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遼二とルナ2
正直なところ、ルナと寝所を共にする中で、実践という大義名分を掲げて抱いてしまうことは可能であった。だが、遼二にとってどうしてか情を交わすという一線が越えられずにいたのも、また事実であった。
深夜、すっかり深い眠りについたルナを眺めながらその頬に手を添えて軽く撫でる。ゆるりと髪を梳き、半身を起こした拍子にギシリとベッドが音を立ててもルナは起きる気配がない。
今ならば――軽く口づけるくらいでは目を覚ますこともないだろう。そう思い、更に身を乗り出して顔を寄せれど、何故だか心がチクリと痛んで唇を重ねることができなかった。
彼は紫月であって紫月ではない。だが、身体はまさしく紫月に違いない。
古傷の形もホクロの位置も、そして体つきも――。
それこそ自分と彼と、おそらくは彼の親くらいしか目にしたことがないであろう男の象徴も、寸分違わない紫月のものだ。
紫月とは想いを告げ合ってから幾度身体を重ねたことだろう。
かつて夢中になってこの身体を腕に抱いた。
だが、どうしてか唇を重ねることすら憚られるこの思いはいったい何だというのだろう。暗闇の中、遼二はそっとルナに添えていた掌を離すと、何もかもを忘れるようにただただ睡魔が襲ってくるのをじっと待ったのだった。
そんな遼二の心の揺れを親友である焔 が気付かぬはずもなく――ある日の午後、邸内が見渡せる中庭に出て茶に誘う。いつもように学校から帰って来た冰の勉強を見てやるルナの姿を遠目から眺めながら、焔 が訊いた。
「どうした。このところ、やけに辛気臭えツラしやがって」
ルナはあの通り冰とも馴染んで、時折は笑顔も見せるようになってきた。記憶だけは相変わらず戻らないままだが、兆候としては悪くないだろうと焔 はそう思うのだ。
「確かに――な。ルナも当初から比べれば大分穏やかで明るくもなった。――なったには違いねえが、近頃思うんだ」
「思うって――何を?」
「俺は――いったい誰を想っているんだろうとな」
「誰って……あのルナは一之宮で間違いないんだろうが。記憶がないとはいえ、紛れもなく一之宮だ」
「……確かに」
「お前、このところあいつと寝所を共にしているんだろ? まさか――まだ抱いちゃいねえってのか?」
遼二がどことなく落ち込んでいるように思えるのはそれが原因かと焔 が訊く。
「何なら男娼になる為の実践とでも言って、抱いちまえばいいものを」
紫月が姿を消してから数えれば、かれこれ四ヶ月になる。その間、そういった欲望も当然あるだろうと、焔 は焔 で友を思っての言葉なのだ。
「案外抱いちまえばあいつの記憶も戻るかも知れんぞ」
「ああ……そうかも知れん。だがな、焔 ――。俺は何故だかそれができねえんだ」
遼二は視線をルナにやったままで微苦笑を浮かべてみせた。
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