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第43話 6章 過去の悪夢
仙千代の元服式が、父、成定自らによって執り行なわれた。
前髪を剃り月代姿となった仙千代に、成定が烏帽子をかぶせた。
「諱は成利じゃ。我が高階家の通し字成に、そなたは利発者ゆえ、利発の利で成利じゃ。これからも変わらず精進せよ」
「はっ、まことに良き名を頂き心から御礼を申し上げます。父上のありがたいお言葉を胸に、名に恥じぬようこれからも精進いたします」
静かながらも、堂々と言う月代姿になった仙千代改め、成利の姿は大変凛々しかった。
居並ぶ家臣たちもその凛々しい姿に感嘆の声を漏らす。そして、次は正室を迎へ、お子が出来ればと思った。何しろ、成利には兄弟がいない。故に早くお子をと思うのは、家臣たちの総意でもあった。
中でも、羽島は自分の妹を成利の正室にと望んでいた。羽島家は代々の重臣、妹の年もつり合いが取れている。成定から、それを匂わす話も合った。正式に話が来るのも近いと思っていた。
「兄上、若君様の元服式はいかがでしたか?」
羽島の妹しのが、城から戻った兄に、茶を出しながら尋ねた。
「ああ、中々に良かったぞ。若君様の月代姿も凛々しかった」
「そうですか……」
しのは、仙千代の月代姿を想像して、うっとりとする。さぞや凛々しく、素敵だろうなと。しのにとって、仙千代は憧れの若君だった。何度か、見かけたことはあるが、恥ずかしくて側によることは勿論、直視もできない。いつも、そっと見るだけだった。
「元服が済めば、次はご結婚だ。よいか、わしは若君様の御正室にはそなたをと考えておる」
「えっ! わ、私がですか!」
「何を、そんなに驚く」
いやいや、それは驚くのが当たり前じゃ! 一体兄上は何を言い出すのか! としのは思った。
「若君様が松川に行かれた時は、いずれ御正室は松川の遠戚のお方を迎えられると思っておった。しかし、事情が変わった。家臣のしかるべき所から迎える。そういうことになっているのじゃ。わしは、若さゆえまだ家老ではないが、亡き父上は家老だった。いずれ、わしもなる。つまり、我が家にも十分資格があるのじゃ」
それは、しのにも分かった。我が羽島家は、代々高階家に仕え、亡き父も、祖父も家老だった。高階家の重臣一族と言える。
「それにな、年頃もそなたは十八。若君様の十六につり合いが取れる。ちょうどよい」
この時代の、十八は婚姻するのに遅すぎるくらいの年齢だ。父の急死で、急ぎ家督を継ぎ、妹の結婚どころではなかった、と言うのが本当のところだった。
しのの年を思い、どうしたものかと考えているところに、はたと若君のことに思い至る。これは、僥倖だと思った。しのが嫁に行ってなくて良かった! そう思ったのだ。
羽島は野心的な性格だった。妹が若君に嫁げば、自分は将来の城主の義兄になる。子が出来れば、血のつながった伯父だ。並みの家老以上に実権を握る事が出来る。
「私の方が年上ですが……」
「二歳の年の差など、なんでもないことじゃ」
それはそうかもしれないが、憧れの若君様の御正室が自分などと、考えられない。
「よいかしの、そう遠くないうちに、この話は絶対に出る。その時のためにも、そなたは身を慎み、心構えを持たねばならぬぞ」
兄にそう言われれば、否と言うことはできない。父を亡くして以来、頼りになるのはこの兄だけだった。母は既に亡くなっていた。しのには、親代わりの兄だった。
「わかりました。兄上のお言葉、胸に刻みます」
しのの返事に、羽島は満足げに頷いた。
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