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第24話

 蒼真の元へ連絡が入ったのは、それから3日後だった。  とてもじゃないが翔と圭吾が死んだなんて蒼真に連絡できない、というジョイスに代わって、ユージが事務的に知らせてきたのである。 『警察(サーカス団)の葬儀も、翔の葬儀も済んだ。遺体は2人とも見つからなかったけど、あれじゃあ助からなかったと、俺も思う。気を落とすな…って言ったって無理だろうけど…滅多なこと考えるなよ。一度日本(こっち)に来てみるといい』  その日から蒼真は一言も口を利かなくなってしまった。  ただリビングの窓から外を見ながら1日を過ごす、という毎日である。 「ねえ、トシヤ。蒼真大丈夫かしら…」  オーストラリアは冬の終わりを迎えていたが、朝晩はまだ寒い。  なんとか朝食を済ませ、自分の場所と決めた窓際の木の椅子へ座った蒼真は、サラがくれたニットの膝掛けを肩から掛けて、また外を眺めていた。  蒼真が頼ってきたサラは、蒼真がオーストラリアに来て1ヶ月足らずで不幸に見舞われたことに酷く心を痛め、しかしどう慰めたらいいのか判らずに毎日蒼真のしたいようにさせていた。  サラの夫のトシヤも同じ気持ちで、毎日外をみる蒼真を見守るしかない日々を過ごしている。 「難しいよな、実際…。どうしたらいいのかなんて、俺たちが聞きたいくらいだ」 「一度日本へ戻ってみたらどうなのかしら…」 「戻りたければ、真っ先に戻ってるだろう。圭吾とかいう人のことは俺たち知らないけど、翔が死んでるんだぜ…。それでも戻らないんだから、よっぽど戻りたくないんだろうな」 『オーストラリアへの異動が決まったぞ。来月の頭には一緒に暮らせる。そうしたらずっと一緒だな』  そうメッセージをもらったのはほんの1週間前だ。圭吾は約束を破らない。絶対ここへ来てくれるから、動けないんだ。と思い続けて窓辺に座っている。 「蒼真、お茶が入ったわよ」  そんなサラの言葉にも、蒼真は首を横に振るだけだった。  8ヶ月が経ち、オーストラリアは秋を迎えている。  蒼真はあれ以来ずっと窓辺で過ごす毎日を送っていた。  前よりは食事を摂るようにもなっていたし、物が要る要らないくらいの会話はする様になってきてはいたが、まだ窓から離れようとはしない。  まるで何かを見逃してはいけない、自分が真っ先に見つけなければいけない、と思っているかの様である。  実際蒼真は圭吾を待っていた。  自分を迎えに来てくれる圭吾だ。  圭吾が生きろと言ったから生きている。  圭吾が『蒼真』の分も生きろと言ったから死ねない。だから、圭吾を待っていた。  遥か彼方で土煙が上がっている。  この辺りはネイティブの民族が多く、近代化は必要最低限のところまでしかされていないから、道路はかなり整備されていても、周りは全て砂漠であったし、まだ野生の動物もほんの少しだが確認できるほどだ。  やってくる土煙りはいつもやって来る肉屋の配達だろうと、蒼真は目もくれずずっと向こうの空を見つめていた。  …が、肉屋にしては様子が変だ。いつもの配達人は、黒髪のちょっと童顔なそばかすの消えないお兄ちゃんが、幌つきのジープに乗って来るはず…。  なのにやってくる車は、金髪の、黒いサングラスをした、男前の… 「サラ…」 「え?」  リビングで編み物をしていたサラが、珍しい問いかけに嬉しそうに顔を上げると、蒼真がフラフラと歩いて玄関にむかっていた。 「蒼真?どうしたの…蒼真?」 「迎えが来た。とうとう俺に迎えが来たんだ」 「トシヤッ来て!トシヤッ蒼真が変なの!」 「どうした!」 「蒼真が!」  サラは涙を溜めて玄関を出ようとする蒼真を指し示す。 「蒼真、どうしたんだ?蒼真の椅子に戻ろう」  優しく肩を抱いて、トシヤは部屋へ戻そうとしたが、蒼真はその手を静かに払って玄関を出ると、その場に立ち止まった。  土煙りはだんだん近づいてきて、蒼真を挟んで立つサラとトシヤもそれを見つめる。  ホイールレスの車は、砂を巻き上げるだけ巻き上げて、3人の前までやってきて、  シュンッという静かな音を立てて、砂の上に止まった。  蒼真は一歩前へ出る。  音もなく上へとドアが開くと、中からは長身の男がその場に降り立った。  蒼真は何が起こったのかわからないような顔でその男を見つめ、降り立った男は照れくさそうに笑って 「遅くなって悪かった。やっと来られたよ」  と言ってから両手を広げた。  「圭吾…」  そう名を呼んでも、すぐには体が動かなかった。  本物が来るなんて思っていなかったから……蒼真は自分を連れてゆく『迎えにきた』ではなく『やっと来られた』という言葉の意味が今は解らなかった。 「忘れられたかな…?」  ちょっとだけ戸惑う様子の圭吾に、蒼真は詰めていた息をごくっと飲み込んで次の瞬間には 「けいごっ!」  と、今まで我慢していたものが一気に溢れたような涙をボロボロ流して圭吾に飛びついていった。 「忘れられていなかったみたいだ…」  圭吾は蒼真をしっかりと抱きしめる。 「当たり前だ…。どこ行ってたんだよ。死んだなんて言われてたぞ…」  強気な言葉を、話すまいとしがみついている腕が裏切っている。 「すまなかった…でも、待っていてくれたんだな」  その言葉には蒼真も素直に頷いた。 「足…ついてるか…?」  不意の言葉に圭吾もちょっとだけ言葉を詰まらせたが、 「ついてるよ…」 「首が360度回ったりしないか?」 「悪魔にも乗っ取られてない」  背中の蒼真の手がキュッと革のジャケットを握り込み、一瞬の沈黙の後 「…………………本当に…圭吾か…?」  その言葉には圭吾も唇を噛み締めた。 「今、蒼真が感じている通りだ」  蒼真は腕に力を込めて圭吾により強く抱きつく。 「どうだ?」 「ん…圭吾だ…」  素直に喋る蒼真に、この8ヶ月間を見守ってきたサラは溢れる涙をどうすることもできず、トシヤに寄りかかり、そんなサラの肩をトシヤは優しく抱きしめた。 「爆発が起こった瞬間に、翔に抱えられて爆風の直撃を全部受けないで済んだんだ。ちょうど横にあったカウンターの中へと翔が飛び込んでくれて…翔のあの運動神経のおかげで助かった。あの時、なんとか裏の通りに出られて、翔もかなりの怪我を負ってはいたんだが、カマクラのほうの知り合いの医者に連れて行かれてそこで治療を受けていた。ちょっと記憶障害を起こしていて、つい最近まで思い出せないことの方が多かったんだ」  サラのもてなしを受けながら、圭吾はこれまでの自分の動向を説明していた。 「それで、何で思い出したんですか?」  サラの問いに、圭吾は照れたように笑って、蒼真になんだと思うかと問う。 「わかんないよ…」  蒼真は自分が喋るより、圭吾の声を聞いていたかった。 「これだ」  圭吾が出したのは、小さな箱。 「これって…」  サラが楽しそうな声を上げる。 「蒼真、開けてごらんなさいよ」 「うん…」  訝しげに箱を手に取って開けて目を見張った。 「圭吾、これ…」 「とりあえず形だけでもと思って買っておいたんだ。翔に部屋に連れて行かれて、テーブルの上のこれを見た瞬間に、一気に記憶が戻った」  我ながら現金だと思ったよ。と苦笑する。 「付けても付けなくてもいいが、持っていてくれ」 「うん…」  俯いてはいるが嬉しそうな蒼真を、他の3人は優しく見つめていた。 「そおまあー!」  ヘリの風に煽られながら、翔が走ってくる。 「久しぶりー!」  蒼真に飛びついて、嬉しそうに翔は笑う。 「来たな」  翔の後から二つの荷物を背負い、もう二つを両手に持って歩いてくるジョイスを圭吾が迎えた。 「まず最初に渡さなければならないもの、はい」  あれから1週間。  翔が生きていて、ましてや圭吾まで生きていることを知らされたジョイスは、喜ぶ間も惜しんで1週間丸々圭吾の復帰に尽力を尽くした。  翔が大事なのは勿論のことだが、圭吾もジョイスにとってはかけがえのない親友だ。その間翔に構う時間が少なくても、ジョイスはもちろん翔さえ文句の一つも言わなかった。まあ、翔とはこれから一生側に居られることを思えば…のことではあったが。  こうしてジョイスが手に入れたのは 「辞令だよ。オーストラリア(こ こ)の所轄の所長宛だ」  ということだった。 「まったく、葬式まで出しといて生きてやがるからな、こいつは…ゾンビだな」  それは翔にも言えることなのだが、彼の頭の中では翔の事は、如何なる事象も対象外である。 「言ってろよ」  と言ってはみるが、圭吾とてこの書状を取るのがそれだけ大変かを知っているので感謝しかない。 「悪かったな、感謝するよ。大変だっただろう、ゾンビの書状を取るのは」  ジョイスは嫌味返しも笑って流して、まあいいじゃんと書状を手渡した。 「翔いらっしゃい」  サラが出てきて、翔の頬にキスをした。 「こっちの人が翔の彼?まったく蒼真といい翔といい、かっこいい人捕まえちゃって!悔しいなぁ〜」 「そりゃないぜ、サラ」  ドアの前で、トシヤが情けない顔で腕を組んでいる。  ジョイスは『お世話になります』とトシヤに頭を下げ、サラに促されて家の中へむかった。 「それにしてもジョイス。この荷物を1人で持ってんのか…」  圭吾は、ジョイスの荷物4つのうち半分を持ってやりながら、そうなっちゃうのかねえ…と短く息を吐いた。 「いいんだよ、俺は翔に持たせる気はないから。お前には持ってもらうけど」  と平然と言って、バックパックを肩に担ぎ直した。 「甘いもんだな」 「ほっとけよ」  それでもニマニマと笑って、ジョイスは家に入った。  そんな会話の中、家に入った途端 「あっ!俺のカップが違う!」  そんな蒼真の声に、圭吾が肩をすくめる。  サラが用意してくれたお茶の前で、蒼真はプリプリしている。圭吾はチッと舌を鳴らして頭を掻いた。 「朝ちょっと引っ掛けてしまって…割った。悪いな」 「気に入ってたのに!」  赤と青と緑のラインが綺麗にうねっていた、結構大ぶりなカップだ。 「判っている。後で同じものを探して来るからそう怒るな」  ジョイスに『甘いもんだ』などと言った直後でバツが悪い。 「甘やかしてんのは、どっちだか…」  やっぱり言われた…。ニヤニヤしながらジョイスは荷物を部屋の隅に下ろした。  結局2人とも甘いのだ。  苦労して…と言うか、乗り越えたものが大きかったから、全てが愛おしく感じる。  多少の甘やかしは仕方がないのだ。 「あ!蒼真きれい」  翔が目ざとく蒼真の左手を捉えた。 「結婚指輪だねえ…」  長い付き合いで、アクセサリーを身につけるのを蒼真が好まないのを知っている翔である。珍しくて目についたのか…と思いきや…  翔は、この指輪をTOKYOの圭吾の部屋で一度見ているはずだ。つまり単なるいじめ。 「翔…お前、誰のせいかは知らないけど、根性悪くなってないか?」   と言いながら見ているのはジョイスのこと。  変な風に翔を変えてんじゃねえよ、という目を、ジョイスは口笛を吹いてソッポを向き流した。  その隣で圭吾は笑っていた。  こんな日が来るとは思っていなかった…と言うのが笑い合っている彼らの本心だろう。  とまれ、こんな日はやってきたのだ。過去はもういい。 「ところで翔、大丈夫だったのか…?」  とは、言わずもがなのアレの事。 「まあ、おいおい話すよ…」  と言う翔の落ち着きとジョイスの笑みが気になる…。 「なんだ?」  問い詰めようとする蒼真を、その頭を軽くこづいて圭吾が制止する。  蒼真は 「ま、いいか…」  と、カップを手に取って、一口飲み下した。  END  次回は、番外編1、2と、本編地続きの番外編をまとめて掲載いたします。

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