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第46話 7章 大高城主
「父上!」
呼びながら、成定の部屋に入ると、侍医と小姓が側にいて、重臣達も周りに控えていた。皆一様に心配顔だった。
成利は、横たわった父の側により、再び声を掛ける。
「父上、成利でございます。大丈夫にございますか?」
成定は眠っているのか反応がなかったので、成利は父の手を取り、優しく撫でながら侍医を見る。侍医は暗い顔を僅かに横へ降る。
それで、成利は父の具合が、思いの外悪いことを知るが、受け入れることはできない。父をこのまま逝かせるわけにはいかない。
「そなた、侍医として最善を尽くせ! どんなことをしても、父上が恢復なさるように、よいか!」
力なく頷く侍医に、周囲には暗雲が漂う。その時、成定が成利の掌を握り返した。
「父上! お目覚めになられましたか! 成利でございます!」
成定は、ゆっくりと目を開けた。
「父上! 成利でございます。おわかりになりますか……」
「ああ、成利か……どうやらお迎えが来たようじゃの……」
「ち、父上! そのような気弱なことをおっしゃってはなりませぬ!」
「自分の寿命は自分で分かる。この乱世の世に、畳の上で最期を迎えるとはのう……」
武門の者にとって、戦場での最期は望むところでもあった。義定のように油断したところを討たれるのは、恥だが戦いの中での死は、誉れでもあるのだ。
成定は、こうして静かに迎える己の最期をさだめと受け止めていた。
最期に、最期だからこそ、成利の重荷を除いてやりたい。
「仙千代……」
成定は、幼名で呼んだ。
「そなたには、すまぬことをした……どうかこの父を許してくれ」
「父上! どうか、どうかそのようなことを、おっしゃってはなりません……成利は、仙千代は父上に……父上に……」
成利の眼には涙が溢れた。なかなか言葉にならない。
「私のほうこそ、父上には申し訳ない思いで一杯でございます。不甲斐ない私を、どうかお許しください」
成利は泣いた。母の時もそうだった。どうして自分は、こんなにも親不孝なんだ。情けなさに、身が震える。
成定には、そんな我が子が、哀れだった。もう良いのだと、重荷を除いてやりたい。それが、父としての最後の務めだと思えた。
「全ては、わしの見極めの甘さが招いたこと。そなたに罪はない。これからの高階の行く末は、そなたが決めることじゃ。それが最善だと思うておる」
「父上……」
「よいな、そなたが思う道を行くのじゃ。それが高階家の行く道じゃ」
父の言葉が、身に染みて成利は泣いた。涙が止まらない。父は、もう成利に世継ぎが出来ないことを見越しているのだ。それでいて、これからの高階家の行く末を、己にゆだねてくれた。それが、嬉しく同時に申し訳なさで一杯になる。
「成利、後を頼む」
泣く成利を励ますように言った言葉が、大高城主高階成定の最後の言葉になった。
「父上ーっ! 父、父上ーっ」
成利は、父の胸に縋り付くように泣いた。
成定の死後、高階家の家督を継ぎ、大高城主になった成利は、未だ二十七歳の若き城主であった。
乱世の世の若さは、常に危難と背中合わせだった。鵜の目鷹の目で経験の無さを付け込まれるのだった。
しかも。それは何も外敵だけのことではなく、身内の、家臣に対しても気を許すことはできない。それが、乱世の世の習い。
それは、義定討死後に、松川家を継いだ義政がよく現していた。
若い力のない城主は、外敵は勿論、家臣からも侮られる。
己が、同じ轍を踏むわけにはいかない。
成利は義政の姿を思い、自身も心してかからねば、家を守れないと、常に緊張をもっていた。
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