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第6話
美邑からの文も、愛仁からの文も、安房野に代筆をしてもらった。どちらも自分から返事を書く気が起きなかったのだ。
美邑には、心に決めた人がいるのでそういう関係にはなれないこと、愛仁には当たり障りなく、体調が悪い時に助けてもらったお礼と、社交辞令のような言葉で機会があれば行きましょう、と返事を書かせ、借りていた衣服と髪飾りを返し、それぞれに渡した。
そして、あれから二日間、龍角の色が戻らなかったものの、体力が回復するにつれ、いつもように黄色が戻ってきた。
まだ何か突起のようなものがあるが、よく見るか、触らない限りそんなに目立たない。
賢木は職場復帰をすることとした。上司には風邪を引いていた、と伝えてある。復帰して、上司にはいつもより長い間休んでいたことを謝罪し、いつもの仕事部屋へと行こうとした時だった。
「橘様」
柑橘系の香りと共に男性の声がした。後ろを振り向くと、橙色の上衣を着た男性が立っている。
「あ、近衛様」
詩空の宴の時に見た近衛美邑だ。賢木は咄嗟に道をあけ、美邑に道を譲った。
表情には出さないが、非常に気まずい。なぜここにいるのだろう。美邑はもっと中枢部で働いているはず。こんな鄙びた場所とは無縁のはずだ。
「そんなに畏まらないでくださいよ、お話をしにきただけですから」
美邑は笑顔を崩さない。だが賢木はその顔がにやついているように思えて、不快に感じた。
「私は近衛様とする話なんてありません。奥様やお妾様たちがいる方と、そういった関係になることはお断りしている、と返事を送ったはずですが?」
なので、最初から美邑がいいたいであろうことを否定する。
賢木がきっぱりと断ると、美邑はわかりやすく機嫌が悪くなった。
「恋文に対して、使用人に代筆させたものを送るなんて無礼だろう、しかもこの僕が書いたものに対して……」
「ご無礼は謝罪させていただきます。すみませんでした。確かに近衛様の文は情熱的で、私のことを想うお心が大変伝わってまいりました。だからこそ、思いに応えられない私のことを忘れていただきたい一心で、早くお返事をした次第で……、わっ!」
「こっちへ来い」
いきなり腕を掴まれ、廊下を引き摺られていく。ここで賢木が騒ぐと、みんな何事かと思うだろう。
弱々しく抵抗はしてみるものの、通じず、奥の部屋に放り込まれた。
「痛っ」
賢木は尻餅をついてしまった。反動で、背中に棚が強くあたり、肩あたりを痛める。
ここは書庫だ。部屋中に置いてある棚の中にはぎっしり書類等が詰め込まれており、昼であるのに薄暗い。しかも誰もあまり寄り付かない場所だ。
「何を、するのですか」
「以前の花山吹の服はどうした? 昼顔の髪飾りも美しかったのに……」
覆いかぶさられ、唇が触れそうな距離で囁かれる。賢木は咄嗟に顔を逸らした。
「あれは借り物です! 私のものではありません!」
「あぁ、皇太子殿下に用意してもらったものだったらしいな。病気の妹の快癒を祝う宴で、自分の美しい恋人を見せびらかすなんてな……、途中でえらく急いで帰って行ったが、どうしたんだ? 堪えきれなくて、どこかでしけこんでいたのか?」
さっきから意味のわからないことと、下品なことを言われ、賢木はカッとなる。
「私は殿下の恋人ではありませんし、体調を崩した私を気遣ってくださっただけです! 変な勘ぐりや噂を立てるのはやめてください。殿下にも迷惑がかかります!」
突き飛ばそうとするが、腰の上に乗られてしまうと、うまく身動きが取れない。押しのけようとするが、体重をかけられてしまうと、非力で病み上がりの賢木では、美邑を押しのけられなかった。
「ここまで来て、殿下を心配するなんて清く、美しい心だな、だが僕は美しいものは絶対に手に入れる、と決めているんだ。力づくでも」
突如、床に引き倒され、両手を紐か何かで素早く括られる。
身体の動きが制限され、賢木は本能的な恐怖を覚えた。
(お、犯される……!)
咄嗟にそう思ったのは、やはり賢木が透咲角、生む側の龍人であるからかもしれない。「お、お辞めを……! 叫びますよ!」
「ここはほとんど誰も通らない、それに近衛家に盾をついてもいいのか?」
「私は立身出世など望んでおりません! 何か工作をしても意味はなしませんよ」
きっ、と睨むが、美邑は鼻で笑った。
「お前と仲の良い詩空内親王の降嫁先が内定した。相手は安巻門院の次男だ」
「それが、どうしたと……!」
「僕の母親の実家だぞ。いくらでも破談にできる」
賢木は笑顔を見せながら、覚悟を決めた表情をしていた詩空のことを思い出した。
自分だけでなく、詩空まで巻き込もうとしている美邑に許され難い思いを覚える。
「なぜ破談になどするのですか、彼女は覚悟して降嫁するのですよ、その邪魔をなぜ……っ!」
「破談になれば斎宮候補には、彼女が真っ先に挙げられるだろうな」
「な……」
美邑が斎宮のことや、その候補を知っていることについては、何となく理由はわかる。
やはり宮中の奥では噂になっているのだろう。
「龍帝陛下はご病気をされてからすっかり弱気になってしまった。この雨が降らない、干魃だけでなく、透咲角の龍人が生まれてこないことや、大昔の龍人たちが本来持っていた不思議な力を使えないことを龍神の血が段々と薄まってきているから、と考えているらしい」
美邑は嫌な笑い方をした。
「龍庵湖は原初の龍神が初めて地上に降り立った場所でもある。そこに斎宮という名目で生贄を捧げ、再び神を降ろし、この凶事を食い止めたい、と零されていたそうだ……」
「では破談になったら……、詩空内親王様が捧げられる可能性があると……?」
「あぁ、あの母親は龍帝陛下からのご寵愛が深くない。他の妾たちに産ませた子よりも、彼女の子が選ばれる可能性が高いだろうな」
賢木は顔を青くした。斎宮という生贄を捧げるような酷い方法ではなく、今は現実に即した方法で危機を乗り越えようとしているのではないのか。
そのために愛仁は動いているのではないだろうか。
自由の効かない手で賢木は強く美邑の身体を押しのけようとする。
「例え、詩空内親王様の婚姻が破談になったとしても、生贄になんかなりません。きっとちか……、皇太子殿下が何とかしてくれるはずです」
「あの皇太子に雨を降らし、この干魃を食い止める力があると?」
愛仁にそんな力はないだろう。けれども、誰かを犠牲にして多数を救うような方法を愛仁がとるはずがない。許すはずがないのだ。
「雨を降らせたり、凶事を食い止めたり、そんなことは今の私たちにはできません。けれども被害がひどい地域に支援の手を差し伸べたり、役人を派遣して、調査したりしています」
賢木は不自由な手でぐしゃり、としわになるほど、美邑の襟を掴んだ。
「そんな脅しなんかに私は屈しませんし、卑劣な貴方に身体を明け渡したりもしません」
決意を秘めた瞳で睨みつけると、美邑は逆に凪いだ視線を賢木に向けた。
突然、瞳が色を失ったかのような変化に賢木は戸惑う。
「なら仕方ないな、こちらも手荒くいくしかない。おい、入ってきてもいいぞ」
美邑が声をかけると、二、三人程、男が入ってくる。薄暗いので、顔はよく見えない。
「僕は抵抗されるのはあんまり好きじゃないんだ。嫌われてるみたいで、悲しいから」
つう、と顎を指先でなぞられる。気持ち悪くて、賢木は首を振り、指先から逃れようとする。
「男の矜持を崩すには暴力的な輪姦が一番だって知ってたか?」
美邑がゾッとするような笑みを浮かべた。何をされようとしているのかわかり、賢木は逃れようと、暴れた。
「い、嫌だっ! んぐっ」
後ろから布を噛まされる。猿轡をされてしまい、声が出せなくなってしまう。これでは助けも呼べない。
「最初から大人しくしておけばこんなことにはならなかったのになあ……」
頬を撫でられた。愛仁とは違い、美邑の手は冷たかった。
(嫌だ、嫌だ!)
身動きも取れず、声も出せず、賢木は恐怖で身体を強張らせる。
「一時間……、いや一時間半だな、一時間半後にまた来る。それまでに仕上げておけ、あと身体は綺麗にしておけよ、顔に痣を作らせるな」
「わかりました」
美邑が賢木の身体の上からどき、部屋から出ていく。
すると、男の一人が賢木の衣服を脱がせ始めた。
「んーっ! んんー!」
男たちは近衛家の使用人だろうか、それとも美邑個人が雇っているならずものなのだろうか。
三人の男に押さえられた状況では、賢木の抵抗などないに等しい。ジタバタとしてはいるものの、あまり意味をなしていなかった。
夏であるのに、日陰の部屋はひんやりとしている。肌に冷たい空気が触れ、下衣に手をかけられた時、賢木の視界が滲んだ。
(どうして、こんな暴力に屈しなければいけないのですか……)
つう、と頬から流れた涙が噛まされている布に染み込んでいく。
助けを呼ぶが、くぐもった声になり、誰にも届かない。
(あぁ、愛仁様、助けて、愛仁様、愛仁様……!)
美邑の冷たい手に触れられた頬に、愛仁の暖かく、大きな手でもう一度触れてほしい。嫌な感触を愛仁で塗り替えてほしい。
抱いてほしいだとか、好きになってほしいだとか、もうそんなことは望まない。ただ暴力に蹂躙されようとしている賢木を助けてほしい。
賢木が強く愛仁のことを思い、助けを願った時だった。
「ぁっ」
また龍角に痛みが走る。あの時と同じ痛みだ。しかし今度は桁違いに痛みが鋭い。
龍角が二つに割れそうだ、と感じた。
「ぐぅ……、ぅうっ」
抵抗とは違う賢木の様子に一人が気づく。
「何かそいつ、様子がおかしくないか?」
賢木の手を押さえつけていた男が訝しげな声をあげる。
「な、角が……、透明に……!」
「しかもふたつに分かれてるぞ!」
手が離された。三人が賢木の身体から離れたので、横向きになり、身体を丸める。猿轡はされたままだから、声は出せないが、とにかく頭と龍角が痛くて仕方なかった。
「ぁ、あぁ……」
怖い。怖くて仕方ない。ならずものたちに暴力を振るわれそうになり、しかも透咲角であることがバレてしまった。それに形容し難いほどの痛みが駆け巡っている。
発熱もしてきた。これは発情の兆候だ。非常にまずい。
(助けて、愛仁様、お願いですから……!)
痛みと恐怖の中、賢木の頭には愛仁のことしかない。神にでも祈るように、賢木が強く、願った時であった。
「とにかく美邑様にご報告しっ、ごはっ」
鈍い音がして、床に振動が走る。
賢木は、はっと目を開ける。
一人の男が顔を殴られ、床に引き倒される。すかさずもう一人が男を殴った者に反応するが、呆気なく腹に拳を叩き込まれ、その場に蹲った。
緊迫した現場であるのに、甘い香りがした。賢木の好きな人の香りだ。賢木は身体を床に横たえながら、目だけで見上げる。
「賢木っ」
今、まさに求めていた人物が賢木の前に現れた。賢木に駆け寄り、切羽詰まった表情をしながら急いで、猿轡を解いてくれる。
「あ、あぁ……」
まだ上手く声が出せない。だが、賢木は愛仁に縋り付き、胸元に頬を擦り付けた。
(何があったのか説明しなければ、龍角のことも、ちゃんと……)
しかし焦れば焦るほど、何もわからなくなっていき、言葉が出てこない。
「大丈夫だ」
愛仁はそう言うと、賢木を力強く抱きしめた。
「焦るな、まずは安全なところへ行こう」
いつの間にか龍角の痛みがひいている。だがいつもよりも重たい感じがした。
「ち、愛仁様……」
「身体も熱っぽいな。発情もしているんだろう? 俺がいて平気か?」
この言葉で賢木の龍角が完全に透明になっていることがわかった。
「い、いてください……、私、こ、怖くて仕方なくて……」
肩越しに男たちの様子を見ると、誰もいなかった。おそらく逃げたのだろう。
そしてこのことは主人である美邑に伝えるに違いない。
透咲角であることがバレてしまった。ならずものたちにも、愛仁にも。そしていづれ、美邑の耳にも入り、みんなに広まっていくだろう。
(い、生贄……、私、生贄に……)
寒くもないのに身体がカタカタと震えてくる。何も頭が働かない。これから自分がどうなるのか、わからなくて怖い。
バサリ、と頭の上に何か被せられた。愛仁が来ていた上衣だ。
「ひとまず角を隠そう」
安心させるように、愛仁が賢木の耳元で囁く。そして、腰が抜け、へたり込んでしまっている賢木を抱き上げた。
「大丈夫だ、東宮へ行こう。誰もお前を傷つけない。俺がお前を守るから」
「は、はい……」
賢木は愛仁の胸元に顔を押し付ける。まだ身体の震えは止まらないが、とにかく離れたくなくて縋りついた。
もう熱で頭が回らない。どれだけ歩いたのか、時間の感覚も曖昧だ。
ぼうっとしていると、時折頭を撫でさすられ、名前を呼ばれる。
「愛仁様……」
きっと賢木の意識があるか、愛仁は確かめているのだろう。その度に熱っぽい声で、賢木も名前を囁いた。
もう頭や龍角は痛くない。だがいつもより龍角が重たい。その理由はわからなかった。何か変化が起きているに違いない。早く鏡で自分の龍角を確かめたいが、その思考すら奪われそうな熱っぽさを身体は覚えている。
「着いたぞ、まずは横になれ」
柔らかいものの上に下ろされ、頭を隠していた上衣を取り去られた。
甘い香りで満ちているそこは愛仁の寝台だと直感した。彼の香りが染み付いている。賢木は身動ぎし、ふう、と深呼吸をする。
「賢木」
瞳が潤み、視界がぼやける。帷が下ろされ、薄暗くなり、不安を覚えた賢木は愛仁の手を思わず握ってしまった。
「ぁ、ま、待って……」
「ここにいる、大丈夫だ」
そう言われ、頬に手が差し伸べられる。先ほど、美邑に触れられた方の頬だ。賢木は愛仁の手に強く頬擦りをした。
「愛仁様……」
「美しい龍角だ」
頬を両手で包み込まれ、賢木の顔は上を向く。空色の瞳と視線が合う。
澄んだ晴天のような空色の瞳がいつもよりも濃くなっている気がした。
「どうなって、いるのでしょうか……、私の龍角は……」
賢木は懐から持ち歩いている手鏡を取り出す。賢木の後ろに回られ、背後から抱きしめられる。二人でパチリと手鏡の突起を押した。
「ぇ、あ……」
鏡に映った賢木の龍角は透明になっている。そして、真ん中あたり、何か突起ができていた場所から二叉に別れていた。
「何これ……」
「とても美しい、賢木」
ちゅ、と龍角に唇が落とされ、賢木は驚く。痛みはなかった。
ただ冷たいはずの透咲角が僅かに熱を帯びた気がした。
「あっ」
また身体が熱くなってくる。後孔まで疼き始め、賢木は焦る。
このままではいけない。賢木は愛仁を好いているのだ。
発情が引いたり、ぶり返したりを繰り返しているが、これからもっとひどくなっていくだろう。
完全に、発情に支配されてしまったら、みっともなく、抱いてほしいなんて縋ってしまうかもしれない。
「だめ……、です。や、屋敷に返して……」
「こんな状態で返せるわけがないだろう。近衛にもお前の正体がバレてしまったんだ。連れ去られてしまったら、何をされるかわからない。ここにいろ、俺の屋敷だ。絶対に手だしはさせない」
鏡越しに目が合った。真剣な瞳で、そんなことを言われてしまうと、もう心に歯止めが効かなくなる。
愛仁は賢木が持っていた手鏡を閉じると、寝台の横の棚に置いた。
そして、後ろから抱きしめられ、耳元に唇を寄せられた。
「俺を信じてくれ」
どくん、と心臓が鳴り響く。きっとこの鼓動は愛仁に伝わっているだろう。
発情で二進も三進もいかなくなり、混乱しているのは賢木の方なのに、愛仁の言葉の方が切羽詰まっているように聞こえた。
もう全て伝えてしまいたかった。賢木は、愛仁のことを慕っている、と。
「わ、私……」
だが、言葉が出てこなくて、賢木は絶句してしまう。
賢木が透咲角だと言うことは、いずれ龍帝の耳にも入っていくだろう。そして、賢木を生贄に、と考えるだろう。
いくら愛仁が皇太子であったとしても、龍帝の命令には逆らえない。
安易に気持ちを伝えてしまったら、別れの時、愛仁を傷つけてしまわないだろうか。
「賢木、愛しい賢木……」
「あ、ぁ、あ」
なかなか言葉が出てこない賢木に焦れたのか、愛仁は賢木の髪を掻き分け、首元に唇を落とす。
くすぐったくて、腹が熱くなってくる。もう賢木自身は隠しきれないほど、昂っている。
「俺に触れられるのは気持ち悪いか?」
「いいえ……、けれど、私……」
「斎宮の件なら心配するな……、お前を生贄になんか絶対にしない……、詩空も候補から外れた。あんな奴の言葉なんか信じるな」
「え、何で……、そのことを……」
そういえば、愛仁はなぜあんなところに賢木がいるとわかったのだろう。今更ながら不思議に感じる。
「俺は腐っても皇太子だぞ、様々なところに目と耳がある」
そう言って愛仁はきつく、賢木を抱きしめた。
「良かった、間に合って……。お前が襲われたという報告を聞いた時は身が切られる思いだった。お前に会いに近くまで来てたんだ。本当に良かった」
そういえば、愛仁の近くには気配の全くしない侍従が何人か侍っている。もしかしたら今も近くにいるのかもしれない。
「賢木、賢木……」
寝台の上に押し倒される。唇が触れそうな距離で囁かれ、吐息が唇にかかった。
「口付けても……?」
いつもより濃い空色の瞳は愛仁が興奮している証拠だと、賢木は理解した。
賢木は目を閉じる。愛仁の指に自分の指を絡め、ぐ、と力強く握る。
そして、自分から愛仁に口付けた。
誰かと唇を合わせるのは初めてだ。軽く啄んだ後、愛仁を見上げた。
「私、まだ……、迷いがあって。本当にこれで良いのか、どうか……、んっ」
「……わかった。なら最後まではしない。今日はお前の発情を抑えるためにしよう。もちろん、俺は本気だが」
「すみません……」
同じ思いを抱いているのに、愛仁の気持ちに全ては応えられず、申し訳ない気持ちになる。
「謝ることはない、ゆっくりで良い。俺はお前を愛している。だから、どんなことでもできる」
その言葉が心強く、賢木の心に響いた。
互いに濡れた視線を交わらせる。どちらともなく、唇が近づき、触れ合った。
唇の隙間から入り込んだ愛仁の舌が賢木の舌と交わった。
生暖かくて、妙に現実的で、けれども甘美だった。好きな人の唾液は甘く感じるのかもしれない。
(気持ちいい……)
口づけの合間、時折、愛仁は唇を僅かな時間だけ離す。まだ口づけが上手くない賢木のために息継ぎの時間を設けてくれているとわかり、優しさが身に染みた。
「ん、ぁ……」
唇が離れていく。濡れた唇はまだ熱を持っているように熱い。
「口づけだけでも、だいぶ良かったようだな」
気がつくと、着ていた服はほとんど脱がされていた。帯を解かれ、下着も緩められ、あたりに散らばっているものもある。
人前で裸を晒したことはほとんどない。少年の頃、安房野に着替えを手伝ってもらっていた時ぐらいで、大人になってからは湯浴みも、着替えも全て自分で行っている。
それに今は発情しているから、身体のあらぬところが疼き、濡れている。下着にも愛液のしみができていて、賢木は咄嗟に隠した。
「あんまりじっくり見ないでほしいです……」
「見るさ、それに触れる。そうじゃないと、お前の発情を治めてやれないだろう」
こっちへ、と誘導され、身体を起こす。下着と服を取り去られ、今度は寝そべっている愛仁の身体に跨がった。
裸にされてしまった賢木と比べ、愛仁はまだ服を着ている。上衣を脱ぎ、下衣の帯は緩められているが、まだ身体を晒してはいない。
「可愛いな、ここもお前らしい」
「あ、待って……」
いきなり自身に触れられ、賢木は倒れ込みそうになり、愛仁の身体に手をつく。
「あ、ぅう……、んんっ!」
優しく扱かれ、先端をいじられると堪らない。あっけなく、愛仁の服の上へ白濁を撒き散らしてしまう。
「あ、ぅ、ふ、服が……」
「気にするな、こういうことは汚せば汚すほど楽しいし、気持ちいい」
そう言うと、愛液で濡れた手を賢木の身体に塗りつけてくる。
「透咲角は後ろも濡れるんだろ?」
「ひゃっ!」
する、と指が後孔の表面を撫でた。中には指を入れず、くるくると指で漏れてきた愛液を掬い、意味深な動きを続けていた。
「ひくついているな……」
そんなことを言われると、自分が誘っているかのように聞こえ、賢木は顔も、耳も、身体も真っ赤にした。実際にはそうだが、改めて言われてしまうと恥ずかしい。
「挿れるぞ」
「は、ひゃぁっ」
二本の指が挿入されていく。ゆっくりと、だが容赦なく、締め付ける肉を掻き分けて進む。
愛仁の指は賢木の指よりも太く、長い。自分では触れたことのない場所までかき回され、賢木は崩れ落ちそうになる身体を必死に腕で支えた。
「……良さそうだな」
「ん、はぁっ、あぁっ」
返事をしようと思っても、言葉にならない。
他人に触れられることがこんなに気持ちいいことだなんて知らなかった。いや、好きな人に触れられているから、気持ちいいのだろう。
「後ろだけで達せるのか?」
言葉で返事が出来ず、こくこく、と頷く。すると指の抽送が激しくなった。
抜けていくと寂しくて吸い付いてしまい、奥まで触れられると、綻んでしまう。
「あ、あ、あぁっ!」
それを繰り返すと、賢木はだんだん快感を追うことだけに必死になっていく。
二度目の絶頂に達し、腕の力が抜けてしまった。
「おっと」
「あぅ……、うぅ」
思い切り突っ伏しそうになった身体を愛仁が受け止めてくれる。甘えるように頬を胸元に擦り付けた。
深い絶頂だった。まだしばらく身体に力が入りそうにない。
「大丈夫だ、俺にもっと甘えてくれ」
何と応えたら良いのかわからず、賢木は愛仁の胸にしがみつきながら、息を整え、まだ荒れ狂う発情と対峙した。だが心細くはない。今回の発情期は愛仁がいてくれるからだ。
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