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第49話 7章 大高城主

   三郎にとっても、言われるまでもないことだった。羽島の動きに強い疑念を抱いていた。今のところ、謀反までは、さすがに考えてはいないようだった。しかし、それはあくまで『今のところは』であった。  野心に溢れた人間が、主家に叛意を露わにすることは、この乱世の次代、珍しいことではない。壮年の家臣が、若い主君に対して思うが儘ふるまうこともよくある事だった。  筆頭家老の柴田をはじめ、高階家の重臣には、際立った個性の者はいない。上品で淡泊、裏を返せば押しに弱く流されやすい。羽島のような人間が台頭する土壌があると言えた。  羽島の好きにはさせない。殿は、己が守る!   命を掛けてでも守る存在が、三郎にとって主君成利だった。常に苦楽を共にしてきた主だった。主が身を震わせ忍び泣く姿も見てきた。成利の涙を知っているのは、今この城に自分しかいない。  つまり、自分以上に成利を知っている者はいないということだ。  三郎にとっては、成利の喜びは己の喜び。悲しみは、それ以上に己の悲しみだった。  他の家臣にはない、強い思いが三郎にはあった。そして、強い絆もあると自負している。  羽島やその追従たちが、成利のことを、女を抱けないなど、男じゃないと揶揄しているのも知っている。そこまでは無くても、女を近づけない成利に対しての中傷は様々あるのも知っていた。  その全てに対して、時に三郎は身体を張って、成利を守ってきた。成利を守られるのは自分だけだ。  かっては、もう一人いた。ある意味、自分以上に成利を守り切れる人がいた。  しかし、今その人はいなかった。その喪失は、深くそして大きい。  三郎も、佑三の訪れを待っていた。待ちわびていた。別れた時は、まさかここまで現れないとは、思いもしなかった。だから、あんなにもあっさりと別れてしまった。もう少し、強く引き止めるか、せめて行き先を聞いておくべきだったと、自分の迂闊さを強く後悔した。  一年が過ぎた頃から、ひょっとしてどこかで命を落としたのか? と思うようになった。何せこの戦乱の世だ。人が、命を落とすきっかけは、山ほどある。  三郎は、成利と違い、佑三は命を落とした可能性が強いと思っている。なぜなら、あれほど強く成利を思っていた佑三が、来ないのはそれしか考えられないとの思いだ。  生きているなら、必ず来るはずだと思いからだ。  松川での三年、側で見ていて、佑三の成利への思いは本物だった。それを否定することはできない。真摯で、滅私的な愛だった。  自分も、成利を命かけても守る気概はある。だが、その自分から見ても、佑三の成利への思いはそれ以上のものに思えた。  故に、佑三がいれば安心できた。佑さんがいれば大丈夫だと。  三郎にとっても、佑三の喪失は大きく深い。この十二年忘れたことはなかった。  しかし、成利には佑三のことを話題にすることはできなかった。  おそらく、いや確実に自分以上に、佑三を待ち焦がれる成利に対して、佑三の話は出来なかった。  口には出さないが、成利の佑三への思いも強い。自分にさえ肌を見せるのを厭うのに、佑三には全く平気だったことからも分かる。  幼い時から側にいる己以上の、信頼感を成利は佑三に対して持っていた。  全てを、体ごと預けても大丈夫だと思える信頼感だ。  それは、最初嫉妬を感じるほどであった。しかし、それはいつしか己も佑三を頼ることで、消えていった。 『佑さんどこにいるのじゃ。早う来て、殿を守ってくださらんか。そなたがいないから、わし一人でお守りしているが……助けて下さらんか』  三郎は、心の中で姿の見えぬ佑三に語りかけた。

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