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第6話
今回の発情期は特別に酷く、レアは実家に帰された。
義母は数年前に病気で亡くなった。元々病弱な人だった。今は初老の義父と数人の使用人しか実家にはいない。
義父との仲は良好だ。発情期で辛そうなレアを心配してくれ、医師を呼んでくれた。
それに実家に帰るのは久しぶりだった。普段、レアは近衛騎士団の持つ宿舎で生活をしているからだ。
帰省して三日、フェロモンも落ち着いてきて、発熱も引いた。薬がよく効くようになり、庭を散歩しても平気になっている。
なので今、レアは朝の散歩をしていた。敷地内の庭を歩き回っている。
あの日以来、トリスタンとは会っていない。会わせる顔がない。
恋人でもないのに、トリスタンに抱いてくれ、と縋り付いたのだ。トリスタンもさぞ困ったことだろう。
けれど優しい彼はレアの熱が収まるように一緒に過ごしてくれた。指でレアの熱がおさまるように触れてくれたのだ。
その好意を踏み躙るかのような自分のあの行動をレアは許せないでいる。
レアのことは抱けない、と宣言したトリスタンにあろうことか、フェロモンで誘惑したのだ。
レアはトリスタンが好きだ。けれどトリスタンには誰か他の恋人がいる。
望むものを手に入れようと、身体を使うなんて最低の行為だと思っている。けれど自分はそれをしてしまったのだ。
(もう私に騎士の資格はない)
そう思い、休職をした。それも自分ではどうしても行けなくて、体調の悪化を理由に義父に代理で手続きをしてもらったのだ。
手入れされた庭をぼうっと眺め、拳を握りしめていると、義父がレアに声をかけた。
「おはよう、レア」
「おはようございます、義父さん」
メガネをかけた義父はレアに笑いかけた。
「体調はどうかな? もう発情期はおさまったかい?」
「ええ、薬がよく効くようになりました。もう動いても問題ありません」
「それは良かった」
義父は眼鏡を押し上げる。レアがもう一度、綺麗に咲き誇る花に目線を向けた時だ。
「実はな、お前に縁談が来ているんだ」
思わず振り返った。いきなり何の話だ、と眉を顰める。
「医師の話ではこれから先、発情期がコントロールできない可能性があるらしい」
脈絡のない二つの話をされ、レアは目を細める。
「どういうことです?」
冷静になろうと努めた。声色が平坦になり、それが逆に怒りを滲ませて聞こえていることにレアは気がついていない。
義父は息を一つつき、事情を説明してくれた。
突発的に発情期を起こすと、次回からもそういうことが起こりやすくなる。
今回のレアは、突然発情期になり、薬が全く効かず、三日ほど辛い思いをした。
何がトリガーとなり、発情期となったのか原因を探ることは非常に難しい。外的な要因であったり、内的な高ぶりが影響を及ぼしたり、もしくはそれらが複雑に絡み合っていたり。これが必ず原因、と究明することは無理だとされている。
そしてそういう発情期を一度でも迎えた者はこれから何度もそういう経験をすることになる。
「それらをなくすにはどうすればいいのか、番を持つことが一番らしい。お前が働くのは軍だ。今回はたまたま近くを通りかかったトリスタン殿下に助けていただいたが、いつも誰かに助けてもらえるわけじゃない」
「……考えさせてください。突然結婚しろ、番を持て、と言われても。そんなこと考えたこともないのに」
「そうだな、朝食の後に相手の資料を持っていこう」
レアは義父に背を向けた。そして拳を握りしめる。気配で義父が家の中に入って行ったのがわかった。
(結婚しろだなんて……、よほど私のことが心配なのだな)
発情期のトリガーが何かなんてわかっている。トリスタンへの恋心だ。
どうしてもトリスタンが欲しくて、けれどもトリスタンは手に入らないから、発情期となり、身体で籠絡しようとしたのだ。
これから先、トリスタンの近くを通るたび、発情期を起こしていたら、みなに迷惑がかかる。
それに本当に、どんな顔をして会えばいいのかわからないのだ。
発情期とはいえ、経験もないのに淫らな言動をして、縋ってしまった自分が恥ずかしい。
(結婚して、番を持ち、発情期をコントロールできるようにならなければいけないのかもしれないな……)
庭の花が揺れた。百合だ。王妃の花でもあり、義母が好きな花でもあった。朝の食卓に飾ろうと思い、レアは百合を一本切り取った。
まずは会ってみるだけ、と義父にきつく言い、レアは縁談を承諾した。
見合いのようなものだ。それに頭ごなしに会わない、となると、義父の面目も潰れる。
レアは義父と共に王都の寺院に来ていた。そこで顔合わせがしたい、と先方からの指定である。
相手は三十代の貿易商のアルファの男だった。商人であり、皇国との交易で儲けている。かなり裕福らしい。
レアを正妻にしたい、ということを相手方が言っていたので、義父は紹介された男との縁談を承諾したらしかった。
「会うだけですよ、勝手に決めないでくださいね」
「わかっているよ、けれどもお前の花婿姿を近いうちに見ることができるかもしれないんだ。少しだけ浮かれさせてくれ」
義母が病気で亡くなってから、義父は時折結婚の話や恋人はいないのか、という話をするようになっていた。
そういう話が出ると、レアは興味がありません、と常に返していた。その息子がお見合いをする、と言い出したので、嬉しいに違いない。
レアはため息をつく。もし傲慢で、快楽的で、レアのことを蔑むようなアルファであったら、即刻帰ってやろうと思っている。
しかしいい相手だったら、と思考がそちらへいく。
このまま縁談を進めても良いのかもしれない。
トリスタンのことは好きだ。だがもうあまり考えないようにしていた。
発情期がまたぶり返してきても困るし、そもそもお門違いの恋なのだ。
(恋人のいる人物に恋をしてどうする)
身分違いの恋や不倫に悖る恋、そして誰かの不幸せを願うことなどあってはならない。
「お待ちしておりました、ハルスウェル子爵、御子息のレアさま。こちらへどうぞ」
豪奢な寺院の一角を借りて、顔合わせが行われるらしい。
(確かに、とんでもない金持ちなのだな)
思わず義父と顔を見合わせた。
奥へと通される。すると、途中で義父だけ別室へ案内されてしまった。
これはかなり心細い。
レアが知っているのは相手の名前と職業程度だ。話のわかる義父がいないと、何も話せないかもしれない。
まだ相手は来ていないとかで、個室でひとり座って待っている。二人分のカトラリーがセッティングされた丸いテーブルとチェアが四つ。
窓は小さく、上の方に設置されていた。
用意された紅茶を飲む。既に緩くなっている。
おかしな味がしたような気がしたが、緊張のせいだろう、とあまり気に留めない。
静かだった。いっそ静かすぎるぐらいだ。
ここまで何も物音がしないことをレアが不審に思い始めた時、扉が開いた。
「お待たせしましたね、ハルスウェル殿」
部屋に入ってきた人物を見て、レアは硬直する。
趣味の悪そうな上着に、がちゃがちゃとしたアクセサリー、下卑た笑いはもう顔に染み付いて取れないのかもしれない。
「ナ、ナハール様……」
なぜいきなりナハールが来たのか。頭が混乱する中、レアは急に椅子から立ち上がる。
一礼しようとしたのだ。しかし身体がぐらり、と揺れ、その場に転けそうになる。
「おっと、効きすぎたかな?」
ナハールの肩に正面から顔を押し付ける羽目になってしまった。急いで元に戻ろうとするも、身体に力が入らない。
「ぅ、あ……」
不快な香りが鼻についた。思わず顔を背け、何とかテーブルを支えに立ち上がる。
「やはり君は可愛らしい。高潔なその態度がいつ崩れ、わたしに抱いてほしいと縋りつくのか楽しみだ」
「や、やめろ……っ、うわ」
軽々と身体を持ち上げられ、テーブルに押し倒される。カトラリーが床に落ち、派手な音を立てた。
身体が熱い。まるで発情期のそれだ。ナハールの体臭なのか、香水なのか。とにかくナハールから漂う匂いが不快でたまらない。
顔を背けるレアに苛立ったのか、顎を掴まれ、無理矢理正面を向かされた。
「わたしはね、この国の可愛らしいオメガが大好きなのですよ。みんな小さくって、従順で……。あなただけですよ、レア、反抗的な態度で、わたしに刃向かって来たのは」
ナハールの細い目がさらにスッと細められる。
「実家に行くと言ったはずです。それでまずは貴方のお義父上と仲良くなった。それでわたしを信用させて、偽の縁談を持ちかけて……、ようやく貴方を手に入れられたんです」
義父はナハールからの紹介だとは言わなかった。きっと偽名を使っていたのだろう。
そこまでする執着にゾッとした。しかしここまでしつこくされる理由がわからない。
「離せっ……、このっ」
足の間に身体を入れられてしまう。そのまま両手を押さえつけられてしまえば、足は宙を掻き、何も抵抗できなくなってしまう。
もがく間にも強制的に身体の熱が上がっていく。
どうやら何か薬を盛られ、無理やり発情させられているようだ。
レアの脳裏にあのおかしな味がした緩いお茶が過ぎる。
ナハールの顔が近づいてきて、ぐ、と目を瞑った。首筋に荒い鼻息がかかっている。
「清純なフェロモンだな、まだ誰の手もついていない」
言い方がいちいち気持ち悪い。
「私はお前の妻になんか、ならないぞ!」
「まあ強制的に妻にしてしまえば良いのですよ」
両手を片手でひとまとめにされ、頭の上で押さえつけられる。
「いっ……、ひ」
シャツのボタンが力任せに引きちぎられた。首筋、胸元、腹を撫で回され、レアは歯を食いしばる。
(クソ、触るな、触るな!)
強制的に起こされた発情期によって、肌も何もかもが鋭敏になっている。
特に腹は人間の弱点だ。身を捩らせるが、歯牙にもかけず、しつこく撫で回される。
「触るなっ!」
踵で後ろからナハールの腰を蹴っていると、舌打ちをされた。どうやら痛いところに当たったらしい。
「人を呼ぶか?」
冷たい声に一瞬怯む。
「今ならわたしにだけ、その処女を散らされるだけで済むが、お前がこれ以上騒ぎ立て、暴れるのなら、見張りを呼ぶ。皆に可愛がってもらうか? 皆の一夜妻になるのか?」
ナハールに犯されるのも嫌だが、見張りも入って、というのはもっと嫌だ。
何も言い返せず、レアは唇を噛み締める。
「そうです、最初から抵抗しなければ良いのですよ。オメガはアルファのもの。反抗するなど言語道断」
「……っ」
薄い色をした乳首に触れられ、奥歯を噛み締める。気持ち悪くて仕方ないのに、無理やり起こされた発情のせいで、それすらも快感に変わりそうになった。
身体に走った震えを目聡く見透かされ、そこを強く摘ままれる。
「んうぅ、い、痛い……」
「貴方が大人しくわたしのものになるのなら他のオメガに手を出すのはやめますよ」
王太子とトリスタンの会話を思い出す。
ナハールのせいで傷ついたオメガがいく人かおり、そのことに二人は心を痛めていた。
「……本当、ですか?」
レアは初めて自分からナハールと目線を合わせた。
声が震えた。
(私がこいつの気を惹き続けたら、こいつは他のオメガに手をつけなくなるか……?)
そんな口約束、守ってくれるはずがないだろう。しかし発情と絶望で、あまり考えがまとまらない。
レアは唇を噛み締める。トリスタンが近くを通るたびに発情期になる自分は、こういうことでしか、トリスタンの役に立てないのかと思うと悔しくて仕方ない。
あんなに、身体や愛嬌で何かを得るオメガと自分は違う、と言っていたのに、結局自分はそうならざる得ない。
「約束しますよ」
ならそれでいい。もうどっちにしろ、こんな身体ではトリスタンの側にはいられない。
諦めてレアが身体の力を抜いた時であった。
鼻先を甘い香りが掠めた。プルメリアの香りだ。
何だろう。以前、同じように危機的な状況で、同じ香りを嗅いだことがある。
「レアっ!」
名前を呼ばれ、ハッとなった。
白い背中に、長い金髪の髪。高潔で勇壮な白百合の騎士。
無くした白百合の紋章のブローチを探している姿もどことなく、今のトリスタンのとぼけた姿と重なる。
レアを呼ぶ声と同時にナハールの身体が横に蹴り飛ばされた。
白い背中がレアの視界を覆った。誰かがナハールとレアの間に立ちはだかったのだ。
(もしかして、あの時の白百合の騎士って、まさか)
王妃は言っていた。あの時にトリスタンもいたのだと。思い返すと、背格好も似ている。背が高く、手足が長い。
髪の長さは違うが、色は同じ、艶やかな金糸だ。
何よりも香りが決定打になった。なぜレアはずっと気が付かなかったのだろう。
あの時の高潔で、勇壮な白百合の騎士とはトリスタンのことであったのに。
ナハールを蹴り飛ばしたトリスタンは地面に倒れたナハールにのしかかり、綺麗な手際で彼を後ろ手に制圧する。
訓練を受けた者でしかなし得ない動きだろう。レアの予想は確信に変わっていった。
「午後六時二十一分」
「待て、待て!」
冷静だが怒りを滲ませた声色だ。有無を言わせぬ迫力が、レアにまで影響を与え、指先が冷たくなった。
「なんだ、わたしは皇国の外交官だぞ! こんなこと許されるのか! その者とは合意だ! 家族の承諾も得ている!」
義父がこんなことを承知するわけがない。
トリスタンはナハールを無視した。
「ナハール・キロ・セリアーム、王国の近衛騎士に対する不当な暴力と強要の罪で逮捕する」
往生際悪く、ナハールが叫んだ。
「わたしは外交官だ! 特権があるはずだ! それを無視すれば、皇国との間で戦争が起きるぞ!」
続々と部屋の中に騎士たちが入ってくる。
暴れるナハールは後から入ってきた幾人もの騎士によって取り押さえられた。
「いいえ。これは皇国の事前承認を得ています」
騎士の一人がトリスタンに書状を渡す。令嬢だ。トリスタンは令状をナハールに見せた。
「これが我が国王と王太子の印とサイン、そして皇国の皇帝陛下の印とサイン。ほら、貴方の拘束し、罪を償わせること、裁判にかけることを許可する、と書いてある。連れて行け」
「待て、おい!」
まるで罪人のようにナハールは引っ立てられていく。思わずそれを目で追っていると、レアはトリスタンに話しかけられた。
「レア、大丈夫か? 怪我は?」
「ち、近寄らないでください!」
ナハールを見送った後、トリスタンが近づいてくる。レアは破かれたシャツの前をかき合わせ、肌を隠した。
「は、発情期なのです……、また貴方にみっともなく縋ってしまう……」
「それの何がいけないんだ?」
ぶっきらぼうな口調だ。腕を組んだトリスタンに見下ろされる。何だか不機嫌そうだ。レアが拒否をしたからかもしれないが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「だって、貴方には恋人がいるでしょう? 私は恋人がいる貴方を身体で誘惑した淫らなオメガだから……」
「何を言ってるんだ、勝手なことを」
「あっ」
トリスタンはレアの制止を無視して距離を詰める。
腕をとられ、ぐいと引っ張られる。そしてレアはひし、と抱きしめられた。
トリスタンに抱かれ、さらに身体の熱が上がった。
「あ、だめですから……」
「恋人なんかいない。あの夜、僕の部屋で一緒に酒を飲んでいたのは兄上だ。君は誤解している」
さらに力を入れ、抱きしめられた。ほとんど顔をトリスタンの胸に押し付けるような形になっている。
「僕は君のことが好きだ、君が近衛騎士になるのを待っていたんだ」
信じられない言葉が耳に飛び込んできて、レアは言葉が出てこなかった。
「覚えてないかもしれないけれど、君がことあるごとに言っていた憧れの白百合の騎士とは僕のことなんだよ……、だから僕のことが好きで、同じ気持ちだと思って、ずっといたのに……、初対面とか言われるし」
「待ってください、話が見えませんよ」
トリスタンもまだ興奮しているのだろう。話が突拍子もなくて、理解が難しい。
頰を両手で挟まれた。
「君の勇敢さに救われたのは僕の方だ。十年前、孤児院でのことだ。臆病な僕はおかあさまが襲われていても怖くて足がすくんでしまって、動けないでいた。騎士なのに情けないだろう? 君も知っている通り、僕は争いごとや荒事が苦手だから……、今でも」
「しかし貴方は、王妃様や私を守ってくださったではないですか」
トリスタンは暴漢を倒し、レアがナイフで刺される直前、助けてくれた。
「君の姿を見たからだよ……、ブローチまで無くしてしまって慌てていたら、君が届けにきてくれた。その時、キラキラした目で『貴方のような立派な騎士になりたい』って言われて、君のことはずっと注目してた。それに君をハルスウェル家に紹介したのはおかあさまだ」
驚きで目が大きくなる。思わず口元に手を当てた。
確かに義母も好んで白百合を庭に植えていた。記憶が繋がっていく。
「体格もいいし、剣術の腕も悪くないから騎士に誘われて、白百合の騎士にまでなったはいいけれど、僕には勇気がなかった。それで向いてないと思って騎士はやめたんだ。別の方向から国のために役立とうと思って。そこへ君があらゆるところで、あの時の白百合の騎士に憧れて騎士になりました、なんて宣言しながら騎士団に入ってきたから驚いたよ。でも嬉しかったんだ。それでさ……」
突然、トリスタンの歯切れが悪くなる。恥ずかしそうに俯いた。
「君は僕のことが好きなんだって勘違いしたわけ……、僕も君の清廉で、頑張り屋さんなところを好ましく思っていたし、それが恋愛感情だって気がつくのも早かったよ。でも君は僕のことは覚えてなかったし、怒らせちゃうし……、おかあさまも君が憧れの騎士の元で働けた方がいいだろう、と思って、僕のところへ急遽転属させたんだけど、君はそういうの好まない性格だよね……」
「トリスタン殿下」
レアは自分からトリスタンの手を握った。
そして自分の気持ちを包み隠さず、伝えようと思い、真剣にトリスタンの目を見る。
「私も貴方のことが好きです。もしかしたら最初から両思いだったのかもしれません」
そうやって笑いかけると、照れたように笑い返された。
「どんな背景であれ、貴方が勇敢な行動をした白百合の騎士であったことは間違いない。その姿を見て、私が騎士になりたい、と強く憧れたことは決して消えません。それだけでなく、貴方の王妃様譲りの慈悲深さ、優しさが好きです。そんな優しい貴方が傷つかないでいてほしい、私が守って差し上げたい、と心の底から思っています。それに……」
何だか照れ臭い。だが、この思いに信憑性を持たせるためにも言っておきたかった。
「私と貴方は運命の番かもしれません」
運命の番、とはアルファとオメガの番関係の中でも、更に特別で、神聖な関係だ。
出会える確率の方が少ない、とされ、殊更相性が良い。子もたくさん望めると言う。
レアは初めて発情期を迎えた際の話と、自分が発情期の際の特徴の話をした。
トリスタンに助けられて一週間後に初の発情期を迎えた。おそらくトリスタンの香りがトリガーとなって。
それ以降、発情期の際は香りに敏感になってしまう。特にトリスタンから香ってくる、甘く、しとやかなプルメリアの香りに反応してしまう、と。
「これって私たちは運命ということになりませんか? 私はもう貴方がいないと生きていけないんです。発情期もそうですし、もう離れたくない……」
甘えるようにして、胸元に顔を押し付けると、トリスタンの鼓動が聞こえてくる。
そっと背中に手を回され、ぎゅっと抱きしめられた。
「君は僕の運命だよ、レア。愛している」
「私もです、トリスタン」
同じだけ、もしくはそれ以上の愛で応えたい。
顔を上げて、と言われ、恐る恐る上を向くと、トリスタンの端正な顔が近づいてくる。
「ん」
レアは目を閉じ、口づけを受け入れた。
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