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好きだから、アナタのために12

***  毎週土曜日のみ、昇さんの高級レストランでピアノを弾くことにした聖哉。金曜日ほどではないが、日曜の休日前に飲みに来てくださる土曜のお客様は、それなりにいらっしゃる。 「あれ~? 今日は、ピアノのBGMはないんだ?」 「申し訳ございません。例のコンテストで、引っ張りだこになってしまいまして」  カウンター席で呟いたお客様に言いながら、壁に貼りつけてあるコンテストのポスターに指を差す。  特別賞受賞の部分を強調してマーカーしてあるため、嫌でも目につくようにしたのだが、ずっと貼りっぱなしにしていると、それが日常化するせいで、目に留まらないらしい。 (しかもいつも自然と耳にするピアノが聞こえないことに、違和感があるのかもしれないな)  ここで飲みながら、いい音楽を聴く――それがルーティンになってるお客様がいてもおかしくはない。  現に俺も聖哉の弾くピアノに合わせて、シェイカーを振っているせいか、無音でそれをすると寂しさを覚えた。 「マスター、頼んでるカクテルまだかしら~?」  ボックス席でなにやら話し込んでいる常連の華代さんが、大きく手を振りながら問いかけた。 「すぐにお持ちいたしますので、もう少しだけお待ちください!」  いつもならお客様の動向を気にする聖哉が、ピアノを弾く手を止めてオーダーをこなしてくれるおかげで、俺はカクテルを作ることに集中できた。アイツのいない現状に、思うように仕事が捗らない。 「なんだかなぁ。聖哉に頼りっぱなしになってることに、今更ながらに気づいてしまうとは」  オーダーされているピーチフィズを片手に、奥の席に足を進ませた。 「華代さん、大変申し訳ございませんでした」  きちんと詫びて、ローテーブルにそれを置く。次のオーダーをこなさなければならないため、身を翻そうとしたら、絵里さんが俺の腕に触れ、無理やり引き留めた。 「マスター大丈夫? なんか、らしくないけど」 「らしくない?」 「ハナはどう思う?」  絵里さんは俺の問いかけをスルーして、目の前にいる華代さんに質問を投げかけた。 「そりゃあマスターの気が抜ける理由くらい、常連だったら誰でもわかるでしょ」 「ほんとそれ。聖哉くんが不在だからって、気の抜けた仕事をしていたら、お客さんが逃げちゃうかもよ。ここは聖哉くんのピアノだけで、成り立っているわけじゃないんだからね」  彼女たちの言葉は、痛いくらいに俺の心に突き刺さった。 「絵里さん、華代さん、ありがとうございます。聖哉がいないからこそ、ちゃんと仕事に身を入れなければならないのに、ご指摘のとおり気が抜けてました。これから気をつけます」  ふたりに深く一礼し、頭を下げることで気を引き締める。この一等地で長く仕事をするために、今まで頑張ってきたのに、無にするところだった。  こうして彼女たちのおかげで、俺はいつも以上に集中してお店を回すことができたのだった。

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