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第78話 12章 春遠き、春近き

「高階様、山城屋が来ておりますので、どうぞいらしてください」 「山城屋?」 「反物を商う者でございます。殿の正月用の誂えのための物を持参したようです。殿が、高階様もご覧になるようにと、お呼びになっておられます」  成利は、古賀の案内で、出向いて行くと、既に久世も来ていた。山城屋は、馴染みの商人のようで、親し気に話している。 「おおっ、仙! そなたも一緒に見るといい」  広い部屋に、所狭しと沢山の反物が広げられていた。久世は、その中の、明るい色合いの物を取る。 「これなど、仙、そなたにいいのではないか」  えっ、わしに! 少し、いやかなり派手過ぎると思うが……。 「さすがは久世様! お目が高うございますな。これは、辻が花の最高級品でございます。こちらの高階様でございますか? まさにぴったりでございますな! ようお似合いでございます!」  山城屋が、反物を成利に合わせながら言うと、久世は満面の笑顔になる。 「おおっ! よう似合っている。さすが仙じゃ。これだけの高級織物が引き立て役になっておるぞ!」  山城屋は、さすがはやり手の商人だった。高階成利が、久世の特別な人であると、即座に見抜いた。そのため、成利に似合いそうな物ばかり勧めてくる。久世が、それを喜ぶからだ。そのために、成利の物ばかりが、次々と決まる。成利は、あっけにとられていたが、さすがにこれ以上はと思った。 「あ、あの私の物はもう十分でございます。それより、殿の御召し物を決めなくては」 「ああ、そうじゃった。安土に新年のご挨拶に出向くための物を決めねばならんかった」  そうでしたとばかりに、山城屋が「これなど、いかがでございますでしょうか?」と勧める。落ち着いた色合いながら、豪華さのある物だ。 「そうですな、とてもお似合いでございます。とても威厳を感じられて。しかし、上様にご拝謁なさるには、家臣の分を感じられる物の方が良いかと。これは、新年家臣の挨拶受けられる時に、お召になられると良いかと」 「さすが仙じゃな。ようわきまえておる。わしと違い、由緒正しい出じゃからな」 「お聞きしなくても、察せられるますな。お顔に気品が溢れておりますから」  久世が、我が事のように自慢気に言うと、山城屋がおもねるように応えるので、益々久世の機嫌がよくなる。その繰り返しだった。  山城屋が、山ほどの成果をものにして引き払った時、成利は、半ば呆然としていた。嵐が過ぎ去った後のような心境だった。  そして、家臣達にとっては、益々高階成利は、殿の特別なお方という認識が強まることになった。  いつしか北の丸に御座す方は、男性ながら北の方、つまり正室同然のお方との、認識になっていく。  新しい年を迎えた。  本丸大広間の上段で、家臣に新年の訓示を述べ、家臣達の挨拶を受ける久世は、威厳に溢れていた。  最初、下座に控えようとした成利を、筆頭家老の結城が、上座に誘った。固辞しようとする成利を、「殿のご命令です」と半ば強引にだった。  落ち着かない気持ちで、座に付いた成利だったが、久世の姿には陶然とした。威風堂々としたその姿は、まぎれもなく大身の大名のそれだった。  駿河にいた時の佑三は、優しく頼れる人だった。兄のいない仙千代には、兄のような人でもあり、全てを任せられ。  湯殿の世話もしてもらい、体の隅々まで晒すことに抵抗感は全くなかった。全幅の信頼をおいていたことに間違いはない。  十三年後再会した時、その変貌ぶりに驚いた。佑三は、遥か仰ぎ見る大身の大名になっていた。  しかし、中身は確かに佑三だった。佑三なのだが、頼れる兄は、威厳ある人として、今ここに居る。自分の主として。  久世は、新年の第一声で、今年先ずは、駿河、甲斐討伐。その後は小田原討伐。そこまで行くと、残るは九州と東北。津田の天下統一は目前だと。  小田原以降は、その後の情勢次第になるが、駿河、甲斐討伐は、我が久世家が名乗り出るつもりでおる。それ故、家臣一同心しておくようにと。  力強く述べた久世に、家臣一同、力強い諾の返答だった。  四国平定に続いて、功を上げれば、津田家中において、久世の名は益々上がることになる。家臣達の身内も力がみなぎっていた。 「仙千代様、いよいよでございますな」 「ああ、そうだな」  この二人の心が、他の家臣達とは若干違うものがあるのは、ある意味当然と言えた。 「東への侵攻は、朝行様が総大将と伺っておりましたが、殿はどのようなお役目になるのでしょうか」 「先陣命じられるのは、朝行様配下のお若い方々だろうからな。朝行様もいまだお若い故、殿が補佐なさるのやもしれぬな」    朝行は、津田家の嫡男として、別格的存在ではある。その朝行が率いる討伐軍に、歴とした軍団長の久世が、どのように参加するのか。  全ては、朝頼の命令次第。最悪、久世が望んでも許されない可能性もある。  しかし、成利は久世に松川の首を討って欲しかった。それでなくては、過去の呪縛からの解放は無いと思うのだった。

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