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第68話 11章 四国へ出陣
久世は、慌ただしく準備を整え四国へ出陣した。
立派な甲冑姿の久世は、凛々しく大軍の大将に相応しい威厳も備えていた。
「それでは仙殿、行ってくる故、後を頼む」
そう微笑んで言う久世は、言葉に表せないほど魅力的だ。成利は、偉丈夫なその姿に暫し魅入った後、我に返る。
「道中お気を付けて、ご武運をお祈り申し上げております」
そう言って、居残る家臣達に交じり見送った成利は、胸が高鳴った。しかし同時に、残された淋しさに囚われる。
しかし、このまま寂しがっていては、自分は子供と同じじゃないか。後を託されたのだ。しっかりせねばと、己を𠮟咤した。
昨晩、内政面を見ると請け負った成利に、久世は、これで安心して四国へ行けると喜んだ。
久世にとって、内政は、城持ちになってからの懸案だった。
戦では、皆優れた働きをする。そのおかげで、ここまで上がってこれた。しかし、内政はさっぱりだった。というか、城持ちになるまで、さして必要性も感じなかった。
が、やはり城持ちになれば、そう言った実務が出来る人材は必須だった。特に、家計はどんぶり勘定である自覚がある。さすがに、なんとかせねばと思っていた。
それを、成利が請け負ってくれれば、こんなに嬉しいことはない。成利にだったら、全て任せられるという、信頼があった。
早速に、今まで奥向きの采配をしていた古賀と、経理を担当する木村にその旨を告げる。
今後は、成利が内政全般を仕切るので、その指示に従うようにと。
二人がどう思っているのかは、分からないが、表面上では承知の意で平伏したので、そのままに受け止めた。
もしかしたら、突然現れた成利に従うことへ、不満があるのかは分からない。しかし、二人とも長年の家臣ではない。新しい家臣だから、大丈夫だと、この時の成利は考えた。
羽島の時もそうだったが、人の悪意に疎いのが成利という人だった。
古賀は、久世の指示に特段不満は感じなかった。奥向きの采配と言っても、久世には正室も、側室もいない。加えて、主要な家臣は戦に出ている。城に残っているのは、ほとんどが下働きで、武士と言えるものは少ない。その中で筆頭と言っても、たかだか知れていて、家老の身分にあるわけでもない。
むしろ、成利が仕切ってくれるならば、その方が気も楽だとも思ったくらいだ。
しかし、木村は違っていた。久世に自覚があるように、どんぶり勘定にこそ、木村の狙いはあった。
どんぶり勘定に乗じて、相当の金銭を着服していた。その旨味が、成利の登場でなくなる。全く我慢ならないと思うのだった。
木村は、最初は成利の出方を見た。この家計の杜撰さを見抜くのかと。
成利は、ほどなくして家計管理の杜撰さを見抜いた。仮にも、城主として城の経営に携わって来た成利には、当然のことではあった。
「帳簿付けが、あまりに杜撰なのだ。木村殿の故意か、単に知識がないのかは分からぬが」
成利は、三郎にも疑問の帳簿を見せる。それは、三郎が見ても問題のあるものだった。
「これは、根本的に正さねばなりませんな。久世様が言う通り、内政の人材がいないとは、確かなことに思えますな」
問題は、これをどう正すかだった。
久世が、四国へ行く際に、木村には自分に従うように言い置いていた。だから、これまでのやり方は間違っている。正しきを教え、そうさせるのは間違っていないし、そうするべきと思う。
しかし、木村は自分の家臣ではない。自分も、久世の家臣ではないため、木村の上役とも言えない。
成利の立場は微妙なものだ。そこに、成利は躊躇した。
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