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第50話 8章 城落ちる
「義兄上、高階はなんと言ってきましたか?」
「ああ、生意気にも断ってきたぞ。羽島も不甲斐ないのー。外堀を埋めたから大丈夫じゃと言うておって」
「高階の大勢は、竹原家との同盟に傾いていると」
「そうじゃ、だから外堀を埋めたと」
「義兄上、高階は同盟云々で断りを入れたわけではないかと」
「わしの遠戚に連なるのが嫌じゃというのか!」
「そうではありません。落ち着いてください。仙千代、高階成利は、女を娶ることができないのだろうと」
「はあっ? どういうことじゃ?」
呆けたような顔に、疑問を露わにする竹原信秀に、松川義政は内緒話を話すように、小さな声で言う。
「あれは、女が抱けないのです」
「なんと! 男じゃないと言うのか! それはまことか?」
「はい、おそらく間違いございません。それを証拠に未だ、正室はおろか側室も、一人もおりません」
「今おらぬのは分かる。じゃからわしの遠縁の娘をやるという話になったのじゃ。しかし、今までもおらなんだのか?」
「はい、そうでございます。一度もおったためしがございません」
「……そなた、なんぞ知っておるのか? なんぞありそうじゃの」
「実は、あれが駿河にいる頃、某が可愛がっておりました。いや、決してお福をないがしろにしたわけでは……」
「そのようなこと分かっておる。側室じゃとお福も悋気をおこすじゃろうが、寵童を侍らすのは武門の嗜みじゃろ。じゃがな、それも寵童が元服するまで。元服したら、女を知り妻を娶るじゃろ」
「それが、未だ独り身ということは、抱かれる喜びが忘れられないのだと。あれは、男じゃなく、女なのです」
義政が、下卑た笑いを浮かべると、信秀もほくそ笑む。
「そなたが、そう仕込んだのじゃろ。おぬしも悪じゃの。じゃが、そうだったら十年以上も空閨をかこっているのか。可哀そうなことじゃな。そなた再び抱いてやりたいのか?」
「できれば……空閨をかこちどう熟れているのか、ふふっ……義兄上もいかがですか?」
「三十近い男をの……」
「ですが駿河にいた頃は、まさに白皙の美少年でした。羽島によれば、未だ美少年の面影を残していると。女を知らぬ故、男になりきれないのでしょう」
「ほーっ、白皙の美少年な……なるほど……趣向が変わって面白いやもしれぬなあ……」
信秀は、側室は勿論、寵童も数多いる荒淫の人なのだ。いくら、美少年だったといえ、元服後の男がそそるのかとも思うが、新たな刺激を欲したい気持ちもある。気に入らなければ、捨て置けばいいだけだと考える。
「で、どうするのじゃ。なんぞ方策はあるのか?」
「竹原家との縁組を断ったことで、義兄上が激怒したことにしましょう」
「実際わしは、怒っているぞ」
「当然でございます。竹原家に対して失礼千万。直ちに攻め滅ぼすと言ってやりましょう。で、回避するためには、城主自ら人質になり、恭順の意を示せと言ってやるのでございます」
「なるほど。しかし、さすがに城主自らが人質に来るかの」
「そこは、羽島が上手く立ち回るかと。奴には、成利が駿河に行った後の城代にしてやると言えばよろしいかと」
「そうじゃな、どうせ大高城は先鋒の備えじゃからの。そのまま羽島が城代でよいぞ。じゃが、津田に援軍要請するのじゃないか。いまだ同盟を維持しておろう」
「津田は今、西への攻勢で手一杯のはず。とても大高城どころじゃないはずでございます」
「確かにそうじゃな。まあ、だから揺さぶってやったのじゃからな。後はそなたに任せる。身柄は駿河が良いな。わしが駿河まで出向こうぞ」
「承知仕りました。その折には、ぜひ我が城においでください。義兄上がいらっしゃれば、お福も喜びますでしょう」
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