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第88話 最終章 花綻びて

「仙千代様、仙千代様……」  三郎の声掛けに、仙千代は、はっとする。 「申し訳ございません、眠っておられましたか?」 「ああ、いや大丈夫じゃ、何ぞ用か?」 「殿がお呼びにございます。既にご重臣方、皆さまお集りでございます」  昨日はそれぞれ自分の屋敷に戻り家族と共に過ごした武将たちが、今日改めて登城し戦勝祝いの宴を持つことになっていたのだ。そうだった、準備もせねばならんかったと、仙千代は本丸へと急いだ。  本丸の佑三の部屋へ入ると、結城をはじめとした久世家の重臣が顔を揃えていた。 「遅くなり申し訳ございません」 「ああよいのじゃ、そなたはここへ」  と、佑三が自分の隣を示す。えっ、殿の隣! と思ったが、佑三が再度示すのと、力丸にも促され戸惑いながらもそこへ座る。 「どうだ、体は大丈夫か」と、優しく問われ、仙千代の頬が染まる。仙千代は恥ずかし気に頷いた。 「今日の宴は戦勝祝い、無礼講じゃからな、その前に話がある」  佑三の声掛けに、皆話を聞く姿勢になる。 「ここに居る仙千代、高階仙千代を北の丸に住まわせておるのは、皆承知しておるな。結城、北の丸とは通常どういった場所か知っておるか?」 「はい、通常は城主の北の方、つまり御正室がおわすところかと」 「その通りじゃ、武骨者のそなたも知っておるな。つまり、そういう事じゃ」  つまり、そういう事で皆理解した。仙千代以外は。仙千代だけは、分からず半ばぽかんとしている。 「それでは、呼び方も改めねばなりませんのでは?」 「おおっ! そうじゃな。それではなんと呼ぶが相応しいか?」 「はあ、それは、やはりお方様でしょうか?」 「おおっ! 結城そなた今日はさえわたっておるの! そうじゃ、それが相応しかろう」  二人のやり取りに、他の重臣達は頷いているが、仙千代には訳が分からない。 「それでは、改めましてお方様、今後もよろしゅうお願い申し上げます」  仙千代に向かって結城が言いながら平伏すると、他の重臣達もそれに倣った。ここで、初めて仙千代は驚愕する。  お、お方様とはわしのことか! いや、ちょっ、ちょっと待って! と激しく狼狽する。しかし、皆仙千代の狼狽をよそに部屋を出て行き、佑三と二人残された。 「殿! 今のことは……」 「わしの正室はそなたということじゃ。皆もそれを認め意義がないから、そなたに対して改めて挨拶をした、そういう事じゃ」 「しかし、私は男です。当然子を成すことができません」 「子がいない正室は珍しくない。上様の御正室お香の方様にもお子はおられない。上様のお子は皆様側室腹じゃ」 「殿には未だお世継ぎがおられません。私などがお側におることは」  やはりそうだと、佑三は思った。自分の者になると身を任してはくれた。しかし、仙千代は身を引くことを考えていると思った。だから、先程のことは強引に進めた。佑三の作戦でもあったのだ。 「世継ぎのことは、まだ正式な沙汰はないが、上様の五男の源五様を我が家へお迎えすることになっておるのじゃ。当然久世家嫡男としてだ。故に、わしが子を成す必要はない。むしろ、上様のお子を嫡男として頂くのに、わしの子が出来れば、厄介なことになる。わしに側室はいらんのじゃ。わしには、そなたがおればいい。いや、そなたがいなければならんのじゃ。わしにとって一番必要で、大切なそなたを、正室として遇する、それは当たり前のことではないか」 「しかし、私は男の身……」 「男だの女だのは関係ない。仙、わしはこの城の主じゃぞ。主のわしが決めること、それが全てじゃ。しかも、家臣達も、皆納得しておる。つまり、そなたは正室に相応しいと思っているのじゃ」  もう仙千代には何も言葉がなかった。佑三は、仙千代の、思い煩い、戸惑い、全て取り払ってくれた。これほどの大きい愛があろうか。もう己は、その大きな愛に身も心も委ねていいのだ。あれこれ考えることはやめようと仙千代は思った。  佑三は、仙千代の手を引き、天守まで登って行く。眼下には湖の湖面がきらめいている。夜の湖のような幻想的な美しさとは違った陽光に包まれた姿は、透き通った美しさがある。  佑三は、仙千代を欄干に立たせ、その身を後ろから包み込むように抱く。 「綺麗じゃな、いつ見てもこの眺めは格別じゃ。よいか仙、この城は、わしがそなたのために建てたそなたの城じゃ。そなたは何も心配することはない。わしに全て任せておけばいい。この城とそなたは、わしが命かけて守る」  佑三の温もりが、背中から全身に、そして心にまでいきわたる。仙千代は、佑三の手を握って、大きく頷いた。 「殿が造って下さったこの城で、殿のお側におります。それが私の幸せ、生きる道だと、殿が教え導いてくださいました。私は、幸せ者でございます」  仙千代は、万感胸に迫る思いだった。それは、佑三も同じだった。  昨夜は身を一つにした。そして今、心も一つになった。  思いを一つにした二人を、春の暖かな風が祝福するように包む。その姿は湖面に映り、湖の祝福も受けているようでもあった。 あとがき 『湖畔の城』完結しました。  前半はかなりの鬼畜展開で、主人公の二人ともに、大変不憫で書いている私も辛かったので、読んでくださる方にはなおさらだったと思います。  しかし、そうした地獄の中で生まれる純愛がテーマでしたので、読んでくださった方には感謝しかありません。  後半どころか、最終章になってようやく結ばれた二人。愛の昇華まで書ききることができて、今は安堵しています。  最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。  今後もし可能なら、続編という形で二人のその後が書けたらいいなと思っています。しかしそれは、戦国バカップルBLになりそうです。もし、その機会があれば、また読みに来てくださると、大変嬉しいです。  それでは、皆さまの幸せを願いつつ、心からの感謝を込めて。      梅川 ノン

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