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第74話  12章 春遠き、春近き

 勝ち戦での凱旋。城中が喜びに踊った。まさに踊ったといっていい賑わいだった。  今日は無礼講だと、皆、大いに飲み、食べた。そして、歌い踊る者も多数。  日頃物静かな成利も、かなり笑って過ごした。ここ森崎城に来て、こんなに笑ったのは初めてだった。それくらい、楽しく過ごした。  翌日久世は、疲れも見せず朝頼に報告のため、安土へ赴いた。   「さすが久世様、疲れの無いご様子でございましたな」 「ほんに、丈夫なお方じゃ。昨日は、かなり遅うまで起きておられたが、けろりとしたご様子で、安土へ行かれた」  成利と三郎の主従は、久世をはじめとした、久世家中の元気さに、改めて驚かされた。  殿が、そうだから、配下もそうなのか。皆、呆れるほど活力が溢れている。新興でここまで大きくなった所以かと、つくづく実感させられた。  美濃の名家であった頃の、久世の家風がどうであったかは、知らない。しかし、今の久世の家風は、間違いなく佑三の、久世長澄の家風だと思えた。  よくここまで、短期間でこれだけのものを作り上げたと、改めて成利は、久世に感服する思いを持つのだった。  安土から戻った久世は、話があると、成利を呼んだ。   「仙殿、わしが今から話すこと、落ち着いて聞いて欲しい」  成利は、その前置きに、不安な気持ちになる。何ぞ悪い知らせなのか? そんな成利の手を取り、静かに久世は言った。 「実はの、大高城は落城した」 「えっ……」  絶句した。すぐには意味がつかめない。 「ら、落城……ど、どうして」 「松川に落とされたのじゃ」 「ま、松川に……で、でも……羽島は、わ、わしに叛き、松川に付いたと」 「詳しい経緯までは、分からんが、おそらく最初から、嵌められたのじゃろうな」 「し、城はどうなったのでございますか」 「焼失したようじゃ。これも想像じゃが、羽島も嵌められて、大人しく城を渡すより、城を道連れにしたのかもしれん。馬鹿な奴じゃ、松川の甘言に乗って謀反など起こさなければな」  そうなのだ。最初からそれが分かっていたなら、久世が援軍に来てくれたのだから、大高城は無事に持ちこたえられた。羽島が、いらぬ野心を起こしたばかりに、この結果になったのは、明かだ。  成利は、余りの衝撃に、青ざめたまま声も出ない。部屋の隅で控える三郎も、それは同じだった。  成利は、涙が溢れそうになるのを懸命にこらえて、北の丸に戻った。今は、一人になりたかった。  久世は、そんな成利を追いかけて、胸を貸したかった。成利が泣くのは、分かっている。己の胸で思いっきり泣いて欲しいと思う。しかし、今は一人にしてやったがほうがいいだろうと、自分の気持ちを抑えた。  城から落ちても、その城は存在していた。もはやなんの力もない己が、城主として、返り咲けるほど、甘い世とは思ってはいなかった。しかし例え、城主として返り咲けなくても、城さえ存在していればと、思っていた。  大高城は、成利にとって、命とも思える、かけがえのない存在なのだ。  その城が、焼失した。もうどこにも無い……。  成利は、城と共に討死した、かつての家臣達を思った。哀れだ……積極的に己に叛意を示したのは、羽島だけだったと思う。ある意味、他の家臣達は、羽島の野心に翻弄され、道連れにされたも同然だ。  結局は、己が城主として不甲斐ないばかりに、数多の家臣達を、死なせてしまった。  城と、家臣たちの顔が浮かぶ。そして亡くなった両親の顔も……最期に託された城と、高階家の行く末。それを守れなかった。申し訳ない。成利は一人、声を押し殺して泣いた。  

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