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第84話 13章 松川滅亡

 松川義政磔の報は、すぐに森崎城にいる成利へと届けられた。久世は、祐筆でなく、自ら筆を執り書状をしたためた。  久世は、いつも成利への書状は、必ず自ら書いた。そして、それは必ず成利の体を気遣う言葉で始まる。久世の成利への思いの籠ったものだった。  中でも、この義政磔を知らせる書状は、常以上に思いを込めたものになった。義政を討ち果たすことこそ、久世が成利にしてやりたいことの、一番だったからだ。  久世は、十四年願い続けた宿願を成し遂げて、心底安堵した。 「仙千代様、殿からの書状でございます」 「おおっ! 殿から」  早速読み始める。成利は、久世の書状が届くと嬉しくて、自然に顔がほころぶ。久世の書状は、優しさと温かさに満ちていて、不在の寂しさを、暫し癒してくれるのだった。  にこやかに読んでいた成利が、下を向いて泣き出したため、三郎は、驚いた。久世の書状が届いて嬉しさを隠せない成利を、微笑ましく見ていたからだ。  まさか、殿に何か?! 「ど、どうかなさいましたか?」  おろおろと、遠慮がちに聞く。すると、成利が無言のまま書状を差し出した。読めということか? 三郎は戸惑いながらも、受け取って読み始めた。  三郎の目にも涙が溢れる。そうか! 殿が仇を討ってくださった! 殿のことだから、必ずそうなさると、信じてはいた。  しかし、現実にその報が届くと、感慨深い。これで、おそらく仙千代様の呪縛も完全に払しょくする。そう思えた。  しばらく泣いていた成利が、漸く落ち着いたのか顔を上げた。 「三郎、さすが殿じゃな。よう果たしてくださった。ありがたいことじゃの。このような方にお仕えできて、我らは幸せぞ。誠誇らしい」 「はい、私も同じ思いにございます。殿ほどご立派な武将はおりませんぞ」 「早くお会いしたいの……叶わぬことじゃが」  松川の知らせの後に、続けて竹原討伐に向かう。あと少し戻れぬが、恙なく待っていて欲しいと書いて、書状は終わっていた。  自覚があるとは思えぬが、久世への思いを吐露する成利を、三郎は可愛く思った。 「松川が滅びれば、竹原など風前の灯火。殿のことですから、すぐに片が付く事でしょう。お戻りになるのは、すぐでございます」 「そうじゃな……そうであろうとわしも思う」  久世に会いたかった。すぐにでも、あの温かい手を握りたかった。あの手を放して、再び握るまで、十三年かかった。  今から待つのは、一月か、どんなに長くても三月はかからない。しかし、それが待ちきれない思いになっていた。  津田朝行を総大将とした、津田の軍勢は松川を滅ぼした勢いをかって、南に進み甲斐の竹原討伐に向かった。それは、まさに破竹の勢いだった。  竹原の支城は次々と簡単に落ちていく。残るは、甲斐の竹原の居城ただ一つになった。  城主竹原信秀は、己の終わり、竹原家の終焉を知った。彼は、無論義弟松川義政の最期を知っている。義弟のようにはなりたくない。守護大名としての名門である、意地と誇りは残っていた。  竹原信秀は、敵の総大将に使いを送った。城は明け渡す。残った家臣達は助けて欲しい。正室は、小田原に送って欲しい。その条件飲むなら、自分と嫡男は切腹して責任を取る。それが、使いが述べた内容だった。  朝行は、その願い聞き届けようと思ったが、やはり久世に確認を取る。彼は、決断できない男ではない。ただ、久世をないがしろにしたくない思いが、そうさせるのだった。  竹原父子の切腹で、竹原家は滅びた。松川と同じ、室町時代から続く名門の終焉。しかし、松川とは違い、名門らしい誇りを感じさせる終焉ではあった。

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