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第20話

 ハワードはゆるゆると這って来て、蒼真の足元までやってきた。 「あのピンクのチューブが、下の原子炉(動力源)につながってるんでしょ?アレ撃ったらお終いだね」  ハワードが好んだ絶品の笑顔を浮かべて、蒼真は立ち上がる。  露出した内部がバチバチと火花を散らし、先ほど圭吾を映し出していた画面も白い煙を上げていた。  蒼真は這っているハワードに銃を向ける。 「それなりに楽しい人生だったよ。ここにいた時も逃げてる時も。作ってくれて感謝する。でももう終わりにするよ。すぐに後を追うから…待っててよ」 「蒼真!」  コンソールがいかれてしまった部屋のドアは、ロックなどは効かなかった。  開け放したドアの前に圭吾が立っていて、その声に蒼真は顔を向ける。 「迎えに来たぞ」  多分『あの部屋』で負った傷が顔や腕についていた。  圭吾はゆっくりと近づいてゆく。刺激をしないように、自棄にならないように。 「来る…な。早く逃げてくれ。今からここは原子炉が爆発する」  ハワードに銃口を向けたまま、蒼真は言う。 「一緒じゃなければ、俺は逃げない。翔もジョイスが助けたぞ。何を迷うことがある?」 「構うなよ!お前見ただろう…あれ…見たんだろ?だったら俺なんか構わないでさっさと逃げろよ!」  蒼真が叫んだ瞬間だった。  ズンッと床が揺れて、部屋の1番大きなCPUが爆発を起こした 「うわあああああっ!」  床の真ん中に急に大穴が開き、床に這っていたハワードはその穴に飲み込まれていく。 「蒼真!」  バランスを崩した蒼真もその穴に向かって滑っている。  下はこれから爆発しかねない原子炉の待つ奈落だ。  圭吾は走って手を伸ばし、床が下へと折れ曲がった箇所へ手をついてなんとか蒼真の手首を捕まえた。  折れた床はいつ落ちるともしれない微妙な均衡を保っており、青年男子2人分の体重に耐えうるかは賭けだった。  死のうと思っていたのだ。  圭吾の前からも消えようと決意していた。ハワードが地下に飲み込まれ、一緒に逝ってやろうと思ってたのに…圭吾が伸ばした手に縋ってしまった。 「蒼真…っ俺の手首を握れ、離すなよっ」  片手をついている床はゆらゆら揺れて、踏ん張りも効かない上に危うい。   弾みをつけて正規の床へ手をつき直せた圭吾は、蒼真を掴んでいる腕に力をこめて肘を曲げ、先ほどの折れた危うい床に蒼真の手を引っ掛けた。それも一瞬ですぐに両手で蒼真の片腕をつかみ、徐々に上半身を起こしながらゆっくりと引き上げ、蒼真の手が床から上に出たところで勢いよく引っ張り上げた。  引っ張り上げた圭吾は弾みで後ろに倒れ、その上に蒼真を抱き抱える。  腕が軋むように痛んだが、それよりも蒼真だ 「無事か、蒼真。怪我はないか…」  腕の中で身動(みじろ)ぐ蒼真を優しく離した。 「なんで…」 「助けたかなんて聞くな…。お前が1番よく解ってるはずだ」  と、起き上がって再び蒼真を抱きしめる。 「一緒に暮らそう…蒼真」  抱きしめた耳元で圭吾はそう告白した。自分の中で蒼真がどれだけ大きくなっていたか…今回それを痛感した。  本来こんなところで囁くことではないが、今言いたかった。 「ずっと…蒼真がいなくなってからずっと、考えてた。体から何かを半分無くしてしまったみたいだった。側に…いてくれ…」 「そんな資格は、俺には…」 「資格なんて関係ないぞ。俺が良くて、お前が良ければそれでいいんだ」  蒼真をより強く抱きしめる。 「圭吾…」  蒼真の声にはまだ戸惑いが消えない。  それも仕方のないことだ。  ここの…自分の秘密を知られてしまったこともあるが、蒼真は世界中の警察から目をつけられているバイオレットなのだ。自分なんかと一緒にいたら、続けたい仕事(麻薬特捜部)ができなくなってしまう。  自分のせいでそうなってしまうのも嫌だった。 「圭吾、俺…」 ーもう何も言うな…ーの意味なのだろう、圭吾はより強く蒼真を抱きしめる。 「あの、お楽しみのところ、非常に申し訳ないんですが…」  妙な口上で現れたのは、言わずもがなのジョイスだった。 「蒼真!」  圭吾から離れた蒼真に、今度は翔が飛び付く。 「ハワードは?」 「あの中に落ちた」  圭吾が指差した部屋の中の穴をジョイスが覗き込む。 「すげえ穴だな…」 ーこれじゃあ生きてないねー と翔が言い、蒼真も頷いた。  「とにかくでよう。原子炉がいつ暴発するかわからん」  って、そんなこと簡単に言う圭吾に 「原子炉が爆発したら、いくら逃げてもダメなんじゃないのか…?」  すごい不安そうにジョイスが振り向いた。それはそうである。それに蒼真が説明してくれた。 「うん…なんていうか、この4階は3階との間に5mの厚さの石板と6mの厚さの鉄板が施工してあって…っていうか4階全体がそんなのに囲まれてるから、内部爆発で外に漏れることは設計上はないことになってるんだ」  うん、まあ大丈夫なのなら…と納得するしかない3人。 「それなら尚更はやくでないと。いつまでもここにいたら巻き込まれる」  ジョイスは翔の手を取って走り出す。 「蒼真行こう」  圭吾の促しに、蒼真の足は動かない。 「蒼真?」 「俺、やっぱ行けないよ。俺はここで死んだ方が…」  パンッとそんなに痛くはなさそうだが、蒼真の頬が鳴った。 「圭吾…」 「お前のオリジナルに…会った」 *********  十数分前  ******  圭吾はマッドな科学者エトウの後ろで銃を抜いた時、横たわる『蒼真』と目が合ってしまった。 「エトウさん」  『蒼真』はエトウを呼び寄せ 「喉が渇いちゃったよ。何か飲ませてくれない?」 「そうだね、よく寝てたからな。待ってて」  エトウは『蒼真』に笑いかけ、隣の部屋へ入って行った。それを確認して『蒼真』は圭吾へと目を戻す。 「15号…来てるの?…ここに」  一瞬15号…?と悩んだが、さっきエトウが逃げ出した完成体が15号だと言っていた。それが自分の知る蒼真だと理解していたことを思い出した。 「ああ、来てるらしい。まだ会ってないけどな」 「ここで部外者に会うのは初めてだよ。きっとこんな実験をしているから、止めさせようと神様が送ってくれた人なんだね」  私利私欲で突っ走ってきた凡人だよ、と言いたかった。なんて捉え方をするんだろう。自分には想像を絶する生き方だ。  気づくと、『蒼真』の目に涙が溢れている。 「15号は…俺を助けに来てくれたんだろうな…ここを壊して楽にしてくれるんだ」  圭吾から目をはなし天井を見つめながら『蒼真』は続けた。 「頼みがあるんだけど…聞いてもらえるかな」 「なんだ?」 ー言ってみろーと圭吾は静かに言った。 「この部屋のシステム、壊してよ」 「なに?」 「俺の体もうボロボロでさぁ、いくらやったって良いクローン体できないよ。それに、俺から造られた俺が…実験にされたりするの見るの、()なんだ…もう」  圭吾は言葉を詰まらせた。『蒼真』はそんなこといいながら笑っているのだ。 「ここのコンソールはレーザーの銃でも壊せるから」 ーそれが俺を助けることだからーと、さっき圭吾が銃を出した所をみていた『蒼真』は、いまだに持ち続けている圭吾の手元を見た。 「やってくれる…?」  楽になりたいんだ…とつけくわえて『蒼真』は目を瞑る。  圭吾は逡巡した。そう言われても、ここを破壊したら『蒼真』が… 「おまたせ〜」  飲み物を持って戻ってきたエトウは、『蒼真』にストローでなにかをのませ、また取り憑かれたようにクローンの話を始めた。  人体実験の内容を事細かに離し始めた頃、圭吾は銃を一発コンソールへ打ち込んだ。 「何をするんだ!」  ひっくり返った声でエトウは気が狂ったかのように叫ぶ。そして飛びかかってこようとしたエトウの足を一発撃つと、痛い痛いと叫びながら無抵抗になった。  圭吾は立て続けに数発コンソールへ撃ち込み、緊張で肩で息をしながら漸く止める。 「ありがとう…えと…」 「圭吾だ」 「圭吾」  瞬間胸が痛んだ。蒼真と同じ声で自分を呼ばれる、顔も身体もどこも蒼真と違わないが、全く別人の『蒼真』だ。 「蒼真(15号)を頼むね。15号(あいつ)は可哀想だから…。俺から出来たやつで1番元気で1番賢い奴なくせに、1番可哀想だった。俺はもう、生きたくないけどあいつは生きてほしい。幸せになってもらいたいんだ…。してくれる…でしょ?」  もういいや…と腕のチューブを毟り取って『蒼真』は圭吾の手をにぎった。 「約束する」 「翔は…一緒?」 「ああ。でも翔は幸せにしてくれる奴が別にいるから…大丈夫だ」 ーそう、よかったーと『蒼真』は笑って、そして涙を流した。 「爆発するから…行って。本当にありがとう、圭吾」  バチバチッと機械が鳴る。圭吾は一度『蒼真』の手をぎゅっと握りしめて、そして 「じゃあ…」  と駆け出した。  蒼真の目に涙が溢れる。 「だから、俺はお前を連れて行く。死ぬことが全てじゃない。お前は蒼真なんだから…生きるんだ」 「辛いのは…可哀想だったのはオリジナルの蒼真(あいつ)だったのに…。俺が逃げたから、あんなボロボロだった身体をまた細胞摘出に使われて…可哀想なのはあいつなのに…」 「だから…『蒼真』の分も生きなくちゃだろ…1人じゃないぞ」  蒼真の肩を抱き、引き寄せた。 「何やってんだー!はやくしろよ!」  あっちの方でジョイスが叫んでいる。 「とにかくここから出ることが先決だ」  抱いていた蒼真の肩をうながして、そしてジョイスが叫ぶ方へと一緒に走り出した。  原子炉の爆発に巻き込まれることも、怪しまれることもなく、4人は病院から抜け出すことに成功した。  研究室を出る寸前で蒼真と翔の足が止まった時には圭吾とジョイスも少しハッとしたものだが、通路を振り返っている2人を様子を見ながらもそのままにしておいた。  感慨もあるだろう。嫌っていた場所でも、自分達が文字通り生まれた場所なのだ。 「翔」 「蒼真」  2人は呼び合い、そして頷きあってそこを出た。  本当の意味でMBL(ここ)からだしてくれた人と共に。 「あっちに車がある。乗り込んじまえばもう、こっちのもんだな」  前方を指差しながらジョイスが笑う。  歩いていると、地面がズズズ…となったかと思うと、一度ドンッと激しく揺れてすぐに収まった。 「爆発したようだな…」   地面を見ながら圭吾が足をトントンと踏み鳴らす。  これで本当に、蒼真達の故郷は無くなったのだ。 「そういや、放射能とかも大丈夫なのか?」  最後に…とジョイスは車に乗り込みながら蒼真を振り返った。 「除去装置くらいMBLにだってあるよ。大丈夫だって」  蒼真は苦笑しながらシートに収まる。  取り敢えずは圭吾の部屋だな…と車は発進していった。  初夏の陽気にしては暑く、車の中は快適だがもう4時だと言うのに太陽はまだ明るい日差しを投げかけていた。  朝早くから走り回り、MBLで暴れ回って結構4人は疲れている。  MBLを出たのが午後1時頃。区内へ入るのにどうしても混む道路がありそこで少し時間を要したが、なんとか区内へ入った時全員がお腹が空いていることに気づいた。 「そういやあ、今朝クロワッサン一個とコーヒー飲んだだけだ…」   とジョイスが言えば、 「そういや俺なんも食ってなかったな…」  と蒼真。  翔に至っては、目が覚めたらガラスケースの中でした…と、今なら少し笑ってブラックジョークになるが、1番可哀想な事態であった。 「どこかで食事でもして行くか」  圭吾の言葉はごく普通のものではあったが、今までこの4人の中ではあまり使わない言葉だった。  夜に飲み屋には行っていたが、昼のさなかに食事はなかったのだ。 「ハンバーガー!」 「ラーメン!」 「ステーキ!」  圭吾の言葉の直後に3人が一度に言った言葉がもう、全然バラバラでそれが一度にカバーできるのはファミリーレストランくらいしかない。 「いいのか…ファミレスで…」  圭吾が確認をとる。  ジョイスは良い大人がか…と少しだけ渋ったが、蒼真と翔は別にいいけど?な感じだったので、仕方なく合わせる形で、それでも少し良いとされるファミリーレストランを選んで寄り込んだ。   「なんか…もう何日もここに来てなかったみたいだな」  圭吾の部屋に入っての蒼真の一言目だった。  実際は昨日の朝までここにいたのだが、この二日間が濃密すぎで当の圭吾自身も1週間は空けた気分だ、と笑っていた。  西日の入る圭吾の部屋は、今ちょうど夏のオレンジ色が絶好調で、蒼真と翔はリビングへ走り、オレンジの部屋のソファでなんだか楽しそうだ。  夕日の顔は毎日変わるし、天気にもよる。蒼真はー結構居たけど初めてだーと部屋の色を面白がっていた。 「ビールもらっていいか」  ジョイスが冷蔵庫の前で聞いてきたので、自分の分と蒼真の分も頼む、といって、グラスを用意し、翔が飲む炭酸水とガムシロも用意した。  リビングで飲み物で一息ついた後、それじゃあ…と圭吾が切り出した。 「今度は、きちんとした事を話をしてくれるな」  グラスのビールを一気に空けた蒼真は 「前にもこんなことあったな」  わらう蒼真に 「そういえば…前の空港帰りだったか」  と、ジョイス 「誤魔化しに乗るんじゃない」  圭吾がジョイスをみる。 「言いたくないことでもちゃんと話してくれ。もうこの4人しか知るものはいないんだ。だからちゃんとしたことが聞きたい」  圭吾の真摯な目に、蒼真は少しの間黙っていたが、ソファの上で両足を抱え込んでポツポツと話し始めた。

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