとは思っていないはずだから…」
少し俯く翔に圭吾は
「わかった…」
と頷いて、改めて翔に向きなおった。
「さっき『蒼真』の一部始終を目にしてきた。わかるな。彼をみていたら翔のことを思ったよ。きっと翔も同じような気持ちだったんだろう…本当にがんばったんだな」
そう言って翔の頭を抱きかかえた。
翔はその言葉に涙が溢れる。
「蒼真が逃がしてくれたから…俺は彼ほどじゃ…」
「そうか…でも、あの頑張りは、すごいぞ。俺には耐えられない。だから、蒼真は必ず助けるから…一緒にここを出ような」
ジョイスにはわかりかねる話だが、いつか圭吾が話してくれると信じて、翔を軽くでも抱きしめたことは許しやることにする。
「はい」
頷く翔を確認して、次にコントロールルームの場所を翔に尋ねた。
「さっき走ってた通路をまっすぐ行って、右に曲がったらその右側が全部コントロールルームになってます。ドアは多分さっき爆発してたから開いていると思うけど…」
思ったより近くまで来ていたものだ。カンだけを頼りにきたが、当たっていたことに少し驚いていた。
「じゃあジョイス…行ってくる」
「後方支援は任せとけ。絶対連れ帰れよ」
の言葉にー当たり前だーと答えて走って行った。
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