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遼二とルナ1

 それから数日が過ぎたが、ルナは冰が帰ってくると進んで一緒にテーブルを囲むようになった。毎日特にすることもなく退屈なのか、次第に冰の帰りを待ちわびるような様子も見受けられるようになっていった。  冰もルナにはよく懐いて、近頃では学園から帰ると同時に『ルナお兄さんは? お部屋?』などと焔に尋ねるようになっていた。少し前までは、帰ると『白龍のお兄さん、白龍のお兄さん!』とまとわりついて来た子供が、すっかり成長して手から離れていくようで、(イェン)にしてみれば一抹の寂しさをも感じる始末だ。ルナに宿題を見てもらう夕食前のこのひと時が楽しいといったような表情をする。ルナもまた、冰のみならず家令の真田や邸の使用人らとも日に日に馴染んでいき、先行きの明るさを祈るような気持ちで見つめる(イェン)と遼二であった。 「さて――ルナ。今日からは寝所も俺と共にしてもらおうと思うが」  ある晩のこと――遼二がそう誘ったところ、ルナはわずか驚いたようにして瞳を見開いた。 「先生……じゃなかった、遼と一緒に寝んの?」 「そうだ。お前さんもそろそろここでの暮らしに慣れてきたろうからな」  嫌か? そう訊くとルナは薄く笑みを浮かべながらも少し寂しげな表情をみせた。 「嫌ってわけじゃねえけどさ……。ってことは、俺もいよいよデビューの時が近づいてきたってことだよね?」  ルナにとって教育係と寝所を共にするということは、イコール男娼としてのデビューの日が迫っていると理解したのだろう。  当初、このルナに会ったばかりの頃は男娼だろうが何だろうがすべてのことに対する自我というものが見受けられなかった。まるで感情を持たない人形のようだった彼が、今は寂しげに諦めの表情を見せるまでになった。遼二はその変化に驚きつつも、決して彼を手放したくはないという強い思いに駆られていくのを自覚していた。  そっと――怯えさせないように少しの距離を取りながら彼の陶器のような頬に手を添える。 「勘違いするな。ただ一緒の床で眠るだけだ」 「眠るだけって……じゃあ、男娼になる為の実践じゃねえの?」 「実践?」 「ああ、うん……。だって遊廓の兄様たちの話じゃ、デビューする前に教育係の先生からお客の相手をする為の手解きがあるって聞いてたからさ」  男同士でのセックスのやり方を教わるんだろ? と言ってルナは微苦笑を浮かべる。  その笑顔がこと更に寂しそうに思えて、遼二は逸り出す胸を抑えながらルナを見つめた。 「ああ――確かにそういう教えもせにゃならん時が来ようが。だが今はまだその時ではない。お前さんには政治経済のことや茶の湯など、教えにゃならんことが山ほどあるんだ。もう一、二年はとてもじゃないがデビューなどさせられんからな」  そう言ってやると、ルナはどこかホッとしたように表情をゆるめながらも、 「一、二年って……。そんなに先なら、俺がデビューする頃には年食っちまって売り物にならねえんじゃね?」  笑いつつもホウっと深く肩を落とす。遼二にはその様子がルナの安堵の感情に思えてならなかった。  この邸で暮らし始めてから|三月《みつき》が過ぎようとしている今、ルナの中で感情というものが芽生えつつあるのは確かなようだ。やはりあの冰という子供や、それに家令の真田など、あたたかな人々の中での暮らしが少しずつ彼の気持ちを穏やかにしているのかも知れない。 「さあ、それじゃ休むとするか。床は一緒だが二人で大の字になっても余裕なくらいに広いベッドだ。心配せずに眠るといい」 「うん……分かった」  うなずいた瞬間、彼の陶器のごとく美しい肌がわずか朱に染まったように感じられたのは幻か――遼二とルナにとって新たな日々が幕を開けようとしていた。

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