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第73話 11章 四国へ出陣
「これは、また見事な干柿ですな」
古賀が、近隣の豪農から奉納されたと、初物の干柿を持ってきた。
「今年初めて出来た物のようで、とても良い出来だからと納めにきました」
「そうでしたか。干柿は久世様の好物ですな」
「そうなのでございますか?」
「ご存じない? 私はそう記憶しております。三郎、そなた覚えておるか?」
「はい、私もそう記憶しております。干柿はたいそうお好きだと」
駿河にいる頃、成利に実家から毎年必ず干柿が届いた。それを、久世にもお裾分けすると、いつも喜んで食べていた。干柿は、好物なんだろうと思っていた。
「そうでございましたか。それでは、これは殿への陣中見舞いに、四国へ届けましょうか?」
こうして、今年の初物の干柿は、陣中見舞いとして届けられた。成利の書状を添えて。
「殿、城の高階様より書状と、陣中見舞いが届いております」
「何! 仙殿から!」
力丸から、奪い取るようにして、中身を確認する。
「これは、干柿ではないか! おおっ! 仙殿……覚えておったのか……」
書状を読みながら、表情が満面の笑顔になる。そして。早速一つ取り食べるのだった。
「これは美味いな! こんな美味い干柿は久しぶりじゃ!」
子供のようにはしゃぐ主を、力丸は半ば呆れるような思いで見る。全く、高階様のことになると、激怒したり、喜んだりと喜怒哀楽が激しい。
それだけ高階様に対する思いが深いのだろう。二人の間に過去何があったのかは、いまだ分からない。
しかし、何か深い情の通い合いのようなものがあったとは、察せられる。少なくとも殿の方には、と力丸は思った。
「殿、朝行様よりの書状でございます」
「朝行様から……」
読み始めた久世の顔がみるみるうちに曇っていく。
「くそっ! 松川めーっ――許さんぞ!」
力丸は、松川に一体何が? と思った。しかし久世は、それ以上は何も言わず、命じられることも無かったので知ることはできなかった。
四国の情勢は佳境に差し掛かっていた。
敵が、降伏を申し出ていた。それを、どのような条件でどこまで許し、その後の体制をどうするのか。後は、朝頼の判断を仰ぐところまできてきた。
秋は深まっていたが、年末までにはまだ間がある。
久世は、年内には必ず片を付けると約したことを、果たすことが出来ることに安堵していた。そして、何より城に戻れる喜びは、格別な事だ。
「殿、久世様よりの書状でございます」
受け取った成利は、早速読み始める。その顔には、みるみるうちに喜びが灯る。
「おおっ! お戻りになられるぞ! 四国平定間違いないそうじゃ。後は、上様のご判断を直接仰ぐために、ご帰還されると。これはめでたい!」
「それはようございました! さすが、久世様でございますな。年内でとのお約束、見事果たされますな!」
「信じてはおったが、全くお見事じゃ! そうじゃ! のんびりはしておられん。お出迎いの準備をせねばな。勝ち戦で凱旋されるのじゃから、華々しゅうお出迎いせねばな」
城の中は、勝ち戦の報に沸き、その後は出迎えの準備に慌ただしく動き始めた。
久世が、率いる軍団と共に、城へ凱旋した。
先頭の久世は、二万の大軍を率いるのに相応しく、実に堂々たる姿だ。
出迎えた成利は、その勇壮な姿に感激し、胸が熱くなる。
「ご無事のご帰還、そして何より見事な勝ち戦、誠に喜ばしく、心から御悦び申し上げます」
内なる高揚感で、幾分声が上ずり、頬がほんのりと染まっている。久世は、成利の手を取り、強く握る。
「うむ、出迎え、大儀じゃな。仙殿も元気そうじゃな」
「おかげさまで、恙なく過ごしておりました」
成利は、握られた手の温もりに、心からの安堵を覚える。
この手だ。この手が我の心の安寧。もう離したくはない。
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