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第48話 7章 大高城主
三郎は、成利の怒りの表情で、おおよそのことを察した。このところの、家老はじめ重臣達の動きは把握していた。常に目を張り巡らして、情報を得ることを怠らなかった。
羽島の動きも、おおよそ把握していた。
危惧すべきは、羽島が徐々に多数派を形成していることだった。筆頭家老の柴田も引きずられるような、様相になっている。
三郎は、かなり警戒していた。
城主成利の側近中の側近を自負しているが、それは己が権力を振るうためではなく、成利の利を一番に考えていた。
「竹原の件ですか」
「そなた、知っておったのか」
知ってたら言えよ! と思ったが、言わずにいたのは三郎の考えあってのことだろうと思い直した。
成利の三郎への信頼も、大きく深かった。物心ついた時には側にいた。以来常に三郎は側にいた。あの苦難の地獄の時も三郎は側にいた。今この城で、あの時を知るのは三郎だけだ。
成利は、佑三を思い出した。あの別れの時、佑三は時を置かず、この城を訊ねてくれると思っていた。しかし、今に至るまで佑三が、ここを訪れることはなかった。
気付けば、十二年が過ぎて居る。
どうしているのだろう……実際生きているかも分からない。戦乱の世、どこで命を落としてもおかしくない。死んでしまったから、来ないのか……しかし、死んだとは思えなかった。あの佑さんが、簡単に死んだりするものか、と思う。
なんの根拠もないが、佑三は必ず生きていると、成利は思っている。
しかしならば、なぜ来ない? 佑さん……。
あの最後に握った手……どうしてあの時、わしは離したのか……。離してはいけなかったものを……。
佑さん、早く来てくれないと、わしはもう佑さんの手の温もり忘れてしまうぞ……。
別れて十二年。何度も、姿の見えない佑三に、成利は問い掛けた。しかし、答えを得ることはなかった。
「殿……?」
佑三へ思いを馳せていた成利は、三郎の問いかけで我に返った。
「ああ、そなた……ゆ……」
「えっ、なんでございますか?」
三郎に、佑三のことを聞こうと口まで出かかったが、思いとどまる。
三郎は、どう思っているのか? 一度も聞いたことはないし、三郎からもその話は出ない。
三郎も、知らないよな……知ってたら何か言うはずだと思う。
佑三のことは、触れないでおこうという、暗黙の了解のようなものを成利は感じていた。
「ああ、竹原の件は、断るように言っておいた。当然じゃろ」
「はい、それがよろしいかと」
「竹原のこと、羽島が先導に立っているのか? 柴田らも同調しているのか?」
「羽島殿が強力に進めております。柴田殿は始め懐疑的で、むしろ反対の立場でしたが、今や引きずられたようになっております」
「あれは、押しが強いからの……」
そう言えば、我の正室に妹をと言う話の時も、かなりの押しの強さであった。余りのしつこさに辟易したことを、成利は思い出す。
亡き成定も、それには閉口して、話を白紙にした。成利の事情もあったが、羽島の押しの強さが仇になった部分も大きかった。
良くない兆候だと成利は思った。羽島のような男に主導権を握られると、家中が振り回されるのは必定。それを、成利は強く懸念する。
しかも、羽島は押しが強いだけでなく、自分の策に酔うところがあると、成利は見ていた。こういう男が主導権を握ると、家が滅びるとの危機感もある。
「三郎、羽島の動き注視しろ。あれの好き放題に動かれるわけにはいかんからな」
「はっ、心得ております。お任せください。殿にはどうか心安らかにお過ごしください」
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