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【二十一】溢れる気持ち

「会いたい」  気づくと俺は、気持ちのままに呟いていた。想いがそのまま口から出てしまった。  ロイの事を思い出す。優しい笑顔が、頭に焼き付いていて、離れない。 「誰に?」  すると声が返ってきた。俺は目を見開く。聞きたかった声音だ。信じられなくて、ゆっくりと振り返る。すると俺の後ろの席で、やはり振り返り、微笑しているロイがいた。ロイを目にした瞬間、嬉しさが溢れてきて、俺は思わず満面の笑みを浮かべた。 「……お前に会いたかったんだ」 「本音か?」 「ああ」 「それは光栄だな」  ロイが笑みを深くした。俺の胸が疼く。俺は、聞こうと思っていた事を思い出した。 「なぁ、ロイ」 「なんだ?」 「ロイは今、どんな依頼を引き受けているんだ?」  冒険者だと思うから、やはりここにいるのも依頼の関係だと俺は思う。 「さぁ?」  するとロイが笑顔のままで、首を傾げた。  守秘義務がある依頼なのかもしれない。そうだったら、深くは聞かない方がいいだろう。 「え、えっと……じゃ、じゃあ! ロイは、これから何処に行くんだ? 目的地は? あの、依頼の関係で言えないなら、言わなくていいからな?」  これからもロイに会いたい一心で、俺は尋ねた。  するとロイが吐息に笑みを載せてから、まじまじと俺を見た。目が合う。 「ジークこそ、何処に行くんだ? 魔王国を目指しているんじゃなかったか? 今も、その目的は変わらないのか?」 「うん……最終的には、そうしようかと思ってたんだけどな……そ、その……ロイに会いたくて、ロイを探してたんだ」  俺は素直に伝える事にした。嘘をついても仕方がない。  するとロイが、不思議そうな顔をした。 「どうして俺を?」 「分からない。ただロイに会いたいと思ったんだ。なんだかロイの事を思い出しちゃうんだ。不思議だけど」  俺自身も、本当に不思議に思っているのだから、ロイが不思議そうなのも当然だろう。こんな風に、ロイの事が頭に浮かぶのが、俺はいつも不思議だ。やっぱりこれは、恋なのだろうか。 「――俺もジークの事を頻繁に思い出していた」  ロイの言葉で、俺の思考が途切れた。俺は目を見開き、自分が今聞いた言葉が現実である事を確認しようとした。確かに聞いた。嬉しさがこみあげてきて、俺は思わず赤面した。 「ジーク、今夜は一緒に食事でもしないか?」 「する!」  即答した俺を見て、ロイが楽しそうに瞳を輝かせた。  その後、俺達はすぐにカフェを出て、ロイが予約しているという宿の七階にある料理店へと入った。俺はこんなに高い建物に入るのは、はじめてだ。他の階には、客室があるそうで、ロイは十階に部屋をとっているのだという。 「中々美味だな」  ロイがそう言って、並んでいる料理を見た。俺は初めて見る品ばかりだったので、おろおろしてしまったが、いざ食べてみたら非常に美味しかった。パクパクと魚介が乗ったライスを食べる。 「美味しい」 「それはよかった」  シャンパンの入ったグラスを片手に、ロイが笑っている。その端正な唇を見ていると、俺は惹きつけられてしまう。ロイは本当に端正な顔をしている。そこに笑顔が浮かんで、かつそれが俺に向けられている時、俺は幸せで胸が満ち溢れる。これが恋でなかったら、一体何なのか、もう俺には分からない。やっぱり恋だ。絶対に恋だ。  食べ終えてから、二人で店を出た時、ロイが俺の背中に触れた。 「俺の部屋で少し飲みなおさないか?」 「うん、行く」  もっとロイと一緒にいたい一心で、俺は再び即答した。  二人で雑談をしながら階段を上り、ロイの部屋へと二人で入る。  大きな窓があって、夜景が見えた。魔導灯が各地で輝いている。  その時、不意に後ろから抱きしめられた。俺はドキリとしてしまう。ロイの体温が愛おしすぎて、目が潤みそうになった。腕の中で俺はゆっくりと振り返る。するとロイが、俺の顎を持ち上げた。 「キスをしてもいいか?」 「うん。もう、聞かなくてもしていい」 「そうか」  目を細めて笑ったロイが、俺の唇を奪った。口腔にロイの舌が忍び込んできて、俺の舌を絡めとる。そのまま舌を引きずりだされて、甘く噛まれた。ツキンと、体の奥が疼いた気がする。 「会いたくてたまらなかった、ジーク」 「俺も」 「このまま、連れていきたいくらいだ」 「何処へ?」 「俺の家に」 「この前の豪華なお部屋か。俺はあそこにはちょっと不釣り合いだな」  思わず俺が苦笑すると、ロイが俺を抱きしめなおした。そして俺の額にキスをした。見つめあって、それから再び、深い口づけをする。歯列を舌でなぞられ、吸うようにキスをされた。その内に、俺は体から力が抜けてしまい、必死で呼吸をしながら、ロイの胸板に倒れこんだ。 「ジーク」  不意にロイが俺を抱き上げた。驚いて、ロイの首に腕を回す。  ロイは軽々と俺を持ち上げて、そのまま寝台の上に俺を運んだ。  それからロイも寝台の上に上がってきて、俺を押し倒すようにした。思わず真っ赤になって、俺は目を丸くする。ロイは微苦笑しながら、俺の頬に手で触れた。 「本当に会いたかった」 「ロイ、俺も……」 「嬉しい。同じ気持ちだった事が、とても嬉しくてたまらない」  ロイはそういうと、端正な唇を舌で舐めてから、じっと俺を見据えた。  そして俺の下唇の上を、長い指先でなぞる。  俺は思わず、うっとりと、ロイを見ていた。その内に、もっと触れたくなって、俺は両腕をロイに回した。するとロイが目を丸くしてから、満面の笑みを浮かべた。 「今夜は、一緒に眠ろう。ベッドは一つしかないからな。ジーク、構わないか?」 「ああ、ロイとなら、一緒のベッドで逆に嬉しい」  俺が本心を告げると、ロイがさらに嬉しそうな顔に変わり、俺を抱きしめて、横になった。 「では、休むとするか」 「う、うん」  こうしてこの夜、俺はロイに抱きしめられて、微睡んだ。ロイの胸板に額を押し付けて、俺は熟睡した。目が覚めたらいなくなっていたらどうしようかと思ったけれど、朝、俺が目を開けたら、ロイはきちんと隣にいて、俺を腕枕してくれていた。 「ロイ、起きてたのか?」 「ああ。ジークの寝顔を見ていた」 「っ、は、恥ずかしいだろ」  瞬時に俺が照れると、ロイがより強く俺を抱き寄せた。後頭部にロイの手が回り、その指は俺の髪を掬っている。 「可愛い寝顔だったぞ」  気恥ずかしくなって、俺はロイの胸板に額を押し付け、ギュッと目を閉じる。 「そろそろ朝食にするか」 「ああ」  俺が頷くと、ロイが腕を緩めてから、俺の唇に触れるだけのキスをした。 「では、行こう」  こうして俺達は、夕食を食べたのと同じ料理店で、朝食をとった。  俺は柔らかいパンを食べてから、ロイに尋ねる。 「なぁ、ロイ? また会えるか?」  するとロイがじっと俺を見て、唇の両端を持ち上げた。 「必ずまた、会いに来る」  俺は、その言葉を信じる事に決めた。  その後、ロイとは別れて、俺は冒険者ギルドへ向かった。歩きながら、一度振り返った時には、もうロイの姿は何処にもなかった。

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