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第70話 11章 四国へ出陣

 一瞬の出来事で、成利は訳が分からず呆然とする。 「ごめんね。びっくりしたよね」  降って来たのは、女だった。成利よりは少し年上だろうか。 「私は、葉月っていうの。久世の殿の命令で、あんたに危険が及ばないように見張ってた。そしたら、こいつが変なことに及ぼうとしたから。こいつ、あんたの書状も抜き取っていたよ」  その言葉で、成利には大体のことが理解できた。  帳簿の杜撰さは、木村の故意だったということ。その露見を恐れて自分に危害を加えようとしたということだと。  それにしても、この女、細作だよな。細作に私のことを……。  葉月と名乗った細作は、成利の疑問を知ったのか、知らないのか、続けて言う。 「あたしのような者まで使って、殿はあんたのこと心配なんだよ。絶対に危害を加えられないってね。実際良かったよ。こいつ、ほんと悪人だから。まあ、この機会に悪人退治できたのも、良かったよね」 「男の身で、守ってもらい、情けないが、かたじけない。礼を言う」 「礼なんていらない。だって、あんたに責任はないよ。こういう悪事を働く奴に関わっちまったのは災難だよ」  明るく言う葉月に、成利の心は少し軽くなる。しかし、この始末が問題だ。どうしたらよいのだ。久世の家臣の処罰に自分の権限はない。気が重くなりながら、蔵の外へ出た成利に、三郎が、慌てた様子で近づいてきた。 「殿! 結城様が帰還されました。今、本丸の正門におられます」 「結城様が!」  結城晴康は、久世の重臣だ。久世が津田に仕え始めた頃からの家臣で、久世家では最古参の家臣で、筆頭家老だ。  久世が、四国を離れた際に、四国へ残り、大将代理を務めた人物。その結城が何故帰還したのだ?  疑問を胸に、成利は、結城がいるという本丸の正門へ急いだ。 「殿、あの先頭におられるのが結城様です」  聞かぬでも分かるくらい、一際立派な甲冑姿の武将が、結城だった。  成利は、足早に近づき礼をする。 「あなた様が結城様でいらっしゃいますか? 私、高階成利にございます」 「おおっ! これは高階様、わざわざのご足労かたじけない。拙者が結城晴康でございます」  結城は、四国に布陣しているはずなのに、なぜここに? と言う成利の疑問に、自ら先んじて答える。 「実はお恥ずかしいことですが、家中に不穏な動きを察して、急遽殿のご命令で、拙者が戻った次第です」 「不穏な動き?」 「木村です」  ああ、なるほどそういうことか。その木村は、細作に首を討たれて、気を失っている。と、思ったら、葉月もやってきて、結城に事の経緯を話した。  その後は結城が、てきぱきと事の処理を命じていく。成利は、その様子に感心する。さすがは、久世家の筆頭家老だ。 「高階様に、危害なくまことに幸いでした。もしなんぞあれば、拙者が、殿からお前を遣わしたかいがないと、叱責されるところでした」 「そのような、結城様にはご足労おかけし申し訳ございません」 「高階様には責任は全くございません。これは、我が家中の問題です。この機会に、獅子身中の虫を、退治出来て良かったと思っております」

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