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第34話 5章 地獄からの脱出

「殿! 津田からの使者はなんと?」 「ああ、前と同じじゃ。我が方に味方せよとの誘いじゃ」 「三河のあたりも雪崩を打つように津田側についているとか」 「あの辺りは、松川が滅ぼしたものを功績のあった者に与えた、いわば松川には恩義があるのにな」 「人の心は儚いものでございます。皆が勝ち馬に乗っております。我が高階家も津田に付いた方が……」    大高城では、城主高階成定が重臣達と談合をもっていた。松川が大敗したい今後の動静をどうするかであった。  重臣達は皆、大勝して勢いのある津田に付くべきだと言う。勝ち馬に乗るだけでなく、長年危険な先陣でこき使われた鬱憤も大きかった。  幸いというか、津田からは何度も味方するようにとの誘いがあっている。誘われているうちに、味方したほうが津田の心情的にも良いだろう。それが重臣達の総意といえた。  しかし、今、結論を出すわけにはいかない。嫡男仙千代の身が、松川にあるからだ。 「わしもそう思うが、仙千代をどうする? あれは我が高階家の大事な嫡男。あれが松川にいる限り、津田に付くわけにはいかぬじゃろ」  それは、重臣達も同じ思いだった。故に簡単には決まらず、この談合の場がもたれた。 「仙千代は義政殿付きで、常にお側に侍っている。そのため此度も留守居に残された。義政殿の小姓である仙千代が、松川を離れるのをどう思うか……」  仙千代の松川での扱いを知らない成定は、仙千代の思いを思いやるのだ。側近く仕える主を、裏切る事ができるのかと……。  仙千代は優しい性分だ。今のこの情勢にさぞや心を痛めていることだろうと、成定は思う。 「殿、いずれにしましても早急に駿河に使いをやりましょう。仙千代様にこちらの動静をお知らせせねばなりませんし、松川の動静も探ることが出来るでしょう」 「殿、わしもそう思います。太守を失った松川の動静を知ることも肝要かと。後を継いだ義政殿の力量も知りたい」 「そうじゃな、もしもの時は仙千代を連れ帰ることも在り得るな……判断力のある、手練れのものがよいな――羽島! そなた行ってくれるか?」  成定は、重臣達の末席に控える羽島へ命じた。若いゆえ末席に甘んじていたが、胆力もあり中々力のある家臣だ。 「はっ、かしこまりました。直ちに出立いたします!」 「ああ、任せたぞ! よいな!」  この時、仙千代たちが駿河を出て三日目だった。三回目の朝を迎え、順調にいけば今日の日が暮れるまでには大高城に入れそうなところまで来ていた。

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