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告白

***  何度もお店に通っているうちに、石崎さんの手が放せないときはレジ打ちしたり、テーブルの上を片づけて拭いたり洗い物をしたりと、やるタイミングをはかれるようになった。  狭い店内といえど僕が来るまで、よくひとりでお店をまわしていたなと感心しながら、お手伝いに励む。  石崎さんはピアノを弾く僕の手が荒れるのではと心配したけど、むしろなにもしないほうがバリア機能が弱まるんですと説得して、積極的に手伝った。そんなある日――。  ガタンっと大きな音がカウンターからしたので、最後のお客様を見送った僕が振り返ると、そこにいるハズの彼の姿が見当たらない。 「石崎さん?」  嫌な予感を抱えながらカウンターに手をかけて覗き込んだら、しゃがんで口元を押さえる石崎さんと目が合った。 「大丈夫ですか?」  慌てて駆け寄り、彼を支えるように寄り添って、背中を優しく擦ってやる。 「明日が……うっ、定休日だからと気が抜けたら、なんか酒が突然一気に回ってしまった」  お客様の入り自体は、いつもより少なかった。だけどオーダーを受けてカクテルを作るとき、きちんと味見をした上で提供している。そのせいで石崎さんは、いろんな種類のアルコールを口にしているのが現状。それが体の中でミックスされて、酔いに繋がったんだろう。 「僕と違って石崎さんは休憩せずに、ずっと立ちっぱなしですからね。しかもここのところの忙しさで、疲れが溜まっているんですよ。お宅まで送ってあげます。立てますか?」  石崎さんの住むマンションは、お店から徒歩圏内だと聞いていたので、抱えながら送ってあげようと思ったのに、目の前で首を横に振られてしまった。 「聖哉をピアニストとして雇ったハズなのに、あれこれやらせた挙句に、俺の介護までさせるとか、そんなのありえないだろ。大丈夫だ、酒が抜けるまで、ここで横になるから」 「そんなの、ダメに決まってるでしょ!」  大きな声で即答してやった。 「聖哉……」 「忙しさをやり過ごした毎日を送った結果が、これなんですよ。ちゃんと休息をとらないと、今度は倒れるかもしれません。僕に救急車を呼ばせるつもりなんですか?」  石崎さんの顔を覗き込みながら、彼が嫌がりそうなことを口にした。 「わかった、そんな怖い顔で睨むなって」 「誰が怖い顔をさせてるのか、そこのところわかってます?」  おどけた口調で笑ったら、石崎さんは困った顔をしつつ、僕に体を寄りかからせた。 「ウチの専属ピアニスト先生は、随分と口が達者なようだからな。言うことをきいておくよ」  こうしてお店の後片付けも適当に終わらせて、ふらつく足取りの石崎さんに肩を貸しながら、自宅マンションに向かった。

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