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想いの変化3

***  キスされたくらいのことで、石崎さんのお店でピアノが弾けなくなるというのが、自分の中ではどうしても納得いかなかった。ゆえに勇気を出して『ムーンナイト』に顔を出す。  石崎さんは済まなそうに謝ったけど、あんな一瞬のことで怒るのも、小さい人間と思われたくなかったこともあり、いつもどおりに普通に接して、なんでもなかったのを自分なりにアピールした。  それなのにあれから石崎さんは、僕に気を遣いっぱなしだった。  そんなことをしなくてもいいと、いつ言うべきか、ピアノを弾きながらタイミングを考えていたら。 「智之さん、お久しぶりです」 「あ、いらっしゃいませ……」  やって来た女性のお客様にかけた石崎さんの声が、やけにたどたどしかった。それが気になり、ピアノを弾きつつ、チラッと横目で眺めてみる。石崎さんの顔色があからさまに曇っているのがわかった。 「智之さんがお店を開いたこと、他所で聞いてたんだけど、探すのに苦労しちゃった」  石崎さんに話しかけながら、女性客はカウンター席に腰かける。 「以前のように、ほかのお客様に危害をくわえることがあれば、出禁にしますので」  つっけんどんな物言いで注意を促されたというのに、女性客は余裕の笑みを浮かべる。 (ほかのお客様に危害をくわえるって、なんでそんなことをしたんだろ?) 「智之さん冷た~い。だって智之さんを、私だけのモノにしたかったんだもの。しょうがないじゃない」  危害をくわえた理由を聞き、背筋がゾワッとした。なんて自己中な人なんだろう。 「あーあ、ヤバいのが来たわ……」  ピアノの傍にあるボックス席でお酒を飲んでいた絵里さんが、ボソッと呟いた。それに呼応するように、華代さんが大きな溜息を吐く。  彼女たちが常連客ということもあり、僕とも顔を合わせる機会が多いせいか、ピアノを弾く僕の傍で飲むことが最近増えていた。 「絵里さんは、あのお客様のことをご存知なんですか?」  アレンジをうまくして、新曲から弾き慣れた曲に変えた。鍵盤を見なくてもそれなりに弾きこなすことができる上に、こうして世間話までできる。 「マスターが修行していた店に、よく来てた客。彼目当てで来てたのは、あからさますぎるくらいだったわよね」  うんざりしたような口調で告げた絵里さんに、華代さんは相槌を打った。 「そうそう。マスターだってほかのお客様の接客をしなきゃいけないのに、それが気に食わなかったらしくて、マスターと楽しそうにしていた女性客のあとをつけて、闇討ちしてたみたいなのよ」 「あー、それで出禁に……」  絵里さんと華代さんの話を聞いたからこそ、心配になる。女性客は石崎さんを手に入れようと、必死に店を探し出したに違いない。自己中心的な彼女がヒートアップなんてしたら、過去の二の舞をおこなう可能性だってあるだろう。  それが原因で、ほかのお客様の足が遠のくこともありうる。  僕だけじゃなく、絵里さんや華代さんも石崎さんのことを心配して、なんとかできないだろうかとこっそり作戦会議をしてみたけれど、いい案が思い浮かばなかった。

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