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【二十二】誠意 *魔王
――まだ、ジークは気づかない。
魔王城へと帰還したロイは、玉座に座って嘆息した。本当は、昨夜、もっとジークが欲しかった。腕の中にいるジークを見た時、欲望を抑える事に必死になった。だが――。
「――俺は、魔王だ。その素性を隠したままというのは、誠意に欠ける」
ロイはそう考えて、今度は溜息をついた。
最初こそ、気づかないジークが愛らしいと思っていたが、今はもどかしくてならない。果たしてジークは、己が魔王だと知っても、受け入れてくれるのだろうか。これがここ最近のロイの悩みでもある。
「魔王様、昨夜は一体どちらへ?」
そこへ宰相が声をかけた。気だるげにロイが視線を向ける。
「予定では日帰りだったはずですが? お帰りが随分と遅かったですね」
その声に、ロイは小さく頷いた。
「ちょっとな。気になる者がいて」
「気になるとは?」
「――恋愛的な好意を抱いている相手がいるという意味だ」
「その方に、会いに行っていたと?」
「ああ」
「魔王様の婚姻は、魔王国全体の課題です。魔王城に妃として召し上げては? 伴侶はすぐにでも持たれた方が良い」
「そうもいかなくてな」
「何故です?」
「相手の気持ちが分からない。脈がないとは思わないが……無理に押し切る事はしたくないんだ」
「ふぅん。で、どんな魔族ですか? 爵位は?」
「……」
ロイは沈黙した。果たしてこの宰相は、相手が人間だと告げたら、どのような反応をするのだろうかと考える。それも、元勇者パーティのメンバーだ、ジークは。
「魔王様?」
「俺が選んだ相手だ。善良だ」
「そうですか」
宰相は、それから深くは追及しなかった。代わりに、ロイに向かって問いかける。
「魔王様は、連邦入りした勇者一行の動向を直接見に行ってらっしゃったのですよね?」
「ああ」
その結果、近くにジークの気配を感じて、ロイは思わず会いに出かけたのである。
「獣人集落にも立ち寄られたのですよね?」
「まぁな」
連邦の獣人達は、魔族と同じように差別されてるのだが、魔族に協力的というわけでもない。連邦はいくつかの民族が集まって、一つの国家になっている。例えば代表的な民族は、星読みの一族だ。
「宰相。各国との和平交渉は続けるように。俺は少し休む」
「御意」
その後、ロイは部屋へと戻った。そして入浴してから、寝台に腰かけた。
思い出すのは、昨夜、真っ赤になっていたジークの顔だ。目を潤ませ、自分を見上げていたジークは、たまらなく可愛かった。造形が、ではない。自分を見て、照れるという反応を見せる姿が、愛おしかった。
「俺は、いつまで堪えられるんだろうな」
次にあった時、自制できるか不安でならない。だが、会いに行くと約束した。そしてそれは、ジークのためというよりも、己が会いたいからでもある。
「……」
ジークに対して、誠実でありたい。そうである以上、自分が魔王であることを、自分の口から話すべきだと、ここのところロイは考えている。だが、昨夜は愛おしすぎて、話すよりも先に、唇を奪ってしまった。
「どうしてこんなに好きになってしまったんだろうな」
会えない時間が辛いほどだ。魔王として悠久の時を過ごしているというのに、ジークの事になると、会えない一日が長く感じてとても辛い。一目でいいから、毎日あの笑顔を見たいとすら思う。
ロイはゆっくりと瞬きをした。瞼の裏には、ジークの真っ赤になりつつ浮かべた笑顔が過っていく。茶色い髪と目は、ありきたりな色彩なのだが、ジークの色だと思うと、それすら特別に思えてくる。
「ジークも、俺の事を、想ってくれていないわけではないのだろうが……隠し事をしたままでは、やはり俺は……」
再度呟き、ロイは俯いた。
唇には、ジークの温度が残っているように思える。
何度も何度も瞬きをして、ロイはジークの顔を思い出した。つい今しがた別れたばかりだというのに、既にもう、会いたくてたまらない。最初は穏やかだった恋心が、激情に変わりつつある。欲しくて欲しくてたまらない。ジークに、自分だけを見てほしい。
「考えるべきことも、やるべきことも、山積みだというのにな」
ロイは再び、大きく吐息した。
魔王国の事、魔族の事、半魔の事、友好的な保護している人間の事。
魔王軍と人間の軍が抗戦する可能性。
和平交渉が上手くいくのか行かないのか。
それらについて、ロイは熟考している。だというのに、気を抜くと、ジークの顔が浮かんでくるのがいけない。
「気を引き締めなければな」
自嘲的に呟いたロイは、それから立ち上がり、執務机の上に載せられていた報告書を手に取る。そこにあるのは、古代の遺物の調査の結果だった。俗にいう神託は、古代の人間が、魔族を排除するために残した、ある種の魔導兵器だ。定期的に、魔王を排除できる可能性が高いメンバーを集め、害そうとする。太古の兵器なのだが、即ちそれは、大昔から人間と魔族は争ってきたという証左でもある。魔王が人間を支配していた時代もあったが、逆に人間が魔族を家畜のように扱っていた時代もある。ロイの目標は、共存だ。
「平和を望むのは、愚かなことなのだろうか」
ぽつりとロイは呟いた。願わくば、ジークと共に過ごす世界は、平穏であってほしい。
「いいや、必ず作り出そう」
ロイは決意を新たにする。ジークの笑顔をもっと見たいと感じたからだ。
笑顔でいられる世界を構築する。
そう念じ、ロイはその後、魔王としての執務を開始した。
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