7 / 7
第7話
第二王子妃が人買いに攫われそうになったニュースは瞬く間に王都を駆け巡った。またそれを救出したのが、夫であるキリアン第二王子であった、ということで、二人の美しい恋愛物語として王都では騒がれている。しかし、そんな綺麗なものではないことを当事者であるレナエルはよく知っている。
新聞は読まなくなった。キリアンのことを考えると、自責の念が増してきて、起き上がれなくなるほどに心を消耗してしまう。
頬を張られたことによる少しの腫れと、縛られたところに軽いかすり傷が出来ている。怪我はそれだけなのだが、レナエルは入院を余儀なくされていた。
毎日、通ってくれている兎獣人の侍女が教えてくれたのだが、ルイはすぐに捕まったらしい。国境を越え、隣国に逃れようとしたようだが、国境警備の目をだますことはできなかったようだ。
父が警備体制の穴や、問題のある警備兵や使用人をレナエルの側に置いていたことなどを理由に、朝議で怒り狂っていたことも聞かされた。直接、キリアンにも抗議をしたらしい。
(もう何にも考えたくない……)
父はきっとレナエルが、以前と同じように、太陽祭であるのに外食しようとしたことや、助けようとしてくれたキリアンを傷つけたことなど、何一つ知らないのだろう。
面会謝絶状態にしてあるので、例え父であってもレナエルに会うことはできない。王族に入ったレナエルの方が父よりも立場は上だ。普段はそんなことは一切考えないのだが、今はその身分差があってよかった、と思う。
誰とも会いたくなかった。病院へと通ってくれている兎獣人の侍女だけ、面会を許している。
今日はもう、彼女は帰ってしまった。彼女がいつも花瓶の花を変えてくれている。誰からの贈り物なのかは知らない。芳しい花の香りが少しだけ心を落ち着かせてくれた。
しかし考え事や後悔は尽きない。
(メルゥやルイの人生を僕が奪ったんだ……)
ルイが捕まった今、精神的におかしくなってしまったというメルゥはきちんと生活出来ているのだろうか。
(八年前のことがなかったら……、ルイはこんな計画を考えなかっただろうし、メルゥから弟を奪うような、こんな事件もなかったのかもしれない……)
ルイは進学する予定だった、と言っていた。その機会を奪ったのも八年前の事件が発端だ。
レナエルは寝返りを打つ。身体にかけられたブランケットで顔を覆った。
(しかも……、助けに来てくれたキリアン様の顔に肘を当てるなんて……)
キリアンを傷つけてしまうなんて、自分で自分を殺したくなるぐらい、怒りが湧いてくる。錯乱していたとか、怖くて暴れてしまったとか、そんなことは言い訳にはならないだろう。
好きな人を傷つけてしまうなんて、あってはならないことだ。
唇が震える。全て自分のせいだ、と自責の念が増してきて、涙が出てきた。堪えきれず、小さく嗚咽しながら、身体を丸める。
(もう何もかも嫌だ……、お父様も余計なことしないでよ……! 僕が、僕が全部悪いのに!)
頭を掻きむしる。髪がぐしゃぐしゃになるが、構わなかった。
塞ぎ込んでいると、ドアのノック音が聞こえた。兎獣人の侍女がレナエルを呼んでいる。
何か忘れ物でもあったのだろうか。レナエルは目を乱暴に擦り、涙を拭き取ると、扉を開けた。
「わ……」
「入るぞ」
彼女ではなかった。いつもの侍女は後ろで申し訳なさそうな顔をしている。レナエルの目の前にはキリアンがいて、強引に病室の中へと入ってきた。
キリアンの、こめかみのあたりにガーゼが貼られている。まだ血が滲んでおり、レナエルは思わずそこから視線を逸らした。
「誰とも面会は嫌だって……」
「彼女に無理を言ったのは俺だ。あの侍女を責めるなよ」
そんなこと、言われなくともしない。彼女だって、キリアンに頼まれたら、断れないだろう。
「まだ調子が良くないんだろう? ベッドに入っていろ」
そうは言われても、そのまま言うことを聞くわけにはいかない。
キリアンが病室の扉を閉める。レナエルはキリアンの前に立った。
「僕のせいで……、ご迷惑をおかけして……、父が色々言ったみたいですし、助けてくださったのに怪我までさせてしまって……、ごめんなさい、ごめんなさい……、全部僕が悪いんです」
「迷惑だなんて思っていない。それに錯乱した被害者に逆に襲い掛かられるなんてこともあるから気にするな、怖い思いをしたんだ。あれが普通の反応だ」
慰めの言葉が、今はとても痛く感じる。変に慰めるよりも、詰られたり、叱られたりした方が良い。今のレナエルは自分自身を責めることで自分を保っていた。
「ルイだって……、八年前の事件がなかったらこんなことしなかったんです。僕がメルゥに太陽祭に行きたいなんて言わなかったら……、僕が全ての始まりで、諸悪の根元で……、それにメルゥが……、ルイがいなくなったらメルゥは一人になってしまって」
「あんまり自分を責めるな、そんなことをしても何にもならない」
ぐい、と手を引かれる。レナエルはなす術もなく、キリアンの腕の中に囚われた。
大きく厚みのある胸だ。服の上からでも男らしく筋肉がついていることがわかる。
「メルゥは保護した。今、施設に入れるように調整している。だが、ルイには適切な処罰を受けてもらう。俺の配偶者を誘拐し、人買いに売ろうとしたなんて、極刑にしてやりたいぐらいだが、被害者であるお前の気持ちを裁判で表明してやってほしい。そうすれば情状酌量が認められるはずだ」
レナエルは濃いキリアンの香りを鼻いっぱいに吸い込む。ぽんぽん、とあやすように頭に優しく触れられた。
「それにお前の父親の言うことも、最もだ。仕事のしすぎで、家のことを疎かにしていた。だから後ろ暗い背景を持つ警備兵達や、付き合っている人間に問題のある使用人がいたことを見抜けなかった。お前を蔑ろにしていた結果だ。すまない」
「それは無理やり、自分の意に反して僕と結婚させられたから……、僕がお仕事の邪魔だったからでしょう?」
「初めはそうだった……、やらなければいけないことがたくさんあるのに、結婚なんて、ましてや大貴族のオメガなんて何か裏があるに決まっている、と最初から疑っていた。それもすまない、俺の勘違いだったな」
頬に手を差し伸べられ、上を向かされる。レナエルはキリアンの灰褐色の視線を真正面から受け止めた。
「今回の人買い達の情報も、お前が慰問をして心を開いてくれた子供達が教えてくれたんだ。だから俺はあの場に行くことができた。お前は迷惑なんかじゃない。仕事仕事ばかりの俺に癒しを与えてくれたし、純粋に、ひたむきに自分にできることを頑張るレナエルに、俺はどんどん惹かれていったんだ。本当に感謝している。八年間も一途に想ってくれていてありがとう、とても嬉しい。お前は俺にとっていなくてはならない存在だ」
キリアンの顔が近づいてくる。レナエルが目を閉じると、柔らかな唇がレナエルのそれに触れる。
触れるだけですぐに離れてしまうが、触れられたそこが熱を持ったようにじんじんとする。
レナエルは夢でも見ているのではないか、と疑った。
「手紙で伝えることも考えたが……、やはり俺は自分の言葉で伝えたい」
キリアンはテーブルに飾られていた花瓶から白い百合を一本取り出す。そしてひざまづき、レナエルに捧げた。
「遅くなってすまない、愛している。どうか、自分をこれ以上責めず、俺たちのこれからを共に考えてほしい」
頑なな心が溶かされていくようだ。
キリアンの言うとおりだ。自分を責め、過去を悔いるばかりでは何もなす事も、現状を良くすることもできないだろう。
大切なのは今、どうするか、これからどうしていくかだ。
やってしまったことも、過去も変えられない。だが、未来は考え、行動することによって変えることができる。
あの子供達やルイ、メルゥのような存在をこれから出さないようにするためにレナエルはキリアンと協力して、何かをしたい。
レナエルはまだ熱に痺れている唇から、こぼすように言葉を紡ぐ。
「世間知らずで、また迷惑をかけてしまうかもしれませんが……、それでもキリアン様のことを、貴方のことを愛しても構いませんか? 貴方と様々なことをなしたいです、共に人生を歩みたいです」
「当たり前だ、これからお前と色々なことがしたい、お前を大切にさせてほしい」
レナエルは百合を受け取った。すると、きつく抱きしめられる。レナエルは百合を持っていない方の腕をキリアンの背に手を伸ばし、背中をひし、と抱きしめ返した。
涙がいっぱい溢れてくる。しかし後悔や悲しみの涙ではなく、何か張り詰めていたものが途切れたかのような、安心した暖かい涙であった。
「お前は嬉しくても泣くんだな」
少し屈んだキリアンがレナエルに目線を合わせてくれる。泣くと目が腫れてしまうので、あまりじろじろと見られたくはない。だがこつん、と額を合わされ、キリアンの親指で頬を優しく拭われた。
「帰ったら初夜をやり直そう。俺たちはまずそこからだな……、今度はきちんとやり遂げてみせる」
「……はい」
面と向かって言われると、少し恥ずかしかった。けれど嬉しい。キリアンもレナエルと同じ気持ちになってくれたのだ。
キリアンの言葉にレナエルは小さく頷くが、視線は決して外さない。
大好きなキリアンの真面目で、真摯で、愛に溢れた灰褐色の視線が、レナエルを見つめていたからだ。
四つ、ノック音が部屋に響く。レナエルはそっと扉を開けた。
「レナエル、入れてくれるか?」
「……どうぞ、ようこそいらっしゃいました」
入室したキリアンは真っ白の衣装を身に纏っている。これはアルファ用の初夜服だった。
対するレナエルもオメガ用の初夜服を身に纏っている。以前、用意してもらったものと同じものだ。
レナエルが退院して一週間後、二人は初夜をやり直すことに決めた。
その日が今夜である。天窓から満月がちょうど見えていた。
「わ、キリアン様……」
「いい匂いだ」
扉が閉められると、キリアンに真正面から抱き止められる。
そして、首元に鼻を押し当てられた。息が当たってくすぐったい。
「んっ」
そのまま唇が落とされ、レナエルはわずかに身体を跳ねさせた。
その刺激だけでも、身体の官能的な部分が呼び覚まされてしまう。
「キリアン様……」
けれど経験がなく、何をすれば良いのかわからない。
助けを求めるように、レナエルはキリアンを上目遣いで見つめる。すると顎を掬われ、唇を奪われた。
柔らかな唇と唇が触れ合う。カッと身体が熱くなり、レナエルはキリアンの背中に手を回した。
何度も角度を変えて、軽いキスが繰り返される。初めは緊張で、身体を固まらせていたが、緊張が和らぎ、唇が解けると、キリアンの舌が口内に侵入してくる。
口内にも性感帯があることを、キリアンと唇を合わせてみて、レナエルは初めて知った。
腰をふんばらせていたが、次第に立っていられなくなる。キリアンが腰を支えてくれ、さりげなくベッドの方へと誘導してくれた。
二人はベッドの縁に座り、そこでも唇を交わした。
「は、ふぅ……」
レナエルはキスのやり方なんてわからない。キリアンの舌に合わせるようにして、絡ませていると、息が続かなくなってきた。
しばらくして、キリアンが唇を離す。
「無理しなくて良い。俺が全部やってやる」
「ん、でも、僕も……、キリアン様のこと、気持ちよくしたいから……」
レナエルがキリアンの手を握ると、力強く握り返される。
酸欠でなのか、初めてするキスに酔ってしまったのか、頭がくらくらしてくる。
身体も熱い。何だか変だ。身に覚えのある熱が身体の内側に燻り出す。
「甘い香りがしてきた……、フェロモンだな、発情期に入ったのか?」
「……かもしれません」
思えば、今夜はちょうど発情期の周期直前だった。ちょうどいいタイミングだ。
ゆっくりと柔らかなシーツの上に押し倒され、レナエルは乗り上げてきたキリアンの顔を見上げる。
いつもは薄い色をしている灰褐色の瞳が濃くなっていた。
(あぁ、興奮しているんだ……、キリアン様も)
初めて見る表情にレナエルの心臓がドキドキと跳ねる。
(キリアン様の何もかも欲しい……、この表情も、視線も僕だけに注がれていて欲しい)
繋がれたままの手をぎゅ、と更に握ると、ふっと微笑みかけられた。
「あんまり濡れた瞳で俺を見ないでくれ、今夜はなるべく紳士的に行きたいんだ。発情期であっても、お前を怖がらせたくない」
「紳士的だなんて……、僕は早くキリアン様が欲しい、全部のキリアン様が欲しいです……」
手を伸ばし、キリアンの耳に触れ、頬まで指先を滑らせていく。そして両手で頬を包み込むと、今度は自分から口づけた。
技巧も何もないキスだ。しかし、自分がどれだけキリアンを求めているか、伝えたい。
「……良いんだな?」
唇が離され、低く問いかけられる。レナエルは深く頷いた。
身体はすでにのっぴきならない状態になっている。密着しているキリアンにはわかっているはずだ。
だがこれが発情期に流されての行為ではなく、二人が互いを求め合っているからこその行為だと証明したい。
「早く貴方のものになりたい、キリアン様」
レナエルがそう言うと、キリアンはレナエルの着ている衣装の前を胸元から開いていく。
あらわになったレナエルの鎖骨から腹にかけて、キリアンはキスを落とした。
「あ、あぁ、ん……」
もうどこに触れられても、気持ちいい。大袈裟なくらい腰が跳ね、はしたない真似をしているようで、レナエルは身体をシーツに押し付ける。
前を開かれ、しかも身体は密着させているから、キリアンにはレナエル自身が昂っていることはもうすでにバレているだろう。
決定的な快楽もなく、触れられていないのに、先走りでベタベタに汚しているそこをやんわりと握られ、レナエルは恥ずかしくて、身体中真っ赤にした。
「イっちゃ、いま…、すから……」
「まだ触れただけだぞ」
笑いを含んだ声にまた恥ずかしくなり、耳まで熱を帯び始めた。
ぬちゃぬちゃと恥ずかしい水音を立てながら、レナエル自身が扱かれる。
「ふぅ、あぁ……、あぁっ!」
頭が真っ白になる。自分を抑え切れず、レナエルは思い切り腰を突き出し、キリアンの手の中で果ててしまった。
「あ、あ、ぅあ……」
手を汚してしまったので謝らなければ、と思うが、口も頭も回らない。
他人の手に寄って絶頂へと導かれたのは初めての経験だ。あまりにも深い絶頂だった。レナエルは息を整えることに集中する。
「可愛いな、最高だった」
頬に優しくキスをされ、レナエルはキリアンと目を合わせた。
愛しむように頭を撫でられ、またどきりと心臓が跳ねる。
「今度は俺のことも気持ちよくしてくれ」
「は、はい……、もちろん、です!」
キリアンが何をしたがっているかぐらい言われなくともわかっていた。もちろん、レナエルに拒む気はない。
恥ずかしながら、キリアンが部屋に来る前から、レナエルのそこは期待で潤んでいたからだ。
キリアンが触れやすいよう、レナエルは合わせていた膝を開け、何もかも曝け出した。
「そんなに震えないでくれ」
「は、恥ずかしくて……。でも、嫌ではありませんから……」
「怪我はさせたくないし、辛い思いもさせたくない。恥ずかしくとも、足は閉じないでくれよ」
もう返事をする余裕はなくて、レナエルはこくこくと頷くことしかできない。
キリアンの指先がレナエルの後孔に触れる。やわやわと周りを、確かめるように滑らされた。
「入れるぞ」
興奮と期待で愛液に塗れたレナエルの後孔につぷり、と指が侵入してくる。レナエルは驚きで息が止まった。
違和感がある。苦しくはないが、身体の内部に触れられているという緊張が解けない。レナエルは思い切り体内の指を締め付けてしまい、キリアンにまた頭を撫でられる。
「大丈夫だ、息は止めるな、ゆっくり息を吐け。身体の力を抜いて」
「は、はい!」
褥には相応しくないような大きい声で返事をしてしまったが、構っていられない。
レナエルは言われた通り、ゆっくり息を吐き、それと同じだけゆっくり息を吸う。それを繰り返した。
「はぁ……、あぁ、あ、あ、ぁ」
中の具合を確かめるように、緩やかに指が抜き差しされる。指は一本、二本と増え、レナエルの後孔は貪欲にキリアンの指を飲み込んでいった。
「もう三本入ったぞ」
「はぁっ、んっ……」
時折、指が腹側にある膨らみに触れ、ビリリとした快感が腰に溜まっていく。けれど決定的な快感はなく、もどかしい。
もっと大きくて、熱いものでこの切なさを埋めてほしい。
「キリアン様……、僕もう……、んっ」
我慢できない、と続く言葉はキスで塞がれた。
「レナエル、いくぞ」
キリアンの声にも余裕がない。野生み溢れる声と視線にドキドキが止まらない。
レナエルは、キリアンの言葉に大きく頷いた。
濡れた後孔に熱いものがぴと、と当てられる。緊張で思わず身体に力が入ってしまったが、キリアンの大きな手で頬に触れられると、安心感で再び身体はリラックスしていった。
「あぁ、おっき……」
「入り口は狭いな……、だが中は程よくとろけている」
灼熱の塊が身体の中心を拓いていく。そこから溶けてしまいそうだ。
キリアンはゆっくりと慎重に、時間をかけて、自身をレナエルの中へと挿入していった。
「全ておさまった、頑張ったな」
褒められると嬉しくて、中のものを締め付けてしまう。心配していた圧迫感や苦しさはほとんどない。
(でも……、なんか物足りない……)
もっと奥にキリアンが欲しい。二人で一つになって、一緒に果てたい。
「動いて、キリアン様……、どうにかなってしまいそうです」
それにもう一つ、レナエルにはして欲しいことがある。
「番に、僕をキリアン様の番にしてください……、全部キリアン様のものにして……、わっ!」
突然抱き起こされた。そしてつながったまま、身体をひっくり返される。レナエルはシーツの上に突っ伏してしまった。
間髪入れずに抽送が始まる。キリアンの余裕のなさを感じ、レナエルは喜びを感じた。
(嬉しい……、キリアン様に求められてる……)
腰を掴まれ、奥まで割り拓かれる。肉を打つ音が部屋に響き、次第にレナエルも余裕をなくしていった。もう息を切ったような喘ぎ声しか出せない。
繋がっている場所が熱くて、溶けていきそうだ。境界線がなくなっていき、快感が弾けそうになった。
「あぁ、あっ、んあぁ、キリアン様ぁっ!」
「っ、噛むぞ、レナエル」
「は、はいっ……、あぁっ!」
一際奥を突かれ、レナエルは背筋を逸らした。背中にキリアンの身体が触れ、手を後ろから握られた。そのままうなじを舌で弄られる。
硬い歯の感触が肌に当たった。あっと思った時にはその歯がうなじに食い込んでいた。
「あ、あぁ、はぁ……っ」
目の前がチカチカする。中のキリアン自身が膨れ上がり、弾けた。それにつられるようにして、レナエルも白濁を撒き散らし、中のキリアン自身を引き絞る。
「ふ、ぅう、んん……」
声が出ない。身体の中から作り替えられていくようだ。一層、フェロモンが濃くなっていき、レナエルは必死でキリアンの手に縋り付く。
「大丈夫か? 血が出てしまった」
「ん、大丈夫です。嬉しい……」
噛まれたところがヒリヒリする。きっと噛み跡が傷になっているだろう。だが、これは嬉しい痛みだ。
レナエルは首だけ後ろを向け、キリアンの唇を吸う。確かにキリアンの口内は血の味がした。
口づけは徐々に激しいものに変わっていき、もどかしくなったレナエルは身体の向きを変え、キリアンと向き合った。
雨の夜の月光みたいな灰色の視線は熱を帯びていて、レナエルを捉えて離さない。
レナエルは思わず誘われるようにして、痺れる唇を開けた。
「愛しています、キリアン様」
「俺も愛している、レナエル。俺の番になってくれてありがとう」
レナエルはキリアンに掻き抱かれた。今度は互いの顔を見ながら、二人はまた淫らな行為に耽っていく。
夜はまだ明けない。灰色の月光がテーブルに飾られた白い百合を照らしていた。
数年後、シュヴァネリア王国ではいかなる人種の人身売買も禁じる法が制定される。
その法は、制定に尽力した第二王子妃の名にちなみ、『レナエル人道法』と呼ばれ、いつしか大陸全土へと広まっていった。
ともだちにシェアしよう!