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第6話 1章 出会い
佑三の声掛けに、三郎が応対に出た。来意を告げると、すぐに仙千代が出てきた。
狭い故、佑三の声は仙千代にも聞こえていた。
「わざわざのお越し、かたじけのうございます。若君様にもくれぐれもよろしくお伝えください」
未だ声変わり前の、幾分高い声で、話す仙千代に、佑三は胸がどきっとした。
一目で仙千代の魅力に胸を鷲掴みにされた。
白い肌に、頬がほんのりと色づいていた。華奢で繊細な身ながら、その瞳は意思の強さを感じられた。
穢れなど、どこにも感じられない、身も心も清らかな人と思われた。
この純真そのもののお人を、明日襲う悪魔の所業!
佑三は、言い知れぬ怒りに襲われた。今すぐ、この人を連れて逃げたい。
強い衝動が、佑三の全身を覆う。
だが、全力で耐えた。
今、仙千代を連れて逃げてどうする? どうするのだ? と自問する。
あっという間に捉えられるだろう。そうすれば、自分は打ち首、仙千代もおそらくそうなるだろう。逃げた人質が処分されるのは当然のこと。抗っても高階家が松川に適うはずがない。
そうだった。今逃げれば、不幸な未来しかない。
だったら、逃げなければどうなる? 仙千代が、地獄に落ちるのは明白……。
どうすることもできないのか? できない……結局それが結論だった。
佑三は、あまりの自分の無力さに泣きたい思いだった。
それでも、耐えるしかない。ただ、少しでもこの可憐な人の側にいて、力になってやりたい。
自分の時は、誰もいなかった。だが、仙千代には自分がいる。
可能な限り、自分が仙千代の盾になり、守ってやりたい。佑三は、そう思うのだった。
明日は昼からの出仕で良いと、佑三が告げると、仙千代は驚いた。
「小姓が朝から出仕しなくてよろしいのでしょうか……」
そうか、仙千代は小姓になると思っているのか……。佑三の仙千代に対する、哀れみが強まる。
「実は、高階殿のお勤めは小姓ではありません。離れ屋で若君様のお相手を務めることなのです」
「お相手とは?」
小首を傾げて聞く仙千代は、あまりに可愛らしく、この人を蹂躙するのは、誰も許さないと怒りがわく。
しかし、その思いも佑三は、己の理性を総動員して抑えた。
そして、曖昧に抽象的な言葉でごまかした。そうするよりほかなかった。
まさか、今ここで本当の務めを話すわけにはいかない。
いや、真実を告げて、心の準備を促したほうがいいのか?……迷いが生じたが、思い留まった。
今、告げたところで、この人はどうすることもできないだろう。だったら、言わない方が良いと佑三はぐっと耐えた。
これも、佑三の精神力の強さの賜物だった。
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