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第9話

 緊張感のある即位の儀が終わり、賢木は少し疲れていた。  ここは愛仁の私邸だ。賢木は身体の力を抜き、座り込む。 「安房野、安房野はおりませんか?」  安房野は賢木に仕える女官たちの女官長に任命した。彼女は宮仕えの経験もあるので、問題はない。それに何よりも昔から馴染みのある者がいてくれるだけで心強い。  まだ宮中では慣れないことも多く、賢木は酷く気を使うことが多かった。愛仁に頼りたいが、賢木ばかりに構っていられるほど、龍帝の仕事量は甘くはない。  そんなとき、彼女の存在はとても心強かった。 「中宮様、安房野でございます」  側で待機していた安房野が御簾越しに話かけてくる。 「冷たいものをいただけませんか? 身体が暑くて……」  ふう、と息をつき、座り込む。しばらくすると、安房野が入ってきて、盆に乗せた湯呑みを差し出してくる。 「ありがとうございます、麦茶ですね」 「昔からお好きでしたでしょう? ご用意させていただきました」  一気に飲み干すと、火照る身体に麦茶が染み渡っていく。夏の暑い日に縁側で、安房野が冷やしてくれた麦茶を飲んだことを思い出す。  懐かしい気分になり、気持ちが幾分楽になった。  賢木は安房野に笑顔を向ける。 「ありがとうござい」 「賢木様!」  突然、大きな声を上げられ、賢木は驚きで身体を跳ねさせた。慌てて盆の上に湯呑みを置く。 「お角が完全に透明になってございます。もしや、発情期が訪れたのでは?」 「え」  そう言われ、急いで手鏡を取り出し、角を確認する。鏡に映った龍角越しの御簾が滲んでいる。黄色や青色がかってはおらず、完全な透明となっていた。 「あっ、本当ですね……」  自覚すると、さらに身体の熱が上がった。 「陛下をすぐに呼んで参ります、中宮様はご寝所へ。歩けますか?」 「まだ歩けますが……」  少し身体は辛いが、動けないほどではない。立ちあがろうとしたが、そんな賢木を安房野が制した。 「あぁ、でも『発情した賢木様を絶対に誰にも見せるな』との、陛下からのご命令がありました。この部屋に支度をします。中宮様はこちらでお休みになっていてください」  そういうと几帳で部屋が仕切られる。その先では、安房野の指示で、ばたばたと用意をする気配がしている。きっと寝所をここに作っているのだろう。 (皇族の情事は隠せない、とは言いますが、やっぱり恥ずかしいですね)  あまり気にしないよう、視界に映らないよう、賢木は目線を下に落とす。 「さあさ、中宮様こちらへ。すぐに陛下を呼んで参りますからね」  豪奢な薄い布で囲われた天蓋付きの寝所が出来上がっており、その中へ賢木は入っていく。 (確か、愛仁様はこの服の私をお抱きになりたいとおっしゃっていました)  上着を脱ごうとして、賢木はやめた。  そして用意してもらった寝台の上に横になった。 「このままで大丈夫、少し私も休みますから、陛下にもゆっくりでいいとお伝えください」  安房野は一礼し、愛仁を呼ぶため、その場を去っていった。    心地よい暖かさの中、微睡んでいると、頬を撫でられた。暖かくて、気持ちいい。そして甘い香りがする。 「愛仁様……」 「すまない、起こしたか?」  寝台の縁に腰掛け、愛仁が賢木を見下ろしていた。  急いで来てくれたのだろう。きっちりと結えられた髪にほつれを見つけ、賢木が手を伸ばすと、愛仁の顔が近づいてくる。  そして、そのまま口付けられた。  最初は軽く、お互いの唇を探るように、次は舌を伸ばし、軽く噛んだり、吸ったりして、遊び、徐々に深いものへと移行していく。  身体に空気が触れるのがわかる。愛仁が賢木の服を脱がせ、寝台の下に落としているのだ。  きっと汚したくない、と賢木が言ったからだろう。  賢木も愛仁の身体に手を伸ばし、帯を解き、衣服に手をかけた。  二人で口づけを交わしながら、互いの服を脱がせていく。  賢木は愛仁の裸の胸に触れた。 「はは、わかるか? 俺も緊張してる。めっちゃくちゃにな」  逞しい鍛え抜かれた胸は音が聞こえそうなほど脈が打っている。それに誘われるようにして、賢木の鼓動も早くなっていった。  緊張しているのは互いに同じだ。だが、同時に嬉しさも大きい。  愛している人に気兼ねなく触れられるのは、この上なく甘美な喜びだった。 「やっとお前に最後まで触れられるんだ、緊張と嬉しさと、愛しさと……、あとはなんだろうな……」 「愛しています、愛仁様。もう余計な言葉は入りません。私を、早く貴方のものにしてください」  賢木はそう言うと、手を滑らせていき、愛仁の下腹部に触れた。そそり立ち、熱を持ったそれはとても大きい。興奮したのか、びくんと震える。 「待て、早まるなよ、いきなり挿れて怪我をさせたくない」  切羽詰まっているようで、しかしなるべく平静を保とうとしているような声色だ。  しかしもうそんな遠慮や配慮は賢木には必要ない。  身体も心も、愛仁のことでいっぱいになっている。 「私は、もう身体が疼いて……、仕方なくて……、はうっ」  後孔に触れられ、賢木は愛仁の腰にしがみつく。 「あ、あぁ、そこっ、だめ」 「良いのか、容赦ないぞ俺は。手加減できるかどうかわからない」 「構い、ませ……っ、早く、ぅんん」  もうすでに愛液でしとどに濡れた賢木の後孔は触れられた愛仁の指を飲み込もうと、卑猥にひくつかせているのが自分でもわかる。その動きに愛仁は逆らわず、指はゆっくりと挿入されていった。 「滑らかだな、二本も飲み込んでる」 「は、発情期、だからぁ、あぁ」 「違うだろ?」  ちゅ、と額に口づけを落とされた。 「俺のこと、好きだからじゃないのか? ほらもう三本目だ」 「は……、そぅ、です……、この日をずっと待ってた、やっ」  ぬるぬると動かされていた指が引き出され、膝裏を持たれる。何もかも愛仁に晒すような格好は恥ずかしい。だが、その羞恥心よりも、待ち侘びた灼熱が内腿にあたり、期待感で胸が震えた。 「あ、あ、あ」  身体の真ん中から引き裂かれていくような感覚を受けた。圧迫感はあるが、苦痛や痛みはない。  愛仁と一つになれたのだ。それが嬉しくて、さらに興奮してしまう。  愛仁の甘い体臭がさらに濃くなり、賢木は腰を揺らした。 「こら、わざとゆっくりしてるんだ。急かすんじゃない」  どうして、ゆっくりするのだろう。もっと深く賢木の中に入ってきてほしい。そして愛仁と交わりたい。 「早く、もう待ちきれません……、からっ、あぁっ」  ぐん、と最奥を突かれ、身体がのけぞる。びりびりと快感が身体を突き抜け、強すぎる快感から無意識に逃れようとしたら腰を強く掴まれた。 「誘ったのはお前だぞ、そらっ」 「あ、あぁ、や、待って」 「待たない」 「つよ、そこっ、あぅ、出、出ちゃっ、あぁ」  何度も腰を打ちつけられ、賢木は一度絶頂に達した。しかしそこで許されるわけもなく、容赦なく、快感が押し寄せてくる。 「あっ、ぅああ、くぅっ」 「きついか?」  気遣うように声がかけられ、腰の動きが緩む。しかし賢木は首を横に振った。 「もっと、私を愛して……、愛仁様っ、止まらないでっ、あぁっ」  一時も離れたくない一心で、賢木は愛仁に縋りついた。 「あぁ、そのつもりだ。愛している、絶対に離さない。この命に変えてでも」  先ほどよりも力強く腰を打ちつけられ、賢木は振り落とされないようにしっかりとしがみつく。  やがて愛仁の吐息も熱くなり、精が賢木の中で弾けた。それにつられ、賢木も二度目の絶頂に達する。  二人は荒い息の中、再び口づけを交わした。  この熱を二度と離したくない。賢木は強く心に思う。  ただ今は言葉にならなくて、賢木は愛仁の背中にしがみつき、力強くかき抱いた。  すると、それに応えるように愛仁も賢木の身体を強くかき抱く。  寝所に飾られた青色の花と、黄色の花が寄り添うように揺れている。    小野階(おののきざはし)という歌人がいた。彼自身、最初はうだつの上がらない下級役人であったが、和歌や漢詩に優れており、その実力が認められ、晩年は文化人として勲章を受け、優れた歌を後世にたくさん残している。  彼が残した歌は妻へ送ったものがほとんどであったが、その次に多かったものが、時の龍帝と中宮の仲の良さ、愛の深さを歌ったものであった。  その時代から、すでにもう千年が経っているが、二人の霊廟には小野が彼らの愛を歌った和歌が石碑となっており、今なお参拝者は絶えず、大切に祀られているとのことであった。

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