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出逢い7

***  石崎さんとの出逢いが最悪だったせいで、嫌々お店に通うことになるのかなと、調律をしていたときは思った。だけど初日にお店で奏でた、僕の演奏をすごく褒めてくれたことや、お客様たちのおかげで嫌々どころか、夜になるのが待ち遠しくなるくらい、毎晩通ってしまった。  譜面の指示を一切気にせずに、のびのびと演奏することのできる環境――ストレスをまったく感じずにピアノと向き合えるのは、とても楽しくてならない。 「聖哉お疲れ、少し休憩すれよ」  あまりに楽しくて時間を忘れ、ずっと弾き続けてしまうときもあり、こうして石崎さんがタイミングを計って声をかけてくれる。 「ありがとうございます」 「はい、聖哉用のノンアルカクテル」  僕がお酒を飲めないことを知ったら、石崎さんはノンアルコールでカクテルを用意した。しかも毎回違うものを作ってくれるのだが、ジュースと違って甘さが控えめなそれは、すごく美味しい。  色もピンク色やスカイブルー、明るい緑など味とマッチしていて、飲むだけじゃなく、目にも優しい。 (このお店にお客様が通ってしまう理由が、わかる気がする――)  彼が僕に豪語したセリフ『客からオーダーされたカクテルを作るときは、その客の口角があがるようなものを提供しなければと、真心を込めて作る』を実践しているのを、身をもって知ったからこそ、僕もそれに応えたいと思った。 「僕の拙いピアノが石崎さんの役に立つなら、ずっと弾いてあげたい」  スッキリしたミントを感じさせるノンアルカクテルを飲みながら、店内の様子を窺った。  シェーカーをリズミカルに振る石崎さんに、カウンターにいる男性客がにこやかに喋りかけていて、少しだけ盛りあがっている。ボックス席には、男女のカップルが仲睦まじいそうに顔を寄せて談笑中。奥のボックス席も女性客が三人で、スマホを片手にクスクス笑って、とても楽しそうだった。  さて、こんな状況下では、どんなピアノ曲が似合うであろうか。  お洒落なグラスの中に入ってるカクテルを一気に飲み干し、「ご馳走様でした」とお礼を言って石崎さんに返した。 「聖哉、もう少し休憩してもいいんだぞ?」 「石崎さんの作ってくれるカクテルのおかげで、十二分に休憩させてもらいました。大丈夫です」 「そ、そうか。それならよかった」  元気なのを示すために、右腕に力こぶを作ってみせたら「おまえには似合わねぇなぁ」なんて、呆れられてしまった。だけど表情がさっきよりも明るくなったので、僕の作戦としてはバッチリ。 (疲れているのは僕よりも、石崎さんのほうなのにな。人のお節介ばかりするんだから)  疲れた彼が少しでも癒されるようにと、静かな曲調のクラシックを選曲して弾いてあげたのだった。

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