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第33話 5章 地獄からの脱出

「仙殿、そろそろいいか? きついじゃろが日の暮れるまでは、これくらいの休息をしながら、出来るだけ行かねばならん。大丈夫か?」 「ああ大丈夫じゃ。すまぬの、わしの足が弱い故、気を使わせて……自分でも情けない」 「なに、気にすることはない。ここまで来れば、そう心配することはない。焦らず確実に行けばええ」  仙千代の横で三郎も頷いている。三郎も、仙千代の足が心配だが、ここまで来れば何とかなるだろうとの思いでいた。  仙千代と三郎の主従は、昨日脱出を持ち掛けられてから、ここまで佑三を信頼して、付いてきた。そうすれば、間違いないと確かに思えるものがあった。 「よし! では行くか!」  佑三の力強い掛け声で三人は再び歩きだす。  やはり佑三が仙千代の手を引き先導し、三郎が後ろに続いた。佑三と三郎が、仙千代を挟み、守るように進んだ。  夜が明けた離れ屋で、作之助は先ず佑三の不在に気付いた。嫌な予感がして、仙千代の部屋を覗くと、そこはもぬけの殻だった。咄嗟に逃げた! と思い、中を検めた。荷物はそのままだったが、夜寝た形跡はなかった。  佑三の部屋も検めたが、もとよりここは常から何もない。だが、二人が、いや三郎も入れて三人が逃げたことは確実だった。  作之助とて、今の城の混乱は知っている。知っていて、不安を感じていた。松川はどうなるのか……。  義定が討死にするとは、夢にも思わなかった。あれだけ華々しく大軍を率いて上洛へと向かった。それが津田ごときに、漸く尾張統一したばかりの若造に負けるとは……。信じられない思いは、未だにあった。  それは、作之助に限らず、この城にいるほとんどすべての人間の思いではあった。  そして、同じ人間たちが思うことは、松川は大丈夫か? だった。  義政が、松川の嫡男であることは、だれしも異論のないところであった。しかし、それはあくまでも太守義定が健在であってのことだ。  義政は、未だ若く太守としての力量は未知であった。しかも、最悪なのは主だった重臣達も義定と共に討死にしていることだった。つまり、本来若い義政を盛り立てていく重臣達が皆無ということだった。残っているのは、経験も浅い者ばかりであった。  城には、暗雲が漂っていた。皆口には出さないが、松川の将来に不安を感じていた。  いや、密かに脱出の動きも出始めていた。いわば、佑三たち三人の脱出はその動きを先んじていたと言える。  作之助は、悔しさに歯噛みした。三人に対して怒りが湧き上がってくる。  今まで義政から受けた恩も忘れて逃げるとは、この恩知らずの恥知らずと思った。  無理矢理凌辱され地獄へと突き落とされた仙千代たちに、恩を知るどころではないが、作之助の思いはそうだった。  一刻も早く、あの恩知らずたちを連れ戻して、厳しく仕置きせねばならんと思った。  作之助は、義政が離れ屋にいる時は、直接話すことが出来る。しかし、それ以外の場所にいる時は、直接面会できる身分ではなかった。  義定の討死以来、義政は離れ屋を訪れていない。さすがにそれどころじゃないのだろう。  早く知らせねばならない。焦った作之助は、義政のいる本丸の警備の侍に、義政への面会を申し入れた。しかし、けんもほろろに追い返された。武士の身分ではない作之助には当然の扱いだった。つまり、思いのままふるまえる作之助の力は、離れ屋に限ってのことだった。  作之助は、悔しさに打ち震えたが、どうすることもできなかった。焦れる気持ちのまま、日が虚しく過ぎていった。  結局義政が、仙千代の脱出を知るのはそれから四日も後であった。他の人質の脱出を知った義政は、直ちに全人質の動静を調べさせた。そして仙千代の不在も知ったのだった。時すでに遅し、その時仙千代は、大高城にたどり着いていた。

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