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第80話 13章 松川滅亡

「殿、松川様はなんと?」  竹原家の軍師中垣が、竹原信秀に聞く。 「ああ、援軍の要請じゃ。だから大高城を、落城させるからじゃ。あそこがあれば砦になり、かなり持ちこたえたものを」  大高城を攻め滅ぼしたのは、松川単独でのことだった。成利を駿河に連れて来なかったことに、義政が激怒して、攻め入ったのだった。  その報を聞いた時竹原は、義政の短慮に呆れる思いを持ったのだった。案の定それが、ここへきて仇になっている。 「そうでございますな、大高城を落城させたのは愚策でございましたな。で、此度は、どうなさいますか?」 「そなた、どう考える?」 「松川が滅びれば、津田に対して我が竹原が最前線ではありますが……」  「今更援軍を送っても焼け石に水じゃぞ」  言いにくそうな中垣の本心を、竹原は察し、先んじて言う。 「私もそのように考えます。今は、その後の津田の侵攻に備えるのが肝要かと」  つまり松川は、見捨てろと言うことだ。松川を助けている余裕はない。それが正直なところだった。中垣が言いにくそうにしたのは、松川には、竹原信秀の妹が、正室として嫁いでいるからだ。松川家の嫡男は、信秀の甥になる。  信秀も、妹や甥への情はある。しかし、それに流されれば、この乱世生き延びることはできない。非情だとは思うが致し方ない。 「まさかここまで早く、津田が東に侵攻するとはなあ……」  竹原は、情勢を見誤ったことを、認めざるを得ない。ぼやぼやしていたら、松川どころが、こちらまで危ない情勢だ。 「では、お返事はお出しになりますか?」 「いや、のらりくらりとかわせ。そして、こちらも早急に備えねばならぬ。そちらを急げ!」  同じころ、駿河の松川義政は、きりきりと爪を噛んでいた。津田が大軍を率いて、駿河に向かって侵攻を開始したと知ったからだ。  最初にその報を受け取った時、信じられない思いだった。さすがに、父親の討死の一報を受けた時のように使者を殺しはしなかったが、呆然として何をすべきか、咄嗟の判断ができないのは同じであった。  津田は、東へ侵攻する余力があるのか? 四国も、中国も完全に平定したのか? 頭の中は疑問ばかりだった。  しかし、これは、義政の完全な油断といえた。津田が昨年末までに、四国、続いて中国も配下に置いたことは、知ろうと思えば知れること。否、乱世の大名として、知っておくべきことだった。  おろおろして頼りにならない主を差し置いて、家老達が、国境の砦を固めるべく命令は発した。  そしてようやく義政がしたこと、それが、竹原へ援軍の要請を出すことだった。  あと何をすればいい? 義政は爪を噛みながら考えた。 「殿、砦は固めてはおりますが、何分敵は三万を超える大軍のようで……」 「三万の大軍相手に打って出る馬鹿はおらんだろう。籠城すれば、竹原の兄上も援軍を送って下さるだろう」  亡き義定公が上洛の途に就いたおりは、三万の大軍を率いてのことだった。それが今の松川には、一万の兵力もない。とても三万を超える大軍の敵ではなかった。  この十四年の間に、少なくない家臣達が、義政を見限り出奔していた。櫛の歯が欠けるように。今残っている家臣達も、松川の先に望みはないと思う者の方が多いだろう。  少なくとも、大高城を滅ぼさず、味方に残していたらと思う者は多い。そのことからも、義政の城主としての、求心力は無いにも等しい状態になっていた。

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