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好きだから、アナタのために11
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藤田さんから手渡された名刺を頼りに電話して、彼の経営するレストランに足を運んだ。
「わあぁ!」
超高層ビルを昇っていくエレベーターから眺める景色は大変よろしく、高くなるほど遠くまで展望できる絶景だった。夜景なら間違いなく、もっとキレイに見えるだろう。
ワクワクする僕の様子に、藤田さんはなぜか含み笑いを浮かべる。
「宇都宮くんがこんな景色で喜ぶとは。ピアノを見たら、仮死状態になっちゃうかもね」
「へっ?」
「ホントは君と個人的に仲良くしたいから、下の名前で呼びたいのに、誰かさんが釘をさしてきたんだよ。『俺の聖哉になにもするなよ』だってさ!」
藤田さんの告げた言葉で、顔が真っ赤になってしまった。
(智之さんってば、藤田さんになにを言ってるんだよ。僕は誰かに、なびいたりしないのに!)
「智之ってさ、ああ見えて結構ドライな男なんだけど。こんなふうに俺に牽制してくるなんて、ちょっと意外だったんだよね」
「そうなんですか……」
「それだけアイツが、宇都宮くんに本気だってことがわかったところで、最上階に到着です」
エレベーターから上品な音が鳴り、目の前の扉がゆっくり開かれる。フロアの片隅に置かれたグランドピアノに、自然と目が奪われた。
「ほらほら、足を動かして前に進まなきゃ。ピアノに辿り着けないよ」
「すみません。なんか感動してしまって」
「ふふっ、鍵盤から音を奏でたら、もっと感動すると思うけどな」
まごまごしている僕の背中を、藤田さんは両手で勢いよく押して、グランドピアノに導いてくれた。
「はい、椅子にお座りください。店が営業中ならあまり音が響かないけど、閑散としている今なら、耳にいい音が聞こえるかもね。遠慮せずに弾いてごらん」
わざわざ椅子を引いて僕を座らせ、ピアノを弾くようにせがむ。なにを弾いたらいいのか一瞬だけ困ったものの、弾き慣れているコンテストで賞をいただいた曲を奏でてみる。
指先に触れた鍵盤の感じはいつも通りなのに、鍵盤から流れ出る音が柔らかく聞こえるのは、気のせいなんかじゃない。
「すごい! なんて心に染み入るような音を出すんだろ……」
弾き慣れている曲だからこそ、その違いがよくわかる――古いピアノなのに、きちんとメンテされているのが手に取るように理解できた。力強いところなんて、いつも以上に音に迫力が出るし、高いキーはよく澄んだ音に聞こえる。
「さすがは宇都宮くん。超絶技巧なんていうテクニックにものを言わせるんじゃなく、人を魅了する音を出すことができるんだね」
藤田さんの言葉にはっと我に返り、慌てて椅子から腰をあげた。
「すみませんっ! 夢中になって弾いてしまって」
「いいんだって。このピアノの良さがわかってくれて、なによりだよ」
立ち上がった僕の肩に藤田さんは手を置き、強引に椅子に座らせた。
「宇都宮くん、週末だけでいいからさ、ここでピアノを弾くバイトをしてくれないかな。この間話をした給料で、お金を出してあげるから」
「週末ですか?」
「うん。金曜か土曜のどちらかでもいいし、2日続けて弾きに来てもいいよ」
(週末は智之さんのお店だって書き入れどきだ。でも1日くらいここでバイトをしても、きっと大丈夫だろう。常連さんが来るのも週末だし、僕がいなくても繁盛するハズ……)
「藤田さん、土曜日だけここでピアノを弾かせてください」
「交渉成立だね。じゃあここで演奏する曲目のリストを渡して――」
こうして僕は智之さんのお店と掛け持ちしながら、ピアノを弾くことになった。少しでも彼の借金の足しになるように、藤田さんのお店に毎週通ったのだった。
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