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愛しき者の失踪10

 実のところ、(イェン)は遼二がとった咄嗟の機転に驚いていた。  確かにここの遊郭では客を取る前に座敷での振る舞いやら床技などといった細かなことを男娼となる者に教え込む教育係というのが存在する。何も知らない無垢な男を一流の商品にする為の手解きなのだが、遼二はそういったシステムがあることを知っていたわけだ。  まあ、彼は国こそ違えど日本の裏社会で右に出る者はいないとされるほどに有名な極道・鐘崎僚一の一粒種だ。ゆくゆくは組を背負っていく男はさすがに見識も広いと驚かされる。  彼にとって唯一無二の想い人である一之宮紫月が姿を消し、ほぼ時期を同じくして瓜二つの容姿を持つこの男が現れた。遼二は教育係としてこの男としばらく共に過ごしながら、彼が本物の想い人であるのか、はたまたまったくの別人なのかを見極めようというのだろう。男娼の教育係になれば、ひとまずのところこの男が他の者――つまりは本当の教育係だが――によって穢される心配もない、とまあそういうことなのだろう。  この非常事態にあって即座の判断は見事という他ない。(イェン)はほとほと感心させられてしまった。 「――お聞きの通りだ。ルナといったな? お前さんはこれからこの鐘崎遼二の下で男娼としての立ち居振る舞いを勉強することになる。頭取には私から話すが、住処もここを引き払ってもらい私の邸内に移ってもらうことになるぞ」  (イェン)がそう説明すると、ルナという彼は意外にも素直にうなずいてみせた。

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